朝、学校へ行って下駄箱の蓋を開けてみたら、それは置いてあった。

 エールの代わりに

「こ、これは一体…」

俺は思わず1人呟いてしまった。
だけど誰だってこれは驚くよな。

何せ上履きの上に見慣れない紙包みが
乗っかっていて、しかもそこにセロテープで乱暴に貼り付けられた
メモには黒のマジックで大きく『大石へ。』と書いてあったんだから。

一体何なんだろう。何か貰うような覚えはないんだけどな。
新手のいたずらかなんかだろうか…いや、まさかな。

そこまで考えて俺はふ、と思い出した。

そうだ、今日は4月30日、俺の誕生日じゃないか。
きっとこの包みは英二が俺を驚かせようと思ってここに
置いたに違いない。
英二の奴、今日0時になった途端に

『大石、誕生日おっめでとー!今日はびっくりするプレゼント贈る
つもりだから覚悟しててねん☆』

なんてメールを俺の携帯電話に送ってきてたしな。

うん、きっとそうだ。

俺は1人納得するととりあえず包みは自分の鞄にしまっておいて、
さっさと日番日誌を取りに行った。

だけど、後で困ったことになるなんてこの時は思いもしなかったんだ。



日番日誌を取りに行った後、部室に急いで鍵を開けて朝連の準備を始めた頃に
テニス部のレギュラー達がバラバラとやってくる。

「おーいし、おっはよーん!」

第一声は俺のダブルスパートナーである英二だ。

「やぁ英二、おはよう。今日は珍しく早いんだな。」
「当然じゃん、今日はおーいしの誕生日だしねっ。」

いつも以上にテンションが高い英二に俺は微笑する。
こいつの元気はいつもどこから出てくるんだろうな。
そうだ、英二にさっきのプレゼントのお礼を言わないと。

「英二、プレゼントありがとう。」

ところが、英二は非常に奇妙な顔をした。

「おーいし、何言ってんの、俺まだ渡してないんだけど?」

瞬間、俺も奇妙な顔になった。

「え、だって今朝下駄箱にこれが…」

慌てて例の包みを鞄から引っ張り出す。
只でさえ大き目の英二の目が更に大きくなった。

「ええーっ、何それ、俺そんなん知らないぞぉ?」
「え?」

俺は俺で混乱が大きくなる。それじゃ一体、コレは何なんだろう。
首を傾げる俺の横で英二は更に言った。

「大体このメモの字俺のじゃないじゃん。つーかこの字ひっどいにゃぁ、俺より汚い。」

筆跡の良し悪しはともかく、この包みの送り主が英二じゃないことははっきりした。
てっきりこんなことするのは英二ぐらいだと思ってたんだけど…。

「おはよう、何だかにぎやかだね。」

後ろで声がしたかと思ったら、不二が来ていた。
肩にはいつものテニスバッグと手に小さな紙袋を持っている。

「大石、今日誕生日だったよね、おめでとう。これ、プレゼント。」
「ありがとう、不二。」

俺は不二から紙袋を受け取る。
中をのぞいてみたら何やら小さな箱が入っているらしいのがわかった。
家に帰ってから改めて見てみようと思う。

「ところで、」

不二が小首を傾げて言った。

「さっきから2人とも不思議そうな顔してるけど何かあったの?」

俺は不二に事を説明した。不二はふむふむという感じで話を聞いてから、

「とりあえず開けてみたらどうだい?」

と言った。
確かに、開けてみたら送り主について何かわかるかもしれない。
提案にしたがって俺は貼り付けてるメモを剥がし、包みを広げた。

「何なにー、何入ってんのー?」

英二が興味を示して俺の肩越しに覗き込んでくる。
俺は中に入っていたものをそっと取り上げた。

出てきたのはリストバンド、無地の白いやつでスポーツ用品店なら
どこでも置いてそうなものだ。ただちょっと違うのは…

「何か縫い取りがしてあるな。」

多分後から手縫いされたものだろう、リストバンドの縁には赤と青の刺繍糸で"Shuichirou Ohishi"と俺の名前がローマ字で入っている。
字の一つ一つは装飾的でかなり手の込んだ刺し方をしてあった。
多分これを刺繍するのはかなり時間がかかっただろうと思う。

「へぇ〜、何かさりげに芸が細かいじゃん。」

英二が面白そうに言う。
俺はそうだな、と呟いてリストバンドに刺繍された文字にそっと触れてみた。
糸が盛り上がって少しボコボコしたところに何か温かみを感じる。
何だか嬉しかった、これをくれた人はきっと心を込めて針を
刺していたに違いないと思うと。

