、行くぞ。」

俺が言うとそいつは、うん、と小さく答えて俺の手を握る。

「悪いわね、薫君。いつもいつも。」

隣んちのおばさんは申し訳なさそうに言った。

「別に構わないっス。」

俺は答えた。

「好きでやってるんで。」


花水木の木の下で
"Kaoru Kaidoh Birthday Dream Novel"



要するに隣んちのは少々変わってた。

一応、歳相応の学力はちゃんと備わっているらしいが、何と言うか…
どこか同い年の他のガキとはちょっと違っていた。

はっきり言っちまえば、振る舞いが歳相応じゃない。

本人は今年で8つになるんだが、生憎その普段の行動はまるで幼稚園生だった。

どうしてそんな風になったのか、俺は詳しくは知らないし、知りたくもない。

小さい頃に何か相当ショックな目に遭い、そのせいでイカれた、というのが
近所のもっぱらの噂だがそんなこと、どうでもいいことだ。

「おい、。」

の家を出て道を歩いている途中、俺は唸った。

「んなもん拾ってんじゃねー。」

言って俺はを地面から引き剥がしに掛かる。

「やーっ!!」

は俺に抱えられると足をバタつかせる。

「やーっじゃねえ。んなもん、触ったら危ないだろ。」

は道端に落ちていたガラス瓶のかけらを拾おうとしていたのだ。
これで怪我でもされたら隣んちのおばさんに申し訳が立たない。

はぶぅ、と膨れたが諦めたのか拾いかけたガラスの欠片から手を引っ込めた。

俺はため息1つ。

…世話の焼ける奴だ。

俺はいつも部活のない日はこうして隣んちに行ってはを外に連れ出している。
そうでもしないとこいつは学校に行く時以外は絶対家から出ようとしないからだ。

1人で学校は行けるくせに、何で外には行けないのか…訳のわかんねぇ奴だ。

「かおるおにーちゃん。」

が服の裾を引っ張ってきた。

「何だ。」
「ねこ。」
「ああ、そうだな。」

前方をチョコチョコと横切る動物の姿を視認して俺は呟いた。

「おにいちゃんはぁ、ねこすきー?」
「…まあ、嫌いじゃない。」
「ふーん。」

は言って突然キャハハハハハと笑い出した。

俺はそんなの頭をポフポフと叩く。
『何がおかしい?』とは聞かない。

こいつが何の前触れもなく笑い出したり、奇声を発したりするのはいつものことだ。

尤も、俺がこいつに懐かれていることに関しては説明がほしいところだが。

。」

俺は傍らのチビガキに声をかけた。

「そういや、今日はどこ行くんだ。」

はまるで寝ぼけているようなトロンとした目を俺に向けて言った。

「あっちー。」

小さな指が指した方向には、いつも俺がトレーニングをしている公園があった。



公園につくとはいつものところに走っていった。

公園の真ん中に立っている、花水木の木。

毎年、4月か5月くらいになると花を咲かせるこの木の下で戯れるのが
の常だった。

普通公園に来たんなら、そこの遊具で遊びそうなものなのに、こいつはそういった
金属の人工物達にはまるっきし興味を示さない。

多分、学校でもさぞかし浮いていることだろう。

「かおるおにーちゃん。」

俺より先に木の下に着いたは気をつけないと眠ってしまいそうな眼を向けて、
俺を手招きする。

「今行く。」

俺は言って、歩を進める。

やがてその隣に立った俺の服の裾を掴んではついっと小さな指で自分より上にある枝を指さした。

