噂のあいつ 「疑問」


やっとに僕の思いを伝え、がそれを受け入れてくれることになったのは良いけど、
僕にはまだまだ疑問が多かった。

まず、自身のこと。

は所謂男装をしているわけだけど、何故そういう経緯に至ったのか。
僕はまだ聞かされていない。

次に手塚のこと。

僕がの正体を知り、尚且つと付き合うことに決めたことを従兄弟である手塚が聞いたら
どう反応するのか。

容認するか、それとも反対するか。
手塚の場合、両方有り得るから何ともわからない。

最後に(最後に持ってくるくらいだからこれが一番大事なことなんだけど)
周囲の連中のこと。

何とか周囲にの正体がばれないように付き合えるか。

これは冗談抜きで問題だ。

困ったことに僕の周りには妙に勘の鋭いのがいる。

部活では結構何か嗅ぎつけるタチの越前がいるし、クラスでは英二が何か勘付かないとも限らない。
何せ英二と来たら、普段は大雑把なくせにちょっとでもいつもと違う、と感じたら即首を突っ込んでくる。
悪気はないのはわかってるけど、の正体が英二にバレたら…正直英二の口の堅さが信用できるかどうかは
微妙だ。

うーん、今更言うのも何だけど難しい恋をしちゃったな、僕。

「何難しい顔してんだよ。」

僕が考え事をしていると、横にいたがスナック菓子(どうやって持ち込んだのか)をかじりながら
不審げに僕の顔を覗き込んだ。

とある休み時間、ほとんど誰も寄り付かない校舎の裏側でのことだ。

「今くらい女の子でいなよ。僕らしかいないんだからさ。」
「ダメ。まだ校内だぞ、いくら早々人がこねぇったってどこで誰が聞いてるともわからんだろうが。
乾みたいなのが茂みに潜んでたらどーするよ?」
「えーと…」

ここまで言われるなんてさすがに乾が可哀想かも。

「で、話がちょいと逸れたけど、何難しい顔してたんだ?」

は話を戻す。

「色々ね、」

僕は答えた。

「考えなきゃいけないことが多いなぁって。
手塚が僕らが付き合うって知ったらどうするか、とか、の正体がバレないように僕はどうすればいいのか、とか
僕からを取ろうとする人には呪いをかけるべきか、とか。」
「お前、最後の項目は明らかに何か間違ってるぞ…。」
「そぉ?」

僕が聞き返すと、はブンブンと首を縦に振った。

「まぁ、冗談はともかく僕らは普通には行かないじゃない。多分、これからも色々ありそうだし。
そうなったら僕はちゃんと対処していけるのかなって。」
「んなこと知るかよ。」

はきっぱりはっきりと言い放った。

「いちいち考えて何とかなるもんでもねーだろが。ヤバかったらその場を誤魔化してトンズラするだけのこった。」
「そ、そーかな…」

何だか、友達同士と大して変わらない会話だ。
こんなんで僕らは付き合ってるって言えるのかな…。

「そだな、少なくともわかりきってんのは」

はスナック菓子をもう1つ口に放り込んだ。

「何があったって、周助はあたしを捨てないってこと。」
「わわっ!」

急に女の子モードになったはキュッと僕にしがみついた。

「あ、周助、心臓バクバク言ってる。」
「イジワルだね。」

僕は笑ってそっとの頭をなぜた。

しばし流れるそこはかとない幸福のひと時。

ひとしきり、2人でその時を過ごすと休み時間終了の鐘がなった。



幸せなひと時の後の授業というのはえてしてけだるい。

多分、外側の僕しか知らない人は『えっ、不二でもそう思うの?!』って言うと思うけど
僕だってやっぱりまだ中学生だからね。

普段は真面目にやっていても、いつもいつもそれが持続するとは限らない。

今もまさにそんな感じだった。

僕だけでなくクラスの大半がそうなのだろう、英二は(いつものように)机に突っ伏して眠っているし、
他の連中も寝ているか、女の子なら何やら紙切れに書き付けてそれを他の子に回すか、あるいはこっそり漫画本を読んでいるか、
とにかく授業をまともに聞こうとしている者はほとんどいない。

