いちいち言わなくても知ってると思うが、俺の朝は早ぇ。
(俺にとっちゃ普通だが)

朝は早めに起きて早朝ランニングに出掛けて、戻ってきたら飯食って、
母さんから作ってもらった弁当を受け取ってテニス部の朝練に行く。

今日の朝もいつもどおり事が運んでいた。

………途中までは。


俺とあいつと素麺と
俺とあいつと素麺と


「薫。」

その日の朝も、俺が学校へ行こうと玄関で靴紐を結んでたら母さんが声をかけた。

「ハイ、お弁当出来たわよ。」
「ああ。」

俺はぶっきらぼうに言って、いつものようにそれを受け取る。

…そこ、笑うんじゃねぇ。家族相手でもこーゆーのは照れくせーんだよ!
特にうちの母さんはいつもニコニコだしな。

「今日のお弁当はお素麺だから。」

あー、そうかそーめ…って
ちょっと待て!

「母さん、今何て…」
「だから、今日のお弁当はお素麺よって。」

どうやら、俺の聞き間違いじゃないらしい。

「それがどうしたの?」

どーしたのじゃねーよ、おかしいと思えよ。(寧ろ思ってほしい)
普通、弁当に素麺持っていかせるか?!
有り得ねぇだろ…

いや、確かに俺だって日頃学校にざる蕎麦持ち込んで食ってるが
そりゃこっちが好きでやってることだしな。

「心配しなくてもおつゆはこっちの水筒に入れてあるわよ。
後ね、お素麺は2人分ゆがいといたから
誰かお友達と一緒に食べなさいな。あ、ちゃんと器も2つあるわよ☆」

ちょっと待て。
何でそんなに楽しそうなんだ。

「……一緒に食うたって、相手がいねぇ。」

俺はブツブツと言ったが、生憎うちの母さんはそんなことで挫けやしなかった。

「あら、あの子がいるじゃない。ほら、最近仲良くなったって言ってた女の子。」

その言葉に俺は思わず石化した。

「何て名前だったかしら…そうそう、ちゃん!」

名前を思い出した母さんは手をポンッと叩く。
何がそんなに嬉しいんだ…別にあいつの名前なんざ思い出したとこで
どってことねぇだろ。

つーか、何で名前覚えてんだよ。

「あの子誘ったらいいじゃない。」

一旦石化した俺は今度は自爆した。

じょーだんじゃねー!!!

俺の頭ん中に同級生の女の顔が浮かぶ。

どーゆー訳だが俺に話しかけてくる訳のわかんねー女。

しかもとんでもねーゲラで、箸が転がっても笑うどころか目の前に
ナイフやフォークが飛んできたって笑いかねねぇ。

そんなのに向かって『一緒に素麺食わねーか』なんて言ってみろ!
教室中の机なぎ倒して笑い転げるに決まってる!!

