〜目指すもの〜番外編
The Viper and the Death
後編


「すいません、海堂さん。」
「別にいい。こうなったらやるしかねーだろ。」
「やっぱりお優しいですね。」
「フン…」

海堂は鼻を鳴らした。

この馬鹿は何言ってやがんだ。

「で、どーする気だ。てめぇが買った喧嘩だ、策はあんのか。」
「あの…」

はやや遠慮がちに言った。

「海堂さん、すいませんけど前衛に行ってもらえます?」

海堂は珍しいこともあるもんだ、と思った。
家族を亡くし、親戚の世話になっているは遠慮深いタチで、
普段はほとんど要求というものをすることがない。

「ホントにそれでいいのか?」
「はい。寧ろそうやないと。」

の目は決意に満ちていて、海堂はそれならば、と信用することにした。

「それでですね、海堂さん、ちょっと耳を貸してください。」

はゴニョゴニョと海堂の耳に何事か囁いた。

それを聞いた海堂は、思わず目を見開いた。

「お前…」

そして海堂は次に出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。

そういう器用な真似が出来る奴だったんだな、という言葉を。



「サーブはお前らにやるよ。」

試合を始める前、跡部は言って自分はコートの後ろの方にどっかりと座り込んだ。

どこまでもムカつく野郎だ。

海堂は跡部の命令(としか言いようがない)でネットの向こうにいる巨漢を見やった。

なめやがって。

。」

海堂は後ろに控えているパートナーに声をかけた。

「行ってやれ。」
「はい。」

返ってきた答えは静かだったが、動作はその限りではなかった。

「らあっ!!」

の掛け声と共に、フラットサービスが打ち込まれる!!

「!!」

海堂は無言で驚愕した。
ちょっと前の練習試合、シングルス3で海堂とやり合った時も
はフラットサービスを打ってきた。
それは結構威力はあったが勿論、海堂にとって問題のあるようなスピードではなかった。

しかし…今のは…。

前よりもスピードが格段に上がってやがる!
この短期間でこいつ、いつの間に。

「海堂さん!!」

の声が上がって海堂はハッとした。
向こうが思い切りのフラットサービスを返してくる!

海堂はそれを取りにいく。

「っ!!」

何だ、こいつの球! メチャクチャ重い!!

球は、海堂のラケットの上でギャリギャリと音を立てて回っている。

「野郎!」

何とか返したものの、手が軽く痺れる。

何て馬鹿力だ、んなもん俺じゃなくてもしが食らったらひとたまりもねえ。
厄介なことになったな。

当然のことながら、向こうもそれには気がついていた。

「樺地、わかってんな?」
「ウス。」

ゴォッ

やべぇっ!

風の唸る音がした瞬間、海堂は叫んでいた。

っ、てめぇは取るな!!」

だがしかし、時は既に遅し。

ドオッッ

重い音がして、

「うあぁぁっ!!」

悲鳴が上がった。

っ!!」

これでの腕が壊れたら、不動峰の部長に何て言やぁいいんだ。

海堂は思わず下唇を噛んだ。

「なーんてな☆」

バシィッ!!

「何?!」

海堂は思わず目を見開いた。
は何のためらいもなく重い打球を打ち返している。

何の冗談だ、あんな細腕であのパワーショットを打ち返すなんて。
何か訳があんのか、それとも只の馬鹿か。

「ほぉ、思ったよりやるじゃねぇの。樺地!!」
「ウス!」

巨体が動いて、また強力なショットが繰り出された。

に負担をかけてはならじ、と海堂は動く。

「くそっ!」

何とか球を受けるがやはり、海堂にはきつい。

「海堂さんっ」

の声が上がる。

「ウルセェッ、とにかくてめぇは無茶すんな!」

海堂は怒鳴るとショットを打ち返す。が、相手はきっちりを狙って打ってきた。

「くそっ!」

海堂は自分が取ろうと駆け出した。しかし、

「海堂さん、動かんといて!俺が行きます!」

海堂より早くが走った。

「馬鹿っ、よせ!」
「大丈夫やってば。」

すれ違いざまには静かに言った。

「俺だって伊達に、『死神』呼ばわりされてたんやないんですから。」

彼がそう言い終わった瞬間、

ズパンッ

向こうのパワーショットはあっさりと返された。

「どういうこった。」

海堂は思わず唸った。そう言いたくなるのも無理はない。

の腕は外見では力勝負に向いているとは思えないくらい華奢だ。
そんな腕で樺地の繰り出すショットを余裕で返すというのは
一体どういうからくりがあるのか。

「ふざけた野郎だぜ。」

そんな海堂の疑問に答えたのは本人ではなかった。

、てめぇの手首はどうなってやがる。」

手首…? まさか!?