僕はどうしていたかというと先生が何やかんや言うのをボンヤリ聞きながら、ずっと視線を横に送っていた。

これは最近できた僕の癖だ。

が転校してきてからというもの、授業がけだるいと感じた時は隣の席をこっそり見つめるのが僕の習慣になっていた。

授業中のを見るのは面白い。

転校当初から授業になると眠ってばかりいる癖に、寝ている最中に指名されても動じることなく
先生の質問に間違いなく答える。

かと思えば、たまに起きて至極真面目な顔をしてノートを取ったり、ゴソゴソとノートに落書き(注:うまい)をしたり、
こっそり持ち込んだ飴を口に放り込んでいたり、いちいち見ていて飽きない。

今日のは英二や他の皆と同じように寝くたれていた。

机に頭を乗せて、くか〜と寝息を立てている姿は普段のやかましい(←風に言えば)姿とは正反対の静かなもので…
しかもその寝顔は安らかで、いかにも気持ち良さそうで、何だか愛らしい。

授業中でなかったら思わず英二のごとく飛んでいって抱きしめてしまいたくなるくらい。

もし、機会があったらが寝ている隙に抱っこしたりして…。

そんな僕の邪まな(?)考えが届いたのか、急には、フギャッ?!と頭を上げた。
それからちょっとばかりキョロキョロして、しまい目に自分の隣の席にいる僕をジロッと不審げに睨む。

僕がニッコリ笑ってやり過ごすと、は『ヒッ!』とでも言いたそうな顔をして肩をすくめ、
くるっと教壇の方に向き直った。

面白いなー。

「周助、てめー!」

授業が終わるとは隣から僕の席に襲撃をかけてきた。

「俺が気持ちよく睡眠している時に何か邪悪なこと考えただろっ!!」
「邪悪だなんて、そんな…。僕は何もしてないよ?」
「いんにゃ、怪しい!!お前はニッコリ笑って人の首を掻き切っていくよーな奴だ!!」
「何か、滅茶苦茶言われてるような気がするのは僕の気のせいかな?」
「滅茶苦茶じゃねー、事実だっ!!なっ、英二っ!」
「はにゃっ?にゃんの話???」
「ぬぉーっ、俺様の話はちゃんと聞かんかーい!!」

本当、勿体無いなぁ。

ギチギチと英二の首を絞めるを見ながら僕はこっそりため息をついた。

はせっかく綺麗で可愛いのに、あんな風に男装していつもガサツに振舞っている。
大体、どうして男に化けてるんだろう。

考えてみれば、僕はとっくにの正体を知ってるのに男装の理由は聞かされていないというのはつくづく変な話だ。

でも、の性格を考えると多分―いや、絶対に直接聞いたところで教えてはくれないだろう。

だとしたら、打つ手は1つしかないね。

「ふ、不二ぃぃぃ〜、止めてぇぇぇぇぇぇっ。」

考えている間に英二が絞め殺されかねなかったので僕は慌ててを引き剥がしに掛かった。



で、次の瞬間には僕は3年1組の教室の前にいた。

たまたま戸の近くにいた女の子を捕まえて、手塚を呼んでもらうように頼む。

1分も待たないうちに手塚の仏頂面が現れた。

「何か用か、不二。」
「ちょっと話があってね。今空いてる?」
「ああ、問題ない。」

それじゃあ、と僕は手塚を手招きして先に歩き出した。
そうして僕らが辿り着いたのは廊下の一番奥、ほとんど人が来ないところ。

「この様子だと、余程人に聞かれたくない話のようだな。」

手塚は眉1つ動かさずに呟いた。

「そりゃぁ、ね。」

僕は答えた。

のことだから。」

、と口にした瞬間に手塚の目付きが微妙に変わる。

「何だと?」
「そんなに恐い声出さないでよ。」

僕はあくまでも落ち着き払って言った。

「僕は単に知りたいんだ。が…どうして自分を隠してあんな姿で生活しているのか。」
「お前っ!!」

何と、手塚は珍しく激昂した。
まるで僕の襟首を掴みかねないくらいに。

「何故それを知っている!!」
「御免ね、手塚。この前、君が部室でと話しているのを聞いちゃったんだ。」

手塚の顔がわずかに――本当にわずかに青ざめた。

「心配ないよ、も後で自分から認めてくれたし。でね、手塚、ついでに言うと…」

僕は手塚の顔を覗き込んだ。

「実は僕と、付き合ってるんだ。」

一瞬、僕らの間を沈黙が支配した。

「それが…ついでに言うことか…」

一瞬の絶句の後、手塚はやや掠れた声で呟いた。

「そんな面妖な話は初耳だ。」

面妖って…それじゃ僕とがまるでどっかのファンタジー小説に出てくる魔族みたいに聞こえるんだけど。

め、そんな大事な話を何故しなかったんだ。」
「昔のことがあるから、言うの恐かったんじゃない?」
「そんなことまで知っているのか、不二。」
「忍足君が教えてくれたたんだ。」