想像するだに恐ろしい図だ。

「ぜってぇ断る。」

俺は呟いた。

「ロクなことにならねぇ…」

後ろであら、残念ねぇと母さんが呟く声を聞きながら俺はいってきます、と言って
逃げるように家を出た。

……弁当を忘れた振りして家においてこればよかったとゆーことに気がついたのは
最早引き返せないくらいの距離まで来ちまってからだった。


  ───────────


そんな訳でその日の俺は朝っぱらから憂鬱だった。

それもこれも母さんが弁当を素麺なんかにするから…。

いや、素麺はともかくとしても何も2人分ゆがくことねーだろ。
一体どー始末しろってんだ。

まさか1人で全部食える訳でもねぇし。俺の胃はそこまで容量がでかくない。

やっぱし誰か誘うしかねーのか?
それも結構食うタイプの奴。

一瞬、俺の頭に隣のクラスで大食い野郎の某クソ力が思い浮かんだが
それは即刻却下した。
あいつなんか誘った日にゃ面倒なことになりかねねぇ。

まず向こうが腹よじれるまで笑った挙句に、喧嘩になるに決まってる。

冗談じゃない。

俺がとうとう頭を抱えてた時だ。

「かいどー。」

えらく呑気な声がして、俺は顔を上げた。

「どしたの、何か不景気な顔しちゃってさ。」
。」

俺は呟いた。
目の前には、何とも間延びした、ほにょにょんな女の顔がある。

 
最近、俺に話しかけてくる訳のわかんねー奴とはこいつのことだ。

「別に何でもねぇ。」

俺は言ってそっぽを向く。
困るんだ、は。いつもじーっと俺の顔を覗き込むから。

俺の面なんざ見たってどうってことはねぇだろうに。

「何でもない人が頭抱えてますかね?」
「いちいち人の顔見んな。」
「あ、ひどい。ちゃんと人の目を見て話そうとしてんのに。」
「他でやれ。」

俺はシッシッと手でを追い払おうとするが、
は俺の机の側に座り込んで離れない。
何なんだ、こいつは。

「かいどー。」
「何だ。」
「今日もおべんとデカいねー。」

弁当、と聞いて俺はギクリとした。

「……普通だ。」
「いや、かいどーのおべんとは絶対普通じゃないから。」
「ウサギ模様の弁当箱よかマシだ。」
「ウサの何が悪いのよ。」

は膨れるが、意に介するつもりはない。

「弁当の話はヤメロ。」
「あ、今からお腹減るから?」

阿呆か、こいつは。
人をどっかのクソ力と一緒にすんじゃねぇ。

「さっさと失せろ。」

俺はもっぺん、シッシッと追い払う。

「そうそう、おべんとで思い出したけど。」

………………人の話、聞いちゃいねぇ。

「今日一緒に食べるよね?」
「今日一緒に食う気はねぇ。」
「何で?!」
「何ででもだ。」

間違っても弁当が素麺なのを見られたくないから、なんて言えない。
言えるか。

「とか何とか言っていつも一緒に食べるくせに。」

う゛っ!!!

痛いところを突かれて俺は一瞬言葉に詰まる。そこへ、

「ぶっ…アハハハハハハ!!

いきなしが笑い出しやがった。

「何がおかしい。」
「今の海堂の顔!!メッチャ笑える!!」

そのままは腹を抱えて笑い転げる。

「アハハハハハハハハハ、キャーハハハハハハ!!!
ひーっ、くるしーっ!!

……………ブチッ

「てめーっ、いつまで笑ってやがる!!」

とーとーキレた俺は、思わずを教室中追っかけまわした。
のバカは何が楽しいのか、ずっとキャーキャー笑ってやがった。


  ───────────


で、結局肝心の問題が解決してない辺り俺は我ながらかなり馬鹿だと思う。

「……………………。」

とうとう来ちまった昼休み、何ともいえない気分で俺は自分の弁当の袋を眺めていた。

一体どーしろってんだ、コレ。

1人で食う気にもなれないし、かと言ってを誘うってのも…
脳裏に今朝、が散々笑い転げてた姿が蘇る。

やっぱり桃城を…いや、やめておこう。

「かいどー。」
「?!!!」

いきなりののドアップに俺は一瞬硬直した。

「何、いきなし固まったりして。」
「心臓に悪いつってんだろが。」
「いーじゃん。」

よくねーよ。

「で、何の用だ。」
「決まってんじゃん、おべんと。一緒に食べよ?」

何が決まってんのかよくわからねぇが、俺がダメだと言う前に
は俺の後ろの空いてる席を陣取ってさっさと自分の弁当の包みを開け始める。

こーなったらこいつはいくら言ってもどきやしねぇ。

教室にいる連中の視線が痛かった。

「アレ、かいどー、おべんと開けないの?」
「てめぇの知ったことじゃねぇ。」
「だって私1人がおべんと食べててかいどーがそうじゃないのっておかしいよ?」

お前が俺と飯を食おうとしてる時点で既におかしいに決まってるだろが、バカ。

「お腹壊したの?」
「てめーと一緒にすんな。」
「んじゃ何で?」

…………ダメだ、このままやりとりしてても堂々巡りだ。
くそっ、こーなりゃどーにでもなりやがれ!!

