Strange St. Valentine's Day
―奇妙なヴァレンタイン



今日は2月14日、世間ではヴァレンタイン・デーということで何かと賑わう日だ。

実際、教室では女子連中が誰にチョコをあげるだの、
受け取ってもらえるか心配だの、勝負をかけるだのと騒いでやがったし、
放課後の部室でも彼女からチョコ貰っただの、俺は義理すらなしで最悪だの
浮っついた会話が聞こえてくる。

そうかと思えば横で不二先輩が女子連中から必要以上に
チョコや飴などの菓子類を貰ってしまい、処理に困って部員達に振舞っている。

「おーい、海堂よ。」

部活が終わって着替えていたら桃城のバカが話しかけてきた。

「お前、もしや今年も収穫なしか?」

ニヤニヤしながら何を言ってやがんだ、こいつは。

「…くだらねぇ。」

俺は呟いた。

「んな浮ついたこと考える暇あんならトレーニングの1つでもしとけ、このクソ力。」
「あんだよ、ノリの悪ぃ奴だな。お前彼女いんだろーが、貰わなかったのか?」
「あいつは彼女じゃねぇ。ダチだ。」
「嘘吐け!!誰がどー見ても付き合ってんだろが!!」
「違うっつってんだろ、聞こえてねーのかバカ野郎。」

食ってかかっては来なかったものの桃城は納得いかねーな、いかねーよと首を傾げた。
そんなこの剣山頭に向かって俺はこう言った。

「俺はあいつとダチ以上の付き合いはしたかねーんだよ。」
「結局、てめーももよくよく変わってんな。」
「ウルセぇ…。」

仕方がねーだろが。こっちにだって事情があんだ。





「よぉ、海堂。」

いつものように帰ろうとするとあいつが校門に寄りかかっていた。

「部活終わったのか?」
…」

俺は呟いた。

「お前、女なのにその言い方やめろ。」
「おいおい、無茶言うなよ。」

結構寒いのにコートなしのセーラー服姿でそいつはケタケタと笑った。

「私が女の子らしい言い方したら天変地異の前触れだろが。」
「フン…」

俺は鼻を鳴らした。
…そういえばこいつに何を言っても無駄だったな。

 という奴はとにもかくにも変わり者だ。

話し方が男くさいし、無類の機械好きで何か機械を見れば分解したがるという
どっかの漫画に出てきたような女だ。
しかも何が凄いって一回分解した機械をまたちゃんと問題なく
組み立てなおすんだからそりゃもう筋金入りだ。

もし周りに止められなかったら自分の携帯電話まで分解しかねない、そういう奴だった。

当然その評判は校内に広がり、今では誰かが2年7組の教室に来ては
壊れた腕時計やキーチェーン型のミニゲーム機を持ち込んで
に直してくれ、と頼んでいるのを見かけるのもしょっちゅうだ。

はじめ、俺はのことなんざまるっきし関心がなかった。
クラスの女子連中は俺に近寄りたがらないし、俺は俺でテニスに没頭しているから
あまり周囲と関わる気がなかった。

多分、あのことがなかったらとは学年の終わりまで話すことすらなかっただろう。





その時、俺は困っていた。

その日数学の授業で使う為に家から持ってきた電卓がいきなり動かなくなったのだ。
前の日まではちゃんと作動してたのに。

多分電池切れなんだろうが、どのみち電卓がなくては授業で非常に困る。
だから誰かから借りる事が出来まいかと模索していた。

だが、その日電卓を使うのはうちのクラスだけ。
当然ながらクラスの奴の大抵は予備の電卓なぞ持っているわけもなく
3年11組まで飛んでいって乾先輩に借りようにも最早時間が間に合わない。

ヤバイ、と思ったその時クラスの奴の誰かがポツリと言った。

「なあ、に聞いてみたらどーだ?あいつならもしかしてもしかするかも…」

俺はえ?と思った。
あの機械フェチで有名な何考えてるかわからない変人女に聞いてみろ、と言うのか?
しかし実際他に手立てはないように思われた。

仕方がねぇ、もし怖がられたら気は悪いが我慢するしか…。
俺はの席まで歩み寄った。

は机の上に脚を放り出すというすこぶる行儀の悪い姿で何やら雑誌を読んでいた。
その雑誌に大量の電子部品の写真が載ってたのは気のせいか。

…」

俺は声を絞り出した。
周知のことだろうが俺は人付き合いが苦手だ。
ましてロクに話したことない奴相手だとどうなるか…

は、ん?と雑誌から目を離して俺を見た。

「その…」

俺は頭の中がグルグルした。
もしかして俺はかなり阿呆なことを聞こうとしているんじゃないだろうか。

「お前…もしかして…電卓の予備…持ってねーか…?」

まずった。どう考えても正気の沙汰じゃねーことを聞いているとしか思えない。

「うん、あるよ。」

………………何だって?