手塚はハァッと息をついて、どうも俺の周りは口の軽い奴が多いな、とか何とかブツブツ言った。

「それはともかく、ならば俺はどうこう言う気はない。が選んだことならそれでいい。後はお前の慎重さを信じるまでだ。」
「そりゃよかった。てっきり猛反対を食うかと思ってたから。」
「俺は漫画に出てくる頑固オヤジではない。」

『え、違ったんですか?!』なんてみたいなギャグをするのは今は控えておこう…。

「で、肝心の質問の方だけど…」

僕が促すと、手塚は眼鏡をクイッと押し上げてちょっと考え込むようなポーズをした。
次に彼が口を開いた時、そこからはさっきよりも深いため息が漏れた。

「そうだな、確かにお前には話しておいたほうがいいだろう。」

言う手塚は何だか疲れている感じで、いつも以上に老け込んで見えた。

は…幼い時に父親に虐待を受けたのが元で、女の姿でいることを恐れるようになってしまった。」
「そんな…!!」
僕の体から一挙に血の気が引いた。

の母親は…早い話、俺の母方の叔母なのだが…早くに亡くなってな。ずっと父親と2人で暮らしていたんだが…。」

手塚はここで眉間に酷く皺を寄せた。
多分、あまり思い出したくないことを思い出したせいだろう。

「ある時、その父親は乱心した。叔母が亡くなったショックのせいなのだろうが、はそのせいで…」

そこまで言うと手塚は、顔を背けた。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。

僕は僕で、少ない言葉からも充分に受け取れた惨さに体が震えて仕方がなかった。

そうか、だからは…

僕はいつだったかが言っていたことを思い出した。

『一番幸せなのは親も夫婦円満でいてくれることだよな。
喧嘩したり、死んじまったり、ほったらかしたりされると一番割を食うのは子供だからな。』

あれはこういうことだったんだ。

何て、何て切ないんだろう。

「不二。」

手塚が口を開いた。

を…頼む。」
「大丈夫。」

僕は請合った。

「僕は本気だから。」

それは手塚を安心させる為、というより自身に釘を刺しているような感じだったけど、
手塚は心底ホッとしたような顔をしていた。

大事な話を終えた後、僕は手塚と自分の教室の前で別れた。

「じゃ、手塚。後でね。」
「あぁ。」
「御免ね、嫌な話をさせて。」
「構わん、どの道避けられんことだ。」

仏頂面してて実は人がいいよね、君って…。

「…どうかしたか?」
「ううん、別に。」

僕は首を横に振った。
まさかさっき思ったことをそのまま言う訳にはいかない。

手塚は特に気にした様子もなく、そうか、と言ってさっさと3-1の教室に引き上げた。

「ふぅ。」

僕は小さく息をついた。

手塚のおかげで僕の疑問の内、大半は片付いた訳だけど…
何だか胸の内がモヤモヤする。

まぁ、のあんな話を聞いて平気でいられる人は普通いないと思うけど、
僕にとってはあんまりにも切なすぎて…。

僕に大きすぎる傷を抱えるを支えることができるんだろうか、とちょっと弱気になってしまう。

「うぉーい、しゅーすけー!!」

ボスッ!!

教室の前でボンヤリしていたら背後からのダイレクトアタックが来た。

「ゲホゲホッ!、いくらなんでもバックアタックはないんじゃない?」
「馬鹿野郎!背後から襲撃はアクションやロールプレイングゲームの常識だ!!」
「僕はそこらを歩いてたら遭遇するザコモンスターな訳?」
「いや、お前はラスボスよりも変に強い中ボス。」

毎度ながらえらい言われようだな、僕って。

でもそれって一種の照れ隠し、なのかな???