。」
「ん?」
「お前、その……素麺好きか?」
「好きだよ。でも、いきなしどしたの?」

俺は少々ためらってから自分の弁当を指さした。

「俺の弁当…今日、素麺だから…その…良かったらお前も…」

やっちまった。
言い終わってから俺は次に来るであろうバカ笑いを覚悟したが、
の反応は俺の予想と大きく違っていた。

「いいの?」

は普通に嬉しそうに笑った。

「じゃあ、頂きます。」


そんな訳で、次の瞬間俺とは教室の真ん中で2人して素麺を食していた。

「おネギもうちょっと貰っていい?」
「さっきからどれだけ取ってんだ、てめぇ。」
「いいじゃん、好きなんだもん。」
「ケッ。」

女にしてはかなりの食欲を示すを見ながら俺は器の中に新しく素麺を入れる。

「あっ、錦糸卵もある。かいどーのお母さんって凄いねぇ。わざわざ器まで2人分だし。」
「さっさと食え。余ってもしょうがねぇ。」
「ホント?それじゃ遠慮なく…」

 もきゅもきゅもきゅもきゅ

自分でもわかってるが昼休みに素麺を食ってるってのはかなり妙な図だ。

実際、俺とが食ってる間2年7組の連中がジロジロ見てるのは勿論、
開けてある廊下側の窓からも通りすがりの他のクラスの奴らが
物珍しそうに覗きに来る。

中にはわざわざ友達を呼んでくる奴も居て、バカとしか言いようがねぇ。

ただ昼飯食ってるだけだろが、いちいち見にくんな。

「おい、マムシ!」

 ムカッ。この声は…

「おま、何ガッコで素麺なんか食ってんだよ?!」

やっぱり。桃城の野郎だ。
どうせ隣のクラスが騒がしいからわざわざきやがったんだろうが。

「別にてめーにゃカンケーねぇ。いちいち人が飯食ってるとこ見てんじゃねーよ、
ヤマアラシ。」
「あんだと、このヤロ。てめーが女子と飯食ってるってだけで充分見物だっての。
 自覚あんのかよー、自覚。」
「桃城っ、テメー!」
「かいどー。」