俺は拍子抜けして思わずをじっと見ていた。
はいたって自然に鞄の中をゴソゴソして電卓を2機取り出す。

「ほれ。」

言ってポスッと俺の手にその内の1機を渡した。

「あ、ああ…」

呆けてしまって俺はまともに返事が出来なかった。

「作動はちゃんと確認してるから。」

は付け加えた。

「…その…何だ…助かった…。」
「あーあー、気にすんな。」

はニッと笑った。

「とりあえずお前が困らなかったらいいんだよ。」


以降、俺はとよく話すようになった。

初めの頃はそれこそ機械について俺が聞きにいって
それにが答えてくれるといった塩梅だった。

パソコンについて俺が乾先輩に聞きそびれたことは大抵が教えてくれた。
携帯電話の操作がよくわからなくて休み時間に困っていたら
がやってきてヘルプしてくれたりもした。

それが積もってくるとだんだん用事がなくても話せるようになってきた。

は他の女子連中と違って俺を怖がらないし、がさつではあるがサバサバしていて
あまり俺に異性と話しているという印象を与えないため話しやすい。

自分の領域ではないテニスのことでも懸命に俺の話を聞いて、
ついでに俺の話をもっと理解したいと自分から本を読んで
テニスのルールをかじったりもするので話は結構盛り上がる。

それに、他の連中なら頓着するような行事ごとにも一向構わず、
それが更に大衆になじめない俺とぴったり一致した。

とにかくにはかなり心を開くことが出来た。

当然の成り行き、とはよく言ったものでそんなにいつしか俺は
友情以上の何かを感じるようになった。

だが、話をしていくうちにわかってきたのだが自身は
俺にそういう感情がないようだった。
いや、むしろそういう感情を抱きたくなさそうだった。

そのことは俺の中に暗い感情を落とした。
今でもそれは俺の悩みの種だ。





校門から俺達は一緒に歩き出した。

いつもこうだ。いつの頃からか、こいつが校門で待っていた時は
何となく一緒に帰るのが習慣になっていた。
別にそう約束したわけでもないのに。

他の奴が相手なら俺は多分、ついてくるなの一言で済ませてしまう。
しかしに関してはその限りじゃない。

「なー、海堂。」

が言った。

「何だ?」

俺はぶっきらぼうに返す。

「今日は何だか巷が騒がしくなかった?」
「あれだ、ほら、今日は2月の14日だ。」
「あー、あれな。」

は手をポンと叩く。

「殉死した聖ヴァレンタインの記念日。」
「普通に表現するって頭はねーのか?」
「あると思うか?」
「…俺が悪かった。」

こいつはこういう奴だ。

「ふーむ、どーりで周りが騒がしいと思った。ったくどいつもこいつもよくやるよな。」
「同感だ。」

通りすがりのカップルを横目で見ながら俺はに賛成した。

「何か私はよくわからんな。」
「何が。」
「んー?」

は頭を傾けて目線を上空に移す。

「私はさー、男子とは友達でいたほーがいいと思うんだよな。
だって面倒くさいじゃん、恋愛関係になったら。
特に友達関係からそーなったらそれまで築いてたもんが壊れそーだしさー。」

ああ、と俺は思った。

やっぱりこいつとは友達以上の付き合いはできねぇ。
何故なら本人がそれを望んでいないのだから。

俺は何だか切なくて思わず俯いてしまった。

「海堂、どーかしたのか?」

が不思議そうに尋ねる。

「別に。」

はそうか、と呟いて

「なあ」
「今度は何だ。」
「いいもんやるよ。」
「ハ?」

唐突なの発言に俺は対応できなかった。

はニヤニヤ笑って鞄をゴソゴソするとスーパーかコンビニでもらえるような
ビニール袋の小さい奴を引っ張り出した。
がそれを俺の鼻先に突きつけたので俺は致し方なくそれを受け取った。

…ビニール袋の中に何かが入っている。
箱、それもわざわざ模様のついた紙で包まれリボンがかけてあるやつだ。
何なんだ、これは?