「じゃあ、はあれだね。」

僕は言った。

「いきなり参戦して美味しいトコ持ってく激強(げきつよ)のサブキャラ。」
「褒めてる振りしてけなしてんじゃねぇ。」
「けなすなんてとんでもない。」

ニッコリ

僕は笑いながらそっと耳打ちした。

「それだけ大事なんだよ?」

の顔がたちまちの内に薄紅色に染まった。



さて、ここで残った僕の疑問は周囲にの正体がばれないようにして付き合えるか、だけになったわけだけど…
これに関しては僕は自分でこう結論した。

知ったこっちゃない、と。

「だからってこれはないんじゃないのかー?」
「そぉ?」

僕は腕の中のを抱えなおしながら首をかしげた。

「そぉ?じゃねーよっ!!」
、声が大きい。」
「ムググ…」
「ね?」

僕はの口から手をどけるとその手での頭をそっと撫ぜた。

放課後、部活終了後、部室の中。
そんなところで僕はベンチに座り、を抱きしめていた。

かなり、まずいとは思う。
ここでもし誰かが入ってきたら確実に僕らの関係がバレて、そこから芋づる式にのこともバレてしまうだろう。

でも…

「周助ー、」

不意にが言った。

「何?」
「あたしね、」
「うん?」

ギュウッ

「凄く幸せ。」

はここでエヘヘ、と笑って満足そうに僕に擦り寄った。

ドクンッ

ああ、やっぱり僕はが大好きだ。
この気持ちに嘘は1つもなくて、だからいつでも自分の手で抱きしめてしまいたくなる。

例え、どれだけリスクが高くても。

外から足音が聞こえたのはその時だった。

「やべっ!!誰か近づいてる!!」
「多分、海堂だね。自主練から戻ってきたんだ。」
「落ち着いてる場合かーっ!とにかく早く俺を下ろせ!!」
「えー?」
「えーっ、じゃねーの!!」

がうるさいので僕は渋々彼(←便宜上こう言っておく)を解放した。

せっかくいいとこだったのに…

僕は心の中でブツブツ言いながらベンチから立ち上がる。

ガチャッ

ドアが開けられる。
そこにたたずんでいたのは…

「何だ、手塚じゃない。慌てて損した。」

僕は思わず呟いた。

「どういう意味なのか…聞かない方が懸命なのだろうな…」

手塚は言って、着替えに掛かる。

「そりゃ決まってんだろーが。」

が口を挟んだ。

「俺と周助はさっきまでラヴラヴライフを過ごしてたんだからな!!」
「なっ…!!」

手塚の顔に朱がさす。

「不二っ、お前はそんな危険を…!!」
「いいじゃない、そういうのも。」
「よくないっ、菊丸辺りに見られたらどうするつもりだ!!」
「それはそれで、英二が吃驚して面白いかもね☆」
「あー、周助ー、黒いぞー。」
っ、ついでにお前も楽しむな!!」
「おぅおぅ、国ちゃん、顔が赤いぞー。」
「あ、ホントだ。珍しい。」
『ねー☆』
「お前達!!」

そうして僕らは2人して手塚をからかいまくって、涙が出るまで爆笑した。

リスクを犯して抱きしめあって、焦ったり時々手塚をからかったり、こういうのも楽しい。

バレないように、とビクビクしているよりはこの状況を楽しんだ方がいいに決まってる。

「と、ところでだ、。」

散々からかわれて、珍しくやや動揺しながら手塚はとうとう話を変えた。

「吉報だ。竜崎先生がおっしゃっていたが、明日は月に一度の校内ランキング戦を行うことになった。」

僕とは同時に手塚を見やった。

「お前の力、見せてもらうぞ。」
「言われるまでもねぇ。」

は不敵に笑った。

「思い切り暴れてやるぜ!」
「言っておくけど。」

僕は口を挟んだ。

「僕は次は負けないよ。」
「言ってろ。」

僕とはお互い不敵に笑ってしばし見つめ合った。

こんなカップルってありなのかな?

の目を覗き込んでたら、ふとそんな新しい疑問が湧いてきた。

To be continued.



作者の後書き(戯言とも言う)

もう言い訳なんざ必要ナッシング!!(←おい)

どんだけ時間が掛かろうがちゃんとこの連載を完結させることだけ考えます。

是非とも応援よろしく!!
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