「…何だ。」

どうもこういうことに鈍感な俺はに尋ねた。

「つぼみー。」

幼い声で言われて俺は初めて、ああ、と気がついた。

公園の真ん中を陣取って立つ木の枝には膨らんだ蕾がいくつもついている。

「はやくー、さかないかなー。さいたらいいなー。」

が首を左右に振りながらまるで節をつけて歌ってるかのように言う。

「今日明日でいきなり咲く訳ねぇだろが。」

は、えー?、と間延びしながらも不満げな声をあげた。

俺はそんなガキの目の高さまで腰を落として、その瞳をじっと見つめた。

「待ってたらそのうち、きっと咲くから。それまで待ってやれ。」

頭をポムポム、としてやりながら言うと、は、うん、と肯いた。

「でもはやくさいてほしーなー。」

…結局そうなるのかよ。

俺は思わず、ガクッと肩を落とした。


それからしばらく俺は、が木の周りをぐるぐる回ったり、高いところにある
枝の先に向かってピョンピョン飛び跳ねたりするのを
じっと見守っていた。

誰がどう見たっておかしな光景だ。

明らかに小学生にはなっているのに、まるで幼稚園生みたいに振舞って、
しかも時々何の前触れもなく笑い出すガキを別に兄弟でも何でもねえ
中学生の男が何するでもなくボーッと突っ立って見つめているのだから。

まかり間違えば、俺は通報されかねない。
(前にいっぺんだけそういうことがあった。誤解はすぐ解けたが、ムカつくこと
この上なかった。)

せめて、同じ青学のテニス部の連中には見られたくないもんだ。
特にクソ力の桃城とか、何でもかんでも面白がる菊丸先輩とかには。

そんな俺の心配なぞ知らないで、はずっと枝に向かってピョンピョンしていた。

「お前、」

俺は思わず呟いた。

「さっきからピョンピョンピョンピョン何やってんだ。枝を折る気ならやめろ。」

俺の問いには動きを止めて、寝ぼけ眼でニィッと笑った。

「ないしょー。」

正直、納得いく答えではなかったが聞いても無駄だろうと思い、
俺はそうかよ、と呟いた。

はまた、キャハハハハとつじつまの合わない笑い声を上げた。

まったく、つくづく訳のわかんねーガキだ。

「ママー。」

背後からガキ―よりずっと小さい―の声が聞こえたのはその時だった。

「あのおねえちゃん、ぼくよりおっきいのにあんなことしてるよー。」

…う゛ッ!!
確かに、今のの行動はガキにとっても不可解だろう。

「おかしいねー。へんなのー。」

そのガキの側には母親らしき女がいた。
その女は怪訝な顔をこっちに向けた。

そして…その顔がたちまちのうちに青白くなった。

「行くわよ。」

その母親は一言そう言うと、子供の手を引いて、そそくさと去った。

去り際に、そいつはわざわざもう一度こっちをチラと見やった。

―あからさまに嫌悪感を表した、無茶苦茶ムカつく視線で。

「何だ、あいつは。」

俺は思わず唸った。

「子供もいるいい大人がふざけた真似しやがって。」
「あれー、ちゃんのおかーさんだー。」

が言った。

「誰だ、それ。」

の口から学校の知人の話を聞くことなど今日が初めてだ。

「おんなじクラスのこー、のおかーさん。いつもあたしみるとあんなふーなの。
あたしとちゃんがあそんでたらおこるのー。
まえもちゃんとあそんでたらおかーさん、すっごくおこってたのー。」