だけど結局のところ、どこの誰がこれを俺にくれたのか
手がかりになるものがまるでない。

「こうなると最終手段だね。」

不二が言った。

「最終手段?一体何だ?」
「探すんだよ、これの送り主を。」
「おいおい、不二!」

俺は思わず声を上げた。
不二は普段から何を考えてるのかわからないことが多い奴だけど
こればっかりは突拍子がなさ過ぎる。
だってうちの学校は広くて生徒が多いんだぞ、探しようがないじゃないか。
そもそも俺はわざわざ送り主を探すつもりはさらさない。

だけど不二はまるで楽しい悪戯を思いついたみたいにニッコリ笑った。

「いるじゃない、こういう調査ごとにうってつけの奴がうちに。」

ね、と後ろを振り返る不二に俺は思わず長いため息をついた。



「なるほど、そういうことか。」

事の次第を聞いた乾はトレードマークの四角眼鏡を押し上げて呟いた。

「いいだろう、引き受けた。」

どういう訳だか俺じゃなくて後ろの英二や不二が嬉しそうにしている。
あいつらの何でもかんでも面白がる性分はどうなんだろう。
止められなかった俺自身も相当情けないけど。

乾は乾で妙に意欲的だし、まったくうちの連中は困ったもんだ。

「だけど乾、一体どうするんだ?」

俺はふと疑問に思ったことをたずねた。
テニスにおける乾の情報収集能力は凄いと思うけど今回はそれとは話が別、
何せ手がかりがまるでないんだから。

「大石、そのメモを見せてくれ。」

一方の乾は人の話を聞いている様子がなかった。

「え、ああ。」

俺は包みから剥がしたメモを乾に渡す。
乾はそれをしげしげと眺めて何やら考え込んでいたけど、すぐにこう言った。

「大石、この分だと今日中に送り主がわかりそうだ。」

何だって?

「冗談だろう?」

相手がいくら乾といえどそれはにわかには信じがたい。

「俺は確信のないことは言わないよ。」

乾はそう言ってさっさと自分も着替えにかかってしまった。


信じられないことに乾は本当に今日中に結果を出した。
その時は放課後で俺は部室で着替えてるところだったんだけど、
そこへ丁度やってきた乾は開口一番こう言ったんだ。

「大石、例のプレゼントの送り主が浮上した。」

俺はギョッとして一瞬硬直した。だってそうだろう、誰だってまさかと思うはずだ。

「あー、その、本当か?」

驚きでそういうのが精一杯だった。
乾はああ、と答えてテニスバックを肩から下ろす。

「3組の、見覚えのある筆跡だったから本人に問い詰めてみたら白状した。」
「そ、そうか…」

乾の表現に難があると思ったのは俺だけだろうか。それに気になることがある。

「筆跡でわかったって、知り合いなのか?」
「図書室で本を見てたら貸し出しカードによく名前を見掛けるんだ。
ある意味で非常に印象的な筆跡でね、例のプレゼントについてた
メモのも酷似していたから。」
「そうか。」

3組のさんという人に覚えはないけど、あのリストバンドをくれたのが
彼女ならやっぱり礼を言いたいと思う。

「今時分なら図書室にいると言っていた、自然科学の書架の辺りを
徘徊してるそうだ。」

俺はまじまじと乾を見つめる。

「手塚には適当に言いつくろっておくよ。」
「ありがとう。」

乾に礼を言う俺はと部室から飛び出した。

図書室に行ってみると中からはほとんど人の気配が感じられなかった。
時間が時間のせいか生徒はほとんどいないらしく、司書教諭の先生も
貸し出しカウンターじゃなくて奥の仕事場に引っ込んでいるのが出入り口から見える。

俺はそんな静まり返った図書室に足を踏み入れると、目的の書架を探す。
自然科学の書架はすぐに見つかって、そこを覗き込むと1人の女の子が
ゴソゴソと上の方に置かれた本を爪先立ちして引っ張り出しているところだった。

さん?」
「はぁいィ?」

声をかけたらとぼけた返事が返ってきて、女の子はこっちを振り向いた。

「あ。」

俺の顔を見た瞬間、女の子の顔に急に朱がさした。

「3組のさんだよね。」

この様子からして多分間違いない、とは思うけど俺は念のため重ねて聞いてみる。
向こうはコクンと頷くと慌てた様子でさっき引っ張り出しかけた本を
また押し込み始める。
その不安定さに危ないなと思っていたら案の定その体が大きくぐらついたので、
俺は慌てて後ろから支えた。

