噂のあいつ 「打撃」


そしてその日の部活が終わった後、僕はに『サボちゃん3号が元気になった礼』ということで
彼の家に強制連行された。

何もそこまでしなくても良いのに…って義理堅いんだね。

でも、それが僕の心臓にかなりの負担をかけていることは多分、いや間違いなく知らないだろう。

「おい、不二。さっきから顔赤くねーか?」
「そう?別に、大丈夫だよ。」

超巨大嘘吐きな僕がいる。

「ならーいーけどよ。あ、入ってくれ。」

に促されて僕は玄関の敷居をまたぐ。
あ、そういえば…

「まさか今日は忍足君来てないよね?」

僕は思わずそんなことを尋ねた。
口にしてから、何を言っているんだろうと一人突っ込みを入れてしまった。

「? 侑士か?多分、今日はこねぇだろ。」

一方のは幸い僕の問いに何の疑問も持っている様子がないらしい。

「尤も、ここんとこあいつんちの親、ちょっと揉めてるらしいからな。もし今日も夫婦喧嘩が勃発して
姉貴も家にいねーなら何ともわからないけどな。」
「そう…色々大変なんだね。」

僕は不謹慎にも家で何があろうと今日は忍足君が来ないでくれたらいい、と思った。

「まーなんちゅーかあれだよな。」

がふと、宙を見つめて呟いた。

「一番幸せなのは親も夫婦円満でいてくれることだよな。
喧嘩したり、死んじまったり、ほったらかしたりされると一番割を食うのは子供だからな。」

その言葉には実感が籠もっていて、僕は切なかった。

僕には父さんも母さんもいて、姉さんも裕太もいる。
父さんと裕太は家にいないことが多いけどそれでも僕ら家族の仲は悪くなく、家の中はいつも円満だ。
でも、それは僕にとっては当たり前のことだけどにとってはそうじゃないんだ。

何て切ないんだろう。

「どうもな、」

は言葉を続ける。

「俺自身もこんな家庭環境だけど、俺の周りには家庭環境が訳ありの奴が多いんだよな。
類は友を呼ぶってんだかどーか知らねーけど、俺より先に東京(こっち)に越した後輩も去年親と姉貴を一遍に亡くしたし
侑士はさっき言ったとおりだし、他にも何人か親が暴力するとかほったらかしとかがいるし。」

あまりの切なさに僕がずっと黙っているとはハッとしたようだった。

「おっと、悪い悪い。こんなシケた話聞いたって仕方がねーよな!ヤな思いさせて御免よ。」
「ううん、気にしないで。そういうことって新聞とかTVくらいでしか聞かないから勉強になるよ。」
「ハハッ、さすが不二。言うことが違うぜ。あ、そっちのリビングに入ってくれ。」

僕は初めての家のリビングに通された。

「そこのソファに座っていーから。」
「あ、うん。」

またちょっとドキドキ。

は奥の台所で何やらゴソゴソしているようだ。
僕はその間に自分が座っている周りを見回した。

部屋はいつも掃除しているのだろう、床の上には埃もゴミも見当たらない。
でも僕が座っている足元にはゲーム機がほったらかしになっていて
電源やヴィデオデッキに繋がれている線が絡み合って散らばっている。

僕にはそれが何となくを象徴しているように思えた。

天井を仰ぎ見たら今度は白い格子縞が目に入って蛍光灯に照らされたそれが妙に視界に焼きつく気がした。

カチャカチャと食器が触れるような音がしたのはその時だった。

「不二ー、お待たせー。」

がカップとお皿を乗せたお盆を運びながら後ろからやってきている。

「ちっと用意するのに手間取ったな…何見てんだ?」
もTVゲームするんだなって。」
「まー、うちにゃうるさく言う人がいねぇから。たまに国光が急襲してくるけど。」

はお盆の上のものをテーブルに並べながら言う。

「手塚、やっぱり定期検査に来るんだ。」
「風紀委員じゃあるまいしうるさくてたまんねーんだ。あ、どうぞ食ってくれよ。」

目の前のテーブルの上には、紅茶を入れたカップとケーキが乗っかった皿があった。

「いただきます。」

パクッ

僕はケーキを一口頂く。

……………………………。

「!! 、このチーズケーキすっごくおいしいね。」

僕が正直に感想を述べると、の顔がパァーッと明るくなった。

「ホントかっ、不二!?」
「も、勿論だよ。」

く、苦しい。嬉しいのはわかるけど飛びつかないで…。

「いやー、そう言ってもらえると作った甲斐があるぜ!!」

え?