危うく箸と器持ったまま廊下側の窓に突進しそうになったところを
のほにょにょんとした声で俺はハッと我に返った。

「しいたけ、貰っていい?」
「…いちいち聞くな。食っちゃダメなモン持ってくる訳ねーだろが。」
「そうだね、ゴメン。あ、コレおいしい。」

あまりにもが嬉しそうに食ってるのをみて、桃城も気勢をそがれたのか

「ま、ご当人らがよけりゃそれでいいんだけどよ。」

と言ってさっさと8組の教室に消えていった。

始めっからそーしときゃいいんだよ、馬鹿が。

「んー、やっぱ夏はお素麺だね。」

は幸せそうに言って、自分の器にまた素麺を放り込んだ。

「お前、自分の弁当は。」
「食べるよ、何で?」

何でじゃねーだろ。

「食えるのか。」
「うん。」
「どんな胃袋してやがる。」
「あー、よく言われるな、それ。」

だろうな。クラスの女子でもそこまで食う奴がいるとは思えねぇ。

「あ、そだ。良かったらかいどーも好きなおかず取ってって。」

は言って、自分の弁当箱(二段式の上の段)を俺の目の前に突きつけた。

「いーのか。」
「だってせっかく素麺ご馳走になったし。」

……まあ、いいか。
俺もさすがにが食い過ぎになるのを見過ごす気にはなれねーしな。

俺はが突きつけた弁当箱から豚肉のしょうが焼きを一切れつまんだ。
の母親が作ったらしいが、なかなかうまかった。


「ハー、美味しかった。ご馳走様。」
「てめーの胃袋はどーなってやがる。」
「どーなってるも何も腹に入るもんはしょうがないじゃん。」
「ケッ。」

俺は椅子にもたれて満足げなを一瞥する。

あの後、俺と一緒に素麺を食ってたは自分の弁当も綺麗に平らげやがった。
一応、俺もが弁当も平らげるのに助力はしたがそれにしても……

ちなみにその頃にはクラスの大半の生徒が自分の昼飯を終えてめいめい
喋ってるような時間帯だったから猶も食べ続ける
かなり人目を引いていたのは言うまでもない。

「どうしようもねぇな、てめーは。」
「あー、何それ。かいどーってホントひどいなぁ。」
「事実だろが。」

俺は言って、ふと考えた。

「でも、まあ、アレだ。」
「? 何?」
「メシをうまそうに食ってる分にゃ問題ねぇ。」

はニッと笑った。

「そうでしょそうでしょ。やっぱご飯は美味しく頂かないと。」
「調子に乗んな、バカ。食いすぎで保健室に行きてーのか。」
「食べ過ぎたって一晩寝ればどうせ治るよ。」

俺はフゥッと息を吐く。
ったく、こいつは……

「ねー、かいどー。」
「あ?」
「来年は私が素麺持ってこよっか?んで、一緒に食べない?」

の唐突な発言に俺は一瞬、反応できなかったが次にはこう口にしていた。

「勝手にしろ。」

何故かしらねーが、はひどく嬉しそうにした。


  ───────────


「あら、結局誰かと食べたのね。」

その日の夕方、俺が家に帰って弁当の入れモンを下げてたら母さんが言った。

「何だか乗り気じゃなさそうだったから、どうするのかしらって思ってたけど。」

そんなとこまでわかってたんなら何で2人分の素麺持たせたんだよ!!!

「……と食った。」
「やっぱり。」

母さんは何故か嬉しそうに言った。

「そうじゃないかと思ったわ。薫、ちゃんのこと気に入ってるみたいだものね。」
「別に…んなんじゃねぇ。」
「そんなこと言って、照れちゃってるわよ?」
「母さん。」

これ以上言われるのはカンベンだったので、俺はチロッと母親を睨む。

「あら、御免なさい。で、ちゃんどうだった?」
「…嬉しそーに平らげてた。」

俺が答えると母さんは良かったわ、と笑う。

「薫。」
「?」
「いい子はちゃんと捕まえとかなきゃダメよ。」
「!!!!」

俺はこの瞬間、母さんにやられた!と思った。

母さんは、はなっから俺とを近づけるつもりだったのか。
だからわざわざ…クソッ、まさか親にんなことされるたぁ思ってなかった。

…………………………………………。

まあ、いいか。
うまそうにメシ食ってる奴は嫌いじゃねぇし。

しばらく頭を抱えてた俺はそう自己完結した。

『かいどー、おいしーねー。』

がほにょにょん面で嬉しそうに素麺を食ってる姿が目に浮かんだ。


THE END



作者の後書き(戯言とも言う)

夏と言えば素麺!!と思って書いたらこんなのが出来上がりました。

ご多分にもれず、撃鉄自身の体験が混じっております。

……高校の時、一遍だけ隣のクラスの知人と昼休みに素麺を食したことがありました。

撃鉄の場合は、前日に向こうがいきなし『お主、素麺は好きか?』と聞いてきて
撃鉄がうん、と答えたら『ならば明日持ってくる。つゆ入れるお椀用意しとけよ。』と
こっちが突っ込む隙も与えずに向こうがさっさと手はずを整えてしまったんですが。
(ちなみに上記の古臭い物言いも実話です)

食うのは別に構わなかったんですが、周囲の視線が痛かったです。
廊下側の窓から見物してた奴がいたのも勿論、ホントの話です。

ちなみに、撃鉄は前日に言われてたにも関わらずうっかりいつもどおりお弁当を
持ってきてしまい後で1人で全部平らげるのに苦労しました。

しかしそんな体験を薫君の夢小説に使ってみる辺り…
撃鉄ってつくづく変わりモンですな。(自分で言うな)

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