〜目指すもの〜 <Side:青学 その2>

「なんだー、あの不動峰の奴!」

菊丸が言った。

「さっきと動きが全然違うじゃん。」
「ああ、まるで目が覚めたみたいな感じだ。」

大石が菊丸に賛成する。

「死神…」

ビデオを回していた乾がポツリと呟いた。

「何って?」

河村が聞きとがめる。

「死神、今あそこにいる選手の昔の呼び名だよ。」

乾はなおも撮影の手を止めぬまま言った。

「強い神戸弁、両腕には火傷痕、間違いない。
元・撃鉄(うちがね)中1年生レギュラー・、通称・死神
兵庫県の有名選手だ。」
「あいつが有名?!冗談でしょ?!」

桃城が声を上げる。

「乾、それホント?俺も聞いたことがないんだけど…」

河村が遠慮がちに尋ねる。

「兵庫県の神戸に撃鉄中というところがある。」

乾はまるで昔話をするような口調で語り始めた。

「そこって確か…」

話の途中で呟いたのは不二。
乾はそうだ、と肯く。

「2年前に初めて全国大会に出場した学校だ。」
「今でも思い出すけど…あそこは…ちょっとね…」

不二が顔を曇らせる。
事情を知らない1年生や2年生は訳がわからずじっと乾の言葉を待った。

「そうだな。外からでもわかるチームワークの最悪さで
あの時の全国大会でも有名だった。
あれでどうやって関西の地域枠5校に入れたのか不思議だと
言われてたくらいだ。」

1年生や2年生らの間に動揺が走った。
乾は少し息をついて言葉を続ける。

は今年人数が極端に少なくなったその撃鉄中のテニス部で、
いわば公式戦の人数合わせの為に
レギュラーに入れられた口だ。だから、周囲には実力はないと思われていた。
だが、彼は突如関西中にその名を広めることになる。」

「どうしてそんなことに…」

大石が尋ねる。

「今年神戸であった地区予選では強豪校のレギュラーを複数破ったんだ。
そして撃鉄に勝利をもたらした。元々全国レベルのチームワークの悪さで
有名な撃鉄は2年前を除けば、出れば必ず負けるということでも
かなり広範囲で有名だった。だからその撃鉄が地区予選とは言え、勝ち進んだ。
それも人数合わせの為だけに入れた1年生によって。
これがちょっとしたニュースにならないわけがない。」
「で、死神って何なの?」

リョーマがキャップのつばを弄くりながら言った。

「元々はチームメイトがにつけた『べっしょう』だよ。」
「べっしょう…?」

大石が首を傾げる。

「ああ、蔑んでいう呼び名の方だ。」

淡々とした乾の言葉に大石は固まった。
心優しいことで知られる彼にとってチームメイトがつけた『べっしょう』が
『蔑称』だなんてとても信じられることではないのだろう。

「どうしてそんな…」

河村が言った。その声も動揺で少々くぐもっている。

は天才じゃない。努力家ではあるがチームで一番鈍重で、初めの頃は
練習試合で彼が出ると必ずチームが負けた。
だからチームに不幸をもたらす『死神』だといつも蔑まれていたそうだ。
普段も部内で苛められていたらしいしね。」

大石がそんな、と呟いて目を伏せた。

「だが地区予選になってからは少々事情が変わった。
地区予選でチームに勝利をもたらしたは対戦相手にとっての死神になった。」

ここで誰も、何で?と尋ねなかったので間を空けた乾は少々肩透かしを食った。
が、すぐに持ち直した。

「特に必殺技があるわけではないがどんな球にも食らいつき打ち返す、
一度相手の弱点に気がつけば情け容赦なく攻め立てる、
加えて、追い詰められてもなかなか諦めないしぶとさで相手を倒してしまう、
両腕に火傷痕を持つ『死神』。 転校したとは聞いていたが、
まさか不動峰に来ていたとはな…」