「自分で作ったの?!」
「おうよ、何たって1人暮らしだからな。料理の類は大得意だ!」

はえっへんと胸を張る。

「ちなみにこいつは俺の自信作でな、サボちゃん3号の件のお礼には是非こいつだ、と思って
昨日から必死こいて作ってたのだ。」

ったら…。

僕は思わず破顔してしまった。

「嬉しいな、そこまでしてもらえると。」
「いーや、こっちこそ。」
「強いし、家事もバッチリだしみたいなお婿さんならもう理想だよね。僕もをお婿さんにほしーな☆」
「よっ、よせやい!!」

は後ろに跳び退った。えらく激しい拒絶だ。

半ば本気だったからショックはやや大きめ。

「そんなに拒絶しなくても、冗談だって。いつもみたいに突っ込んでくれたらいいのに。」
「いや、お前の目、ビミョーにマジだったぞ…」

なかなか鋭いね、フフッ。

「わりぃけど、」

は僕が食べている目の前でTVに繋ぎっぱなしのゲーム機のコード類を引っ張りながら突然真面目に言った。

「俺は誰とも一緒になる気はねーよ。」

え…?

「どうして?」

動揺した心を押し隠して僕は尋ねる。

「もったいないよ、結構美形なのに。君はどうせ頓着してないんだろうけど、
女の子にも結構モテてるんだよ?」
「そりゃそーだ、この俺がモテなくてどーする!…って何言わせんねん!!」

「勝手に言ってるのは君だよ。」
「ゴホンッ、そうとも言うな。」

普通は『そうとしか言わない』。
僕がそう言ったら、はゴホゴホ、持病が…などとひとしきりボケた。

「まー、それはともかく、だな。」

気の済むまでボケるとは話を戻した。

もしかしてって関西でも変わり者扱いされてたんじゃないかと思ってしまうのは僕だけだろうか。

「俺、身軽なのが好きなんだ。男でも女でも友達付き合いならいーけど、それ以上になると重くて俺には耐えらんねぇ。」
…」
「つーか、怖ぇんだよ。一遍でも恋愛関係になっちまうとそれが何かの拍子で壊れた時、後がどうなるか考えただけでもマジで恐ろしい。」

そして、は小さく呟いた。

あんな思いは二度と御免だ、と。

その言葉が僕に届いた瞬間、僕の中にあるガラスのようなものがバリンと砕けた気がした。

は多分、僕には聞こえないように言ったつもりだったんだろうけど、その言葉は確実に僕に尋常でないダメージを与えた…。



は何も知らないまま、僕を門まで送ってくれた。

家まで送ろうか、と言ってくれたけど僕は丁重に断った。

多分、そんなことされたら痛みが増すばかりだろうから。

そんな訳で僕は夕暮れの道をヨロヨロと歩いていた。
こんなにショックなのは初めてだと思う。

と勝負して負けた時ですらここまでひどいことにはならなかった。
というより、あの時はショックとかそういう問題じゃなかったし。

世間様でも、失恋した人はこんな気分なのだろうか。
でも僕のは尚悪い。

まだ相手に思いすら伝えていないのに…。

ボフッ

頭がグラグラして周りを認識することができていなかった僕は誰かにぶつかってしまった。

「あっ、すいません!」

僕は慌てて謝罪する。

「あー、びっくりしたー。」

独特の抑揚にもしや、と思って顔を上げると、

「ん?何や、不二か。」

そこには僕が今、一番会いたくなかったかもしれない伊達眼鏡君がいた。

「やあ忍足君、奇遇だね。」

僕が一応挨拶をすると、彼は眼鏡を押し上げながら何か考えてるような顔で僕を見つめた。

「俺はお前に会うた(おうた)ことよりお前がぶつかってきたんを見たことの方が奇遇や。えらい鈍くさいやないか、どないかしたか?」
「ちょっと考え事をしてて…ゴメンね。」
と喧嘩でもしたんか。」