跡部の言葉に走りながら海堂はハッとして思わず傍らのを見た。
は別にどうということはない、と言わんばかりにニッと笑う。

「俺元々、リスト強いんですよ。結構重いもんも平気で持てますしね。
第一、不動峰にはあの波動球を使う石田さんがいるんですよ?」
「この野郎…」

海堂は再び唸った。

「やっぱりこの前の練習試合の時は猫被ってやがったか。」

しかしは海堂のその台詞には答える代わりに別のことを口にした。

「海堂さん、行って下さい。右に来ます。」

何でそんなことがわかる、と海堂は言いそうになったが、
試合前にが自分の耳元で言っていたことを思い出しそれを堪えて動いた。

バシッ

「何?!」

コートの後ろで平然と座り込んでいた跡部が目をむいた。
海堂はフゥゥッと息をつきながら瞬時に次の攻撃に備える。

「おい、。」

声をかけると小さな相方は呟いた。

「真ん中、低め。」

言い終わるか終わらないかのうちに彼はシュンッという音と共に駆け出す。
再び綺麗に打ち返す音がコートに響いた。
だがしかし向こうも間髪入れずに動く。

「い゛い゛」
「海堂さん!前へ!」

言われるまでもなく海堂は動いた。



試合はどちらも一点も入れることなく続いていた。

はなかなかダブルスがうまかった。
即席で組んだ海堂と何の躊躇もなく試合を進めている。

相手の球の軌道を読んでしばしば海堂に的確な指示を出し、
尚且つ海堂の動きを妨げることなく自身も攻め込む。

試合前には海堂にこう囁いた。

「俺がサポートしますから、海堂さんは基本的に御自分の思うように動いてください。
必要な指示は俺が。」

あの時、海堂はそんなことが出来るのか、と思った。
見た目からして頼りなげなに『必要な指示』たるものが出来るようには見えない。

ところが、今現にはきっちりと海堂をサポートしていた。
何のためらいもなく、自分に自信を持って。

残念ながら向こうはパワーだけでなくスピードも兼ね備えている為、
のサポート付でも攻め込めないのが問題だったが。

尤も、攻めあぐねているのは向こうも同じらしく
さっきまで余裕の表情で座っている跡部が少々イラついたような顔をしている。
それはが時折発する指示が的確であることの裏付けだ。

がもし青学に来てたら…

海堂は思った。

俺はこいつとダブルスを組んでたかもしれねぇな。
こいつはあまりにもうまいこと俺に合わせてやがる。
まるで自分の直接の先輩みたいに、
まるでいつも自分と一緒にいる相手がパートナーみたいに。

ふと、海堂はちょっと前に乾に見せてもらったのデータを思い出した。

…元・撃鉄中(神戸)レギュラー…『死神』の異名を持つ…そして…
シングルス・ダブルス兼任

なるほど、確かにそうだな。
こいつは1人で戦うことに迷いもなければ、2人で戦うことに支障も感じることがねぇ。

「おい樺地。雑魚はとっとと片付けろ。」
「ほぉーっ!」

向こうがロブを打ってきた。それも…かなり高い。
とてもではないが前衛にいる海堂からは間に合う距離ではない。

「逃がさへん!!」

が地を蹴る!

「ハッ、そんな程度のジャンプで、届く訳ねぇだろ。」

跡部が馬鹿にしたように言った瞬間だった。

「海堂さん、ちょっと肩借りまっせ!!」
「お前、何を…」

するつもりだ、という海堂の言葉は急に
肩に来た衝撃と耳元で唸った風にかき消された。

はよりによって海堂の肩を手がかりに高みへとその身を飛ばしていた。
そして彼はラケットを振り上げる。

「らあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

小さな体から発せられる咆哮と共に、勢いよく腕が振り下ろされた。

海堂には一瞬、のその姿が巨大な鎌を振るっているかのように見えた。

ダスッ

「これでどうやっ!!」

着地したが手応えあり、とニヤリとする。しかし…

っ、油断すんじゃねぇっ!来るぞ!」

向こうが動いたのに気がついて海堂は叫んだ。
だが時はほんの少し遅かった。

「どこまでもしぶといな。」

跡部が呟く。

「えっ…?」

ビュンッ

君!!」

それまで黙って見ていた不動峰の部長の妹…橘杏が声を上げる。

「ちっ!」

海堂は勿論、フォローに回ろうと走るが間に合わない!!