その場に居た全員が静まり返った。

「だけど、あのマムシが負けるわけないっしょ。つーか負けたら承知しねーぞ、
コラ。」

桃城が言うと、乾は眼鏡を押し上げた。

「どうかな…。さっきまでは自分を抑えていたようだが、の目はもう覚めている。
油断できる相手ではなくなってるよ。」

乾の言葉に桃城は眉根を寄せてコートに目を向けた。
コートでは彼の最大のライバルが戦い続けていた。



何なんだ、こいつは。

コートの中の海堂はネットの向こうの相手に対してこう思っていた。

正直、試合前のの印象はお世辞にもいいと言えるものではなかった。
最初に道端で会った時のがやかましかったことはともかく、
虚勢は張っているが足は明らかに震えていたし、それに何より
自分に自信がないように見えた。当然、海堂にとって好ましい相手ではない。

はっきり言ってさっさと倒せる自信があった。
だがしかし、今は…

海堂の目は黒いジャージに身を包み走り回る少年の両腕を捉えた。

袖をまくって露になったその色白の肌には、何か熱いものを押し付けられたような
爛れた痕が無数についている。

そして、先程はそれに驚いていた海堂はそれに覚えがあることを
ボンヤリと思い出していた。

俺はこいつに会ったことがある。
確か一年前だ。向こうは俺を覚えてねーようだが…覚えている方がおかしいか。
たった一年前のこととはいえ、ほとんど行きずりで会ったんだしな。

でもまあ、いい。

とにかく、あの火傷痕をさらしてからの動きが一挙に変わった。
今の海堂にとっての問題はそこだった。

さっきのやや自信なさげな様子ではなく、力の籠もった何かを感じるその動きも
また、海堂にとってはなじみがある。

なるほど、こいつも諦める気がないらしい。
そういえばまだこれからだのなんのと言っていた気がするが。

海堂はフッと密かに微笑んだ。

上等だ。いくら練習試合といえど、この試合…本気でやってやる。

フシュゥゥゥゥゥゥゥゥ

海堂はラケットを握る手に力をこめた。

「おい、」

これで何度目なのか、柄にもなく思わず声が漏れる。

「俺は全力でてめぇを倒してやる。」

ゴオッ

「来るなら来い!!」

海堂のラケットが唸る!!

「言われ…んでもっ…!」

返ってきたのは歯を食いしばったかのような声、そして…

「行きますよっ!!!!」

かなりのスピードのフラットショット。
とはいえ、乾の高速サーブを見慣れている海堂にとっては止まって見える。
しかし…

「っ!!」

思ったより強烈な衝撃にそれを受けた海堂は一瞬、顔をしかめた。

…また力ずくで威力をあげたのか、腕力ある方じゃないだろに
無茶苦茶なことをしやがって!!
何て野郎だ。

「ゲーム青学海堂、ファイブゲームストゥワン!!」

審判が叫ぶ。

「ハアッ…ハアッ…くそー、あかんかったか…」

の呟きが聞こえる。
その体は打ち返そうとした時の勢いで仰向けに転がっていた。

海堂はネットまで歩み寄り、そんなを上から見下ろした。

は胸を上下させてハァハァ言っている。
漆黒のジャージは何度も地面をこすったせいであちこちに
茶色い汚れがついていた。
抜けてしまったような薄い色の短い髪はすっかり砂にまみれている。

海堂がの目に視線を移した時、丁度視線と視線がかち合った。

「フン…」

海堂は鼻を鳴らして視線を外した。

まだやる気らしいな。

心の中で満足して呟くと海堂はに背を向けた。

後ろでが「何でさっきから…?」とか何とか言っている気がしたが
取り合う気はなかったので無視した。

…んなこと俺だって知るか。
自分でもさっきから何でについつい話しかけたり、
様子を伺ったりしちまうのかなんて。

To be continued...


作者の独り言(戯言とも言う)

やっとここまでこぎつけた…。
ケリをつけるまで後、もうちょいっス!!

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