一瞬、チョコかと思ったがまさかに限ってそんなはずはない、と考え直した。

「開けていいか。」
「どーぞ。ただし取り扱いは丁寧にな。」

俺はシュルシュルとリボンを外し、包み紙を丁寧に取った。
そして箱の蓋をそっと開けた。

「お前…」

俺は思わず苦笑を漏らした。
箱の中にはCD−Rの5枚組みセットが入っていたのだ。

「素晴らしく実用的だろ?」

はニヤッとした。

何とも、機械オタクのらしい内容だ。

「お前、この前パソコン買ったっつってたからな。これが妥当だろ。」
「フン、前からお前はイカれてやがるとは思ってたが…想像以上だな。」
「いや普段だったらヴァレンタインもへったくれもどーでもいいんだけどさ、
ちょいとこういう趣向もいいかと思って。」
「暇人が。」
「おいっ!そーなるのか!」

そう言って騒ぎ立てるを俺はグイッと引き寄せた。
は何だ何だと慌てた様子を見せ、少々暴れたが俺は取り合わない。

「それでも…お前が好きだ…」

俺がの耳元でそう囁いた瞬間、辺りの空気の質が変わった。

「海堂…私は…」
。」

何か言いかけたを俺は止めた。

「心配しなくても…俺は…その…今まで築いたもんが壊れるとは…思わねぇ…」

自分でもくそ恥ずかしい台詞に耳まで熱くなるのを感じながら俺は何とか言葉を紡いだ。

「だから…俺と…」

後の言葉はうまく出てこなかった。
それでもは俺が何を言わんとしているかわかっているようだった。

「何で私なんだよ…」

は信じられないというように呟く。

「お前だったらもっと素直で可愛い子見つけるのも難しくねーだろ。
焦って機械狂の変態を選んでどーする。」

考え直せよ、とは付け加えた。

「断る。」

俺は言い切った。

「何でお前以外にこんなくそ恥ずかしいこと言わなきゃなんねーんだ、ふざけんな。」
「海堂、お前…」

の顔が朱に染まりだす。
多分、俺の方はこいつよりもっと赤くなっているのは間違いない。

「…うるせーんだよ。」

俺はモゴモゴと言って貰ったCD−Rをテニスバッグに突っ込むと
呆けているを引っ張った。

「行くぞ。」
「どこへ?」
「いつまでもこんな冷えるところに立ってられるか。」

俺とが喋っていたのは風吹きすさぶ住宅街のど真ん中だったりする。

「私ゃコートなしでも平気やけど…」
「一緒にすんな。」
「袖なしでトレーニングしてる奴に言われたくねーなー、私。」

相手が桃城だったらとっくにどついているような台詞を
いけしゃあしゃあと吐きながらは俺についてくる。

「置いていくぞ、しまいに。」

俺は言ったがは応えた様子もなくケラケラと笑った。

「私の足の速さをなめんなよ、伊達にお前と何回も帰ってねーっての。」
「フン…」

言ってくれるじゃねぇか、と俺はこっそり微笑んだ。





…それから俺とは馬鹿を言い合いながら歩いていた。

別に2人してどこかへ寄ったりすることもなく、ただただ喋って相手の話を聞いて、
正直普段と変わらない。

「じゃーな。」
「ああ。」

分かれ道に立つに俺は気をつけてな、と付け加える。
は肯いて自分の進行方向へと行きかけたが、ふと何かを思い出したかのように

「海堂、」

足を止めた。

「有り難う。私なんかに。」

振り向いて微笑むはいつものがさつさからは遠く離れていた。

「やめろ。」

俺は照れくさい気がしてそっぽを向いた。
くそっ、また顔が熱い…。

「俺は別に自分のしたいよーにしただけだ、礼を言われる筋合いなんかねぇ。」

そう、と呟いては俺に背を向けた。

「じゃ、また明日。」
「おぅ。」

あっさり別れて俺は1人帰途につく。

…何ともおかしな話だ。

人が見たり聞いたりしたらさぞかし嘲笑うことだろう。

女はCD−R寄こすわ、しかも告白したのは男の方だわ。
日本全国探したって、ヴァレンタインにんなふざけた話があったなんて聞いたことがない。

でも、別に構わない。
傍からはどれだけ妙な様子でもこれが俺と、 のスタイルだ。

それでいい。

俺はそれがいい。


こーして奇妙なヴァレンタイン・デーは終わった。


…ちなみに貰ったCD−Rは俺なりに有効活用したことだけを付け加えておく。

The End

作者の後書き(戯言とも言う)

撃鉄初の行事モノです。

いつも以上になんじゃ、これはと思われたかもしれません。

女の子が男口調で機械フェチの変人なのは、
普通とは違うヴァレンタイン夢にしたいと思ったからというのも
ありますが、自分が中学生の頃にしょっちゅう変人扱いをされていて、
あまり周りに受け入れられず少々寂しい思いをしたことがかなり関係しています。

何となく海堂少年なら、自分が心を開いた相手ならば
例えどれだけ周りに変わり者扱いされてようが
受け入れてくれそうな気がして…。

ついでに高校生の頃よく隣のクラスの男友達と馬鹿を言いながら
下校していた思い出が微妙に影響していることに
気がつきました。

昔から思っていたんですがやはり絵や文章というのは
すぐ自分の内面がにじみ出てきてしまいますね。
…無意識の内に。

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