ドゴォッ

「くあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

今度ばかりは芝居ではなかった。
樺地のパワーショットを食らったは後ろにすっとんで、
ドサッズザッと地面をこすりながら一回転半した。

っ!!」

さすがに海堂は慌てて駆け寄り、横倒しになっているの体を抱き起こす。

「おいっ、大丈夫か?」
「うーん…」

は片手で頭を抑えながらよっこらしょっと上半身を起こした。

「えーとぉ、一体俺の周りで何が起こったんやろ…?」
「馬鹿野郎、吹っ飛ばされちまったんだろーが。」

ボケボケ、と言うかいつものように呑気なの物言いに
安堵を覚えながらも海堂は叱咤した。

「油断すんなっつったのにボケっとしやがって。大体てめぇは無茶しすぎだってんだよ。」
「はぁ…」
「はぁ、じゃねぇ。で、どうだ。怪我はしてねぇか?」
「あー、えーと、ちっと擦り剥いてもたみたいで。」

言っては自分の肘を見せる。
多分、飛ばされた時に地面をこすったせいだろう、そこには赤い染みが出来ていた。

思ったより大したことなさそうだな。

海堂は思った。

「…次行くぞ。」

彼がボソリ、と言うとは肯いた。

「はい。」
「ちょっと待ちな。」

2人の背後から声がしたのはその時だった。

「盛り上がってるとこ悪ぃが、これで終わりだ。」
「ふぇっ?!」
「んだと、コラ。」

いつの間に来たのか、跡部の言葉にのボケた声と海堂の怒声が重なる。

「てめぇ、自分から喧嘩売っといてどーいうつもりだ。」

海堂はギロリ、と上目遣いに跡部を睨む。

「そーやそーや!いきなしトンズラなんて意味わからんし!!」

も海堂に同調して声を上げる。

「どーもこーも、いい加減気が済んだ。それだけのこった。」

跡部はニィッと笑った。

「第一だな、。俺はストリートテニスをしてくれたらお前の先輩を
離してやるって言っただけで、別に樺地に勝ったら、とは一言も言ってねーぞ。」

あまりにメチャクチャな理屈に海堂とは思わず沈黙した。

何なんだ、この野郎は。
訳がわかんねーぞ。
つーか、わざわざ必死こいたってのに骨折り損か。

も事態についていっていないのか、ポカンとした間抜け面で空を仰いでいる。

「ま、何だな。」

海堂のムカムカに気づいているのかいないのか跡部は見下し角度のまま呟いた。

「お前らが同じ学校でなくて正直助かるな。」
「…どういうことだ。」
「そのままの意味だ。マムシと死神に組まれちゃ、試合が長引いてかったりぃんだよ。」

言って跡部は傍らの後輩に行くぞ、と声をかけて背を向けた。

「残念だったなぁ、が不動峰で。」
「フン。」

海堂は鼻を鳴らした。

「俺に手間がかからねぇから助かる。」

腕の中でが、あ、ヒドイ、と呟くが海堂は聞かなかった振りをした。

結局、あっけにとられる一同を尻目に跡部は去っていった。

「あの人、結局何やったんですかね?」

が言った。

「知るか。」

海堂は何だか疲れてしまって思わずため息を漏らす。

「まーえっか。海堂さんとダブルス出来たし。」
「喜ぶことか。」
「あきまへんか?」

海堂がいい加減自分にわかる言葉で話せ、と言おうとしたら

「そーやっ!!」

いきなりピョコンと立ち上がった。

「杏ちゃん先輩!!」

言って彼は自分の先輩のところへ飛んでいく。

君…」
「よくぞご無事でー!!」
「大袈裟よ、あたしは大丈夫。」

橘杏にひっついてるの姿を海堂はボンヤリと見つめて、
まるで甘えてる小動物だな、と思った。

「御免ね、海堂君まで巻き込んじゃって。」
「別に。がウルセェから付き合っただけだ。」

何がおかしいのか、橘・妹はクスクスと笑った。

「慕われてるのね。」
「懐かれすぎてウンザリだ。直接の先輩じゃねーのに何で俺が…」
「あら、海堂君知らないの?君はね、誰にでも懐くんじゃないのよ?」
「ハ?」

信じられない発言に海堂はポカンとする。

冗談だろ、誰にでも懐くタチでなきゃ俺なんかにひっつくわけ…

そんな海堂に橘杏は更に言葉を重ねた。

君ってね、すっごく人見知りなの。
初めて兄貴達のところに来た時はもー恥ずかしがって
全然喋ることもできなかったくらい。そんなんだから神尾君も伊武君も
仲良くなるのに時間掛かってたわ。
でも、海堂君の時はあっさり喋ってたって聞いて…私、びっくりしちゃった。」

