〜目指すもの〜 <消えない傷跡>

『ゲーム、△△!』

審判のコールが響くとたちまちベンチが騒ぎ出す。

『おいや、、何やっとんねん!』
『やっぱり弱い奴は弱いなぁ。』
『誰やねん、あんなんレギュラーにした奴。』
ー、雑魚相手に何先制されとんねん、死ねやコラ。』
『おい、やめたれや、こっちが殺されるで。何せあいつは…』

その後何を言われるかわかっていたから恐怖で体がこわばり、震えが来る。
冷や汗が止まらず、頭が痛み出す。

『あぁそうか。』

1人が無邪気さを装った残酷さで以って言った。

ドクンッ

『あいつは…死神やったな。』

ドクンッ

『そうや、親と姉貴殺した死神…』
『おいおい、次は部ぅ殺す気ちゃうやろな』
『しっかりせぇや、死神!!やる気あるんかぁっ!!』
『ぼうっとすんなや、この死神!!』

言うな、それ以上言うな。それ以上言われたら俺は…俺は…

『死神っ!!』

ドクンッ

やめろ、やめろ、やめてくれーーー!!


俺の絶叫が頭の中で木霊した。



気がつくと俺は空いた左手で頭を抱えていた。
しかも体が硬直しており、運動による汗ではない別の汗をかいていた。

恐る恐る首を擡げて辺りを見回すと、別に何か変わった様子がある訳でもなく
俺の様子を見て不思議そうにしている人の集団と、横目で
ネットの向こうからこちらを伺っている人がいるだけだった。

今のは…夢?ってゆーか所謂フラッシュバックか?
多分、そうだ。
だって今俺が居るのは『あそこ』じゃないんだから。

俺は今は、不動峰中テニス部の一員なんだから。

「馬鹿か、てめぇは。」

海堂さんが口を開いた。

「調子悪いんなら試合に出てないで家で寝てろ。」
「大丈夫です。別に…そういった訳やないんで…」

俺は口の中でモゴモゴと呟いた。
海堂さんは一体どう思ったのかしばらく俺を見下ろしていたが
すぐに青学のベンチへと行ってしまった。

続けて俺もノロノロと重い足を引き摺ってベンチに戻った。

「気を落とすなよ、。」
「そうだそうだ、巻き返すチャンスはあるぜ!」

戻った時、先輩方が口々に励ましの言葉をくれた。
俺はそれに少し慰めを覚え、肯きながら自分のテニスバッグから
水筒を取り出した。

、」

水分を補給していると部長に声をかけられた。

「昔のことを思い出したのか。」

俺は肩をビクッとさせただけで声に出して答えることが出来なかったが、
部長はそうか、と呟いて俺の肩をポンポンと軽く叩いた。

「すいません、どうも…意志が弱くて。」
「馬鹿を言うな。誰にでも心に傷がある。しかもお前のはかなり深いんだ、
無理もない。」
「橘さん…」

ああ、この人は何だってこうも寛容なんだろう。

「だが、。これだけは言っておく。」

部長の目が強い光を放った。

「いつまでも自分を隠していては、上へ行けないぞ。」

部長の視線は俺の両腕に注がれていた。
我ながら細く、頼りないその腕は今、漆黒の布に包まれている。
俺は返事が出来ずに俯いた。部長はそれに対して何も言わなかった。

そろそろコートに戻らなくてはならなかったので俺は歩き出す。

「おい、大丈夫か?」

神尾さんが尋ねてきた。

「あー、大丈夫です。」

俺は答えた。

「ちょい暑いだけで…」
「だったらさ…」

伊武さんが口を挟む。

「さっさと上着脱いだらいいだろ、大体おかしいよね、今日こんなに蒸し暑いのに
1人だけ長袖ってのがさ…ボソボソ」

俺は苦笑を返すしかなかった。

そして、俺は再び戦場に立った。



コートに入ると海堂さんは先に来ていて、バンダナを結びなおしていた。
俺も念のため、自分の靴紐の具合を確かめる。
よし、大丈夫やな。これなら早々緩むことはあるまい。

次のゲームは俺のサーブだ。
左手でボールを空に放り、その上部を勢い良く叩く!!

ビュンッ

「フラットサービスか。」

海堂さんが呟くのが聞こえた。

「結構速いな…だが、」

言いながら海堂さんは走る!

「俺には通じねぇ!!」

言葉通り、俺のサーブは易々と返される。
その後は、さっきと同じようにスネイクの連続。

俺はすっ飛んでくる球を凌ぐので精一杯、とてもじゃないが攻め込める隙がない。
少しずつ体力が無くなっているのがわかる。
2ゲーム目にしてこのままの状態では、後が続かなくなるのは明白だ。

何か、何か攻略の糸口はないんか…
だがしかし、なすすべもないまま、どんどん点を入れられてしまう。
2ゲーム目も海堂さんが制した。

そして、次も。

「ゲーム青学海堂、スリーゲームストゥラブ!」

また次も

「ゲーム青学海堂、フォーゲームストゥラブ!」

あかん、このままじゃ…

頭の中にさっきフラッシュバックした嫌な光景がよみがえる。
本来仲間であるはずのチームメイトから発せられる罵詈雑言、見下した視線…
振り払おうとしてもなかなかそれは消えてくれない。

くそ、このままやと…!

俺は歯噛みした。

実力もへったくれもなしにやられる!
いくら練習試合とはいえ、そんなのは絶対にお断りだ。
それとも、どのみち力の差がありすぎる勝負なのか…?

いや、違う。

俺は自分の腕に目をやった。

どないしょう。

俺はまだこの袖の下にあるもんと向き合える自信がない。
せやけど…このまま自分を抑えたまま終わりとない!!

部長も言っていた通り、いつまでも自分を隠していても仕方がないのだ。

俺は意を決した。

今現在、俺をビデオカメラで捉えている人物が俺の過去を知っていようが
いまいが最早気にしている場合じゃない。

俺はジャージの袖をグイッとまくった。

周囲が何事かとオレを見た。
ネットの向こうの海堂さんがハッと息を呑むのがわかった。

…」

海堂さんは俺の腕の内側を見つめて呟いた。

「何か?」

俺はしれっとした顔で問い返した。

「あんだ、それは…」

言う海堂さんの声は掠れている。

無理もないだろう、こんなの見せられては誰だっていい気はしない。

「ただの火傷ですよ。アホに煙草押し付けられもうて、
いやー、かなり熱かったですわ。」
、てめぇ頭は確かか。」
「ええやないですか、そんなこと。」

俺はラケットを構えた。

「早く始めましょう。」

To be continued...

作者の後書き(戯言とも言う)

…とゆー訳で、主人公のトラウマを少々暴いてみました。
あんまし大したことないかもしれませんが。

しかし、これでも2,3回書き直してるんですよね(^^;)。
しかも下書きは電車の中で突っ立って。

ところでこのシリーズって読まれてるんやろか?
ヘボやから誰も読んでなかったりして…(想像するだに恐ろしい)


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