「大丈夫かい?」

顔を覗き込んだらさんはババッと俺から離れた。

「どうもありがと。で、何か用?」

言われて俺は一瞬考える。何の用事で来たのか―それもわざわざ部活を抜けて―は明白だけど、単刀直入に言うのも何だしな。

「その、乾から聞いたんだけど、今朝俺の下駄箱に入ってたアレ、
君がくれたんだって。」

ダメだ、結局大して変わらない。やっぱりまずかったのかさんはさっきよりももっと赤くなった。

「まさか…本当に来るとは。」

視線を泳がせながら彼女は呟く。

「乾の奴から聞いてたけど、本当に私を探してたんだ。」
「ああ。」
「何でまたそんな物好きな。匿名で物寄こす女子なんて私以外にいくらでもいるだろうに。」

ハハハ。何故だか俺は思わず笑ってしまった。

「他にいなかったから探したんだよ。」

これは本当のことだった。
確かに毎年誕生日になると俺のところにはテニス部以外に女子から
プレゼントがたくさん寄こされる。
(で、むげにするのは悪い気がして馬鹿正直に受け取っては後で荷物に喘いでいる)
だけど大抵の人は直接渡しに来るか、渡すのは他人に頼んでいても絶対自分が
送ったことを示すものを入れてくれている。
差出人の名前も入れず、わざわざ朝から俺の下駄箱に放り込んだのはさんが初めてだ。
そう言ったら彼女はそれはおかしなこともあるな、と呟いた。

「しかしそれじゃあアレだな、あんなんじゃ悪かったかな。でも他に何も思いつかなかったし…。」
「とんでもない。あの刺繍、随分手間がかかったんじゃないか。」
「いやー別にー、私よく自分で縫い物するし。」

大したことじゃない、という口ぶりの一方でさんの左手の親指には
絆創膏が巻いてあって、本人が話しながらその部分を弄っているのを
俺は見逃さない。

「だけど、どうして俺に?」

尋ねたらさんは恥ずかしそうに視線を足元に落とした。

「いっぺんさ、窓から見たことあるんだ、大石がテニスしてるとこ。
確か6組のナントカ…あのピンピン髪で絆創膏の奴とダブルスしてた。
そん時大石ってあんまり目立たない感じだけどすっごく一生懸命で
しかも強いって感じで何か凄いなって思ってそれからずっと応援していたいなって
思ってたんだけどさ、テニス部ってファンが異常に多いだろ、つーかはじめの頃は
女子がキャーピーしてるのすんごく馬鹿にしてたもんだから
今更あの集団の中に入るのは恥ずかしくてさ、そんでもってせめてとか何とか
思ってああゆー行動に走った訳でさ。えーと、何か自分でも意味不明だな、うん。」

きっとそれを誰かに言ったことは一度もなかったんだろう、
気恥ずかしいのかさんはかなり長いこと早口でまくしたててたけど
俺は何だか頬が緩むのを感じながら彼女の話を聞いていた。
意味不明だとは思わなかった。寧ろ何が言いたいのかはっきりよくわかる。

そうして俺はやっと言おうと思っていたことを口にした。

「ありがとう。本当に嬉しいよ。」

さんは照れたみたいにぎこちなく笑った。



それから俺とさんは図書室を出た。
一緒に階段を歩いている間2人とも一言も喋らなかったんだけど、
プレゼントの送り主が判明してちゃんと本人に礼を言えたからか俺はその状態を苦に思わなかった。

「わざわざ部活抜けさせて悪かったね。」

玄関についてからさんは言った。

「構わないよ、俺が自分で勝手にやったんだし。」
「いい人だな、大石って。」

それは普段よく言われるけど何故かさんに改めて言われると
変に照れくさい気がする。

「それじゃ、私は帰るから。」
さん。」

さっさと帰ろうとするさんを俺は呼び止めた。

「何?」
「今度試合があったら、直接応援に来てくれないか。勿論、よければの話だけど。」

さんは肩を竦めた。

「考えとくよ。」

そう言って彼女はさっさと校門へと行ってしまった。


その後は部活に戻ってから手塚にきっちり注意されたとか例のプレゼントの送り主が
わかったと聞いてどういう訳か英二が妙に騒がしかったとか色々あったけど、
次の日からは特に何もなくいつもとほとんど変わらない日々を送った。
さんとはあれ以降言葉を交わすこともなかったし、クラスが隣なのにタイミングが
悪いのかどういう訳かすれ違うこともない。(俺が気がつかないだけかもしれないけど)

貰ったリストバンドは使っているけど、せっかく知り合ったのにという気がする。
そう言ったら、不二に

「いいんじゃない、別に。」

と言われた。

「多分、さんは応援してるんだってことだけ伝えたかったんだよ。
それ以上は望んでないんじゃないかな。」

言われてふと、あの時図書室でのさんの言葉が蘇る。

『ずっと応援していたいなって思ってたんだけどさ、今更あの集団の中に入るのは恥ずかしくてさ』

確かに不二の言うとおりかもしれない。
だからこのリストバンドはこれからもずっと持っておこう、彼女のエールの代わりに。


終わり



作者の後書き(戯言とも言う)

アップまでこぎつけるのに随分と寄り道をしてしまいました。
とりあえず4月30日中に仕上がってよかったと思います。
後、今時私立の学校で図書の貸し出しにバーコードじゃなくて
カード使ってるような所があるだろうかと今更考えてしまう今日この頃です。

2005/04/30

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