びっくりは俺のほうだ。

海堂は内心で呟く。

「多分、君は海堂君のことを中身で見てるんだと思うの。
あの子、呑気だけどそういうとこ結構鋭いから、
きっと海堂君がいい人だってすぐわかって
それで今でも尊敬して一緒にいるんじゃないかな。」
「そーなのか。」

杏は、ええ勿論よ、と断言した。

海堂は何だか妙な気分で思わず、こっちが話をしている間
ずっとじっとしていたに目をやった。

「あのぉ…」

さっきあれだけ奮闘したのが嘘のようには至極能天気な声で言った。

「お話終わりました?」
「ああ。」
「ほな、また走って帰りましょうよ。ね、海堂さん?」
「うるせぇ、お前にいちいち言われるまでもねぇ。」
「あ、ヒド。まー、ええか。」

そういう訳で、海堂は橘杏に別れを告げると(借りたラケットもちゃんと返して)
と一緒に来た道を走って戻った。



。」
「はい、何でっか?」
「その…何だ、お前、前の学校でダブルスやってたのか。」
「はい、ってゆーかそっちの方が多いです、やってたのは。」

海堂はそうか、と呟いた。

「誰か…パートナーがいたのか。」
「いましたよ。」

は言って過去を懐かしむように目を細めた。

「二個上の先輩やったんですけどね。でも、東京(こっち)に来るちょっと前に
喧嘩してもうてそれっきり…」
「悪ぃ。」

海堂が謝罪するとは首を横に振った。

「昔のことですよ。」
「そんなんでよくいきなり俺とやれたもんだ。」
「海堂さんとやから…」
「あ?」
「海堂さんとやからやれたんですよ。」

海堂は思わず走っている足を止めた。

「何でだ。」

思わず尋ねる。

「決まってるやないですか。」

はしれっとした顔で言った。

「海堂さんは俺のこと、認めてくれてるでしょ?」
「…馬鹿。」

海堂は呟いてくいっとを引き寄せると、その頭をポムポムと叩いた。

「海堂さん?」

不思議そうに見つめるの顔を海堂は見なかった振りをした。
そうでもしないと、自分の顔も熱を避けられそうになかった。

「さっさと行くぞ。」

海堂はさっとを放した。

「てめぇは早く帰らねぇと晩飯の支度があんだろ。」
「海堂さん?」

まだ少々不思議そうなを海堂はまた引っ張った。

「行くぞ、。」
「ふぇっ?!」
「あんだ、その間抜け声は。」
「いや、あの今何ておっしゃいました?」
「呼んだだけだ、馬鹿野郎!」
「いや、だから何て呼んだかって…。」

海堂はウルセェ、と呟いて先に走った。

「かいどーさぁーん!」

夕暮れの中、の声が響いた。

「待ってくださいよー!!」
「さっさと来ねぇんなら置いていく。」
「ケチーッ!!」
「あんだとコラッ、もっぺん言ってみろ!!」
「ピーッ!!」

海堂は来た道を取って返して、を追っかけた。
はキャアキャアと幼子のように叫びながら逃げる。

まー、そうだな。

海堂は思う。

リズム野郎の目が届かねぇ時は、当分こいつの面倒を見てやってもいいかもな。
下に兄弟は既に1人いるが、もう1人ちょっとボケてて時々無茶をする
手の掛かる弟みたいなのがいてもそれはそれで悪くねぇだろう。

「おいっ、!」
「はーい!」
「ぶっとばすんじゃねぇ、転ぶぞ。」
「大丈夫ですよー、っておわーお!!
「言ってるそばからやらかしてんじゃねぇっっっっ!!!!」

The End



作者の後書き(戯言とも言う)

なるべく早くアップすると言っておきながらえらく時間が掛かってしまった。
しかもそれにも関わらず『何やこれは!!』な出来…(-"-;)

すみません、駄文全開でm(__;)m

こんな作品ですが、リクエストくださった華穂に捧げます。

ここまで読んでくださった方も有り難う御座いました。

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