呑気な口調だったが、その言葉は俺の心に棘のように突き刺さった。

そうか。そういうことか。

よく居るタイプだ。
学校や近所で異端扱いされて除け者にされている子供と自分の子供が
仲良くするのを極端に嫌がる親の典型だ。

何せ、の普段の振る舞いがこれだ、ああいう奴が居てもおかしくない。

…フザケやがって。

俺は思わず下唇を噛んだ。

確かには変わってる、とは思うが別にわざと人に危害を加えるよーな
奴じゃない。
振る舞いが突拍子ないところはあるが、気立てはいい子供だ。

それをロクにわかろうともしねえで。
それでも子供を育てる立場にある人間なのか。

「かおるおにーちゃん、あそぼ?」

ムカムカがこみ上げてきたところでが俺の腕にまとわりついてきた。

こいつは、自分が何をされたのかわかっているのだろうか。
まあ、わかってないとしたらその方が幸せなんだろうが。

「…何して遊ぶんだ。」
「いつものあれー。」
「あれ、か。」

俺はちょっと躊躇した。
『いつものあれ』をやる時はかなりの人目を気にしなければならないからだ。

「やーならいいー。」

俺の沈黙に何を思ったのか、は言った。

「別に嫌とは言ってねぇ。変な気を回すな。」

俺は言って、の両脇に手を差し入れてヒョイッと持ち上げた。

「わーい、たかいたかいー!」

はキャアキャアと嬉しそうな笑い声を上げる。

屈託のないその様子に俺は思わず、顔を緩めて今さっき持ち上げた小さな体を
勢いよく下に降ろす。

「わーお。」
「…もっぺんあげるぞ。捕まってろ。」

俺が言っているのが聞こえているのかいないのか、は、はやくはやくと
俺を急かす。

俺は急かされるままにもう一遍、を空へと持ち上げる。

素直な笑い声がオレンジ色に染まった空間に、凛と響いた。


どれくらいそうした後だろうか、そろそろを家に帰さなければならなかったので
俺は小さな手を引いて家路を辿っていた。

「かおるおにーちゃん。」
「何だ。」
「こんどはぁ、いつあそべるのー?」

聞かれて俺は困ってしまった。

時期は折りしも、公式戦が近くなっている頃だったから当分は部活が休みに
なることはない。

「また俺がお前んちに来た時だ。」

俺はとりあえず言った。
少なくとも、嘘じゃない。

「じゃあ、そんときにはさいてるよねー、あのはな。」

公園の花水木のことを言ってるんだろう。

「そうだな。」

俺は呟いた。

「咲いてたらいいな。」



それからしばらく俺はに会わなかった。

俺なしでは学校以外のところへ出歩こうとしないあいつが一体どうしているのか
気にならないわけではなかったが、
とりあえず今は自分のことで精一杯で、確認してやってる余裕などない。

せめて、心無い奴に苛められてなければいいが。

…そうして幾日か経った頃には日付は5月11日になっていた。

そう、その日は俺の誕生日だった。

とは言うものの、俺は別に誕生日に対して特に思い入れのあるタチじゃない。

不二先輩や菊丸先輩みたいに人ウケがいい方じゃない(つーか寧ろ悪ぃ)から
別に女子連中にやたら何か渡されるわけでもないし、
どういう訳か部活で先輩や他の連中がプレゼントだ、とか何とか言って
色んな包みを寄こしてこなけりゃそんなことなどすっかり頭から飛んでいるくらいだ。

今年もそうだった。

「海堂、今日誕生日だったよな。おめでとう。」

部活が終わった後、大石副部長がニッコリ笑って俺に紙袋を差し出した。

「大したもんじゃないけど。」
「…どうもっス。」

俺は礼を言って袋を受け取る。
中身は…多分、タオルかなんかだろう。

その後も不二先輩や菊丸先輩、乾先輩や河村先輩は勿論、挙句の果てには越前のやつまでが何やら色々くれた。
(桃城の野郎はやたら食いもんを寄こしてきやがった。自分の胃袋を基準に
しやがって、あの野郎…荷物になるだろが。)

どうにも照れくさいといおうか、何と言おうか落ち着かない心地がしたが、感謝の意は示して俺は部室を後にした。


「…ただいま。」
「あ、兄さん。お帰りなさい。」

家に帰ると、弟の葉末が迎えに出てきた。

「今日も遅かったんですね。でも、丁度良かった。」
「? 何がだ?」

俺が尋ねると、葉末は2階へ通じる階段の方を見やった。

「お隣のちゃんが来てるんです。兄さんに用事があるみたいで、
さっきから待ってるんですよ。」

が?

俺は思わず首をかしげた。

おれが迎えに来ない限り、余程近いところでも出ねぇあいつが来てるって?