ボソッと放たれた忍足君の当たらずとも遠からずの言葉に僕は内心ギクリとする。

「どうして?」

かろうじていつもの表情を作る僕の中を、彼は見抜いているのだろうか。

「この方向やったらん家がすぐ近くやからな。お前、結構と仲ええみたいやし、もしかしたらって思て。」

忍足君はどうということはない、という風に淡々と言った。

「喧嘩はしてないよ。」

僕は答えたが言ってから、しまった!と思った。

「喧嘩『は』、か。」

案の定忍足君は僕が使った区別の助詞を聞き逃していない。
といい、彼といい、どうしてこんなに勘がいいのか。

「ほな後はあれやな。」

忍足君がニヤリと笑う。
それは僕に対する嘲りか、それとも自嘲か。

「お前、にフラれたやろ。」

ここまで馬鹿みたいに綺麗に言い当てられるとどうしようもなくて、僕は苦笑交じりに首を縦に振るしかなかった。



「そうか、そんなことがあったんか。」
「うん…」

忍足君の言葉に僕は肯いた。

あの後、僕らはの家の近所にある小さな公園を訪れていた。
僕らはそこのベンチに2人して座り、僕は忍足君に全てを話した後だった。

なまじ親しい者に話すより、随分楽な気がした。
多分、英二や大石に相談すると本人達の思いもよらないところから話が漏れてどころか彼らにも迷惑がかかったことだろう。

「でも、どうしてわかったの?」

僕は忍足君に尋ねた。

「僕がにフラれたって。」
「前にもあったからな。」

忍足君は呟いた。

が告ってきた奴フッたこと。それもお前とおんなじで男や。」

僕はえ?と目を上げる。
忍足君はあまりよくないことを思い出したせいか、寂しそうな笑みを浮かべていた。

「まさか…君?」

僕はおそるおそる尋ねる。
しかし、返ってきた答えは『否』だった。

「幸い俺やなかったけどな、お前もよう知っとる奴や。」
「…?」
「わからんか、ほれ。」

忍足君は言って自分の眼鏡を指で軽くはじいた。

瞬間、僕の頭にはとある顔が浮かぶ。

「もしかして…」

まさか、と思いつつ僕は呟いた。

「手塚?」

忍足君は何も言わずに首を縦に振った。

「まだが神戸におった時のことやけどな、俺んとこに電話かかってきてな。
あいつが『従兄弟に告られたけどフッてもた』言うてかけてきたんや。それも泣きながら。」
「泣いてたってどうして…」

忍足君は膝に両肘をついた。

「あない手塚のことこき下ろしてても、は従兄弟と仲良かってな。歳は一緒やけど手塚のこと、兄貴みたいに思てたみたいや。
せやから手塚に告られてもにはそんな感情は皆無やった。で、手塚にそない言うてフッたんや。
けど、何だかんだ言うてもは人がええ。
いくら自分の気持ちに正直になった言うたかて、自分が相手を切り捨てたっちゅーんは自分ながら痛いもんやったんやろ。」

それを聞いて僕はわかった。
が言っていたことの意味が。

『あんな思いは二度と御免だ』

あれはこういうことだったんだ。

「で、どうして僕がのこと好きだってわかったの?」
「お前、意外と鋭いんかそうやないんかわからんな。」

忍足君は呆れたように言った。

「前にんちで会うた時、メッチャやきもち全開の雰囲気出してたやないか。
あんなごっつい気配わからん奴は手塚とかお前んとこの海堂みたいな相当のニブチンやで。」

ついでに忍足君は、おかげであん時心臓麻痺で死ぬかと思たわ、とブツブツ言った。

「ねぇ、」

僕は呟いた。

「僕には…どうしようもないのかな。」
「そんなん、俺にもわからんわ。」

当然のことだろうが、忍足君は答えた。

「お前の努力と、後は次第、やな。」
「君の邪魔が入る確率は?」
「ゼロやな。」
「それを聞いて安心したよ。」

僕は言ってベンチから立ち上がった。

「どないするつもりや?」

ニヤニヤしながら忍足君が言った。

「わかってる癖に。」

僕も笑って返す。

「まー、頑張れ。」

忍足君はよっと自分もベンチから飛び上がった。

「そういえば、君がこの辺りにいるってことはまたのとこに泊まるの?」
「いや、泊まりはせんけどな。」

あれ、忍足君の目がキョドキョドしてる。
珍しいこともあるもんだね。

「ちょい相談ごとがあるんや。」
「へぇ?」
「その中身言わんと呪いかけるでって目ぇやめろや。」

別に僕はそんなつもりないんだけど、聞けるんならラッキーだね。
面白そうだし。

「誰にも言うなや。特にあの歩くナルシストの定義に知れたらめんどいからな。」
「言わないよ、大丈夫。」

声を潜めて言う辺り、どうやら余程人に聞かれたくないらしい。

「実は今日彼女怒らせてもてな、どないしたらええんかわからんもんやから…。」

僕は思わず吹き出した。



何だか、大変なことになったな。

忍足君と別れて家に帰ってきた僕は部屋のベッドに寝転がってボンヤリとそんなことを考えていた。

僕はに恋してる。でもは誰にもそういう感情を抱く気がない。

『俺は誰とも一緒になる気はねーよ。』

の言葉が胸に刺さる。
…痛い、心がチリチリする。

僕は多分、今凄く間抜けな状態だと思う。

よりにもよって傍から見れば異端の思いを抱いている上、その相手には思いを伝えていないまま拒絶されている状態だ。

僕はベッドの上で小さい子みたいにうずくまった。

どうすればいいのかな。
諦めた方が早いのかな?
でも諦めたとしてそんなことが出来るのかな。
…勿論、答えは決まっている。

『否』だ。

そんなことが出来るわけがない。

ならば後は諦めないでに僕の気持ちをわかってもらうしかない。
まだどうすればいいのかはわからないけど。

が僕に与えた打撃は並大抵のものじゃない。

けれど、それは確実に次へ進む契機となった…。

To be continued.


作者の後書き(戯言とも言う)

いつもながら話が遅々として進まんなー。

でも動き始めましたよ、とうとう。

今回は忍足少年の関西弁に苦労しました。
あくまでも撃鉄の推測ですが、忍足少年が喋っているのは大阪弁(それも少々古いタイプ)だと思うんですね。

しかし、忍足少年の台詞を打っているとどうしても自分が普段使っている神戸弁が出そうになっちまって…

こだわりすぎだ、と思われるかもしれませんが、原作のキャラの雰囲気を壊してはならんと思うので。
……って、手遅れか?!(-△-;)


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