「…1人で、来てたのか。」
「ええ、お隣のおばさんが一緒に来てた様子はなかったです。」
「どこにいる?」
「兄さんの部屋に。ダメでしたか?」

俺は、いいや、と答えてさっさと2階の自分の部屋に上がった。

部屋のドアを開けると、はたしてそこにはがちょこん、と正座して
俺を待っていた。

。」

俺が呼びかけると、ドアに背を向けていたはこっちを振り返った。

「かおるおにーちゃん、おかえりなさい。」
「ああ。」

俺は応えてテニスバッグと、手にしていた紙袋をドサッと床に下ろした。
は紙袋に興味を持ったのか、ノソノソとにじり寄ってくる。

「これなーにぃ?」
「…もらった。誕生日だったからな。」

は、ふぅん、と言ってペタンと人んちの床に腹ばいになる。

「ところでお前、」

俺は腹ばいになったまま、見てーおにーちゃん、さんしょーうおー、とか馬鹿なことを言って床を這い回るに言った。

「俺に何か用事があったんじゃねーのか。」

は、あ、という顔をしたかと思えばすぐにエヘヘ、と笑って
ズリズリ床を這い進む。
進んだ先には、俺のトレーニング器具があった。

は何を思ったのか、いきなり器具の下の空間にその片手を突っ込んだ。

「バカ、よせ。あぶねーだろが。」

俺は言ったが、その時にはは既に器具の下から何かを引っ張り出していた。

「これー。」

その手には薄い桃色の花びらが詰まったビニール袋があった。

「はながやっとさいたのー。だからおにーちゃんにあげよーとおもって…」

はな? ひょっとして…

俺の頭の中に、公園の真ん中にそびえ立つ花水木の木が浮かび上がる。
そして、そこにの声が重なった。

「おにーちゃん、おたんじょーびおめでとう!!」

ボスッと俺の手にビニール袋が押し付けられる。

、お前まさか…」
「おにーちゃんがかえってくるまえにひろったんだよー。あとこれー。」

は言って、ビニール袋を持っていたのとは反対の手を差し出した。

小さな手のひらからこぼれたのは、同じ色でも、バラバラになった花びらじゃなかった。

なるほど。だからこの前、やたら枝に向かってピョンピョンしてたのか。

「うえのほうにさいてたやつなの。でも、これとったのないしょだよー?」
「ああ。」

俺はを嗜める気にもなれずに手の中の薄桃色の花を見つめて呟いた。

「…1人で行ったのか?公園に?」
「うん、そー。」
「何でまた。」
「だってぇ、おにーちゃんのおたんじょーびだもーん。」

、てめぇって奴は…

俺は、思わず目の前の小さな体をギュッと抱き寄せた。
は別段驚きもせず、いつものトロンとした目で嬉しそうに俺に擦り寄った。

「……大事にするから。これ。」
「うんー。」

いつものようにが肯く姿が、何だか今日は妙に印象に残った。



そして、俺はの手を引いてまた公園の、花水木の木の下に来ていた。

「たくさんさいてるでしょー。」
「ああ。」

木には、が俺にくれたのと同じ淡い桃色の花が咲き乱れ、時折
幽かに風に揺れていた。

はきれいだねー、と言ってそっと一番下の枝についている花に触れる。

「そーいや、」

俺はふと思ったことがあって呟いた。

「お前、何だってわざわざ上のほうに咲いてる花を取った?」

は振り返って不思議そうに俺を見た。

「だって、」

その口調は何を当たり前のことを、と言わんばかりだった。

「そっちのほーがきれーだもん。それに、」

はニィッと笑った。

「おにーちゃんがうえにいけますよーにっておねがいしといたんだー。」

……………………。

俺は思わずフ、と笑ってしまった。

こいつは。

いつもピンボケの癖にんなとこだけきっちりしやがって。

「ダメ?」
「いや。」

俺は言った。

「ダメじゃねぇ。」
「じゃあ、またおたんじょーびきたらこれ、あげるね。」

は目の前を指さした。

俺はああ、と呟いてはかなげに揺れる花たちを見つめた。

来年、俺の誕生日が来る頃も、とこうして一緒に居られればいい、
と思いながら。


終わり



作者の後書き(戯言とも言う)

とゆー訳で、薫君誕生日夢であります。

『祝えてへんやんっ!!』という突っ込みはご勘弁を。
書いてる本人が自分で突っ込んでるくらいなんで(^_^;)

別に薫君に全然恨みはないんです。

何たってこれでも海堂ファンを名乗ってますからね。

どうもテニプリキャラの中でも特に薫君は少数派、というか変わり者、というか、
とにかくどっちかってーと爪弾きにされやすい人物の
味方であってほしい、と私は勝手に思ってるんですね。

だからついつい夢小説で彼を書く時、ヒロインはどこか変わっている奴らに
なってしまう。

今回のヒロインもその例外ではない訳です。

世間様からは『異端』と思われるであろう者でも、きっと彼ならその側にいてくれるんじゃないだろか。
そう思いながらこの作品を書きました。

妄想にも程がありますが、読んで、そして出来れば掲示板で
感想なんぞを頂ければ幸いです。


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