〜目指すもの〜 <終章>

終わった…俺は安堵のため息を吐いた。
結果的には負けていたが気分がよかった。

取り敢えずいつまでも寝転がっているわけにはいかない、
俺はよろよろと立ち上がり、ウェアの土埃をパンパンと
叩き落とすと海堂さんの方へ歩み寄った。

「さすが海堂さん、ですね。俺、全然歯ぁ立ちませんでしたわ。」

罰が悪そうに笑う俺を海堂さんは見下ろして軽くフシューと息を漏らした。

「お前が俺のあの技を返そうとするとは思わなかった。」

どうやら褒め言葉のようだが、確信が持てずに俺はとりあえず
微笑んでみたりとかする。

「…前よかうまくなったな、テニス。」
「え…?」

海堂さんの言葉に俺は思わずハタ、とこの人の目を見据えてしまった。
だって、まるでこの人が前から俺を知っているかのような口調だったから。

「マジで覚えてねーのか、去年神戸で会ったことがあったろう。」

首を傾げる俺にため息をつきながら海堂さんは言葉を続ける。

「布引の…ハーブ園で…だったか。俺は夏休みで家族と旅行に来てて…
で、そこにたまたま寄ってて…あそこ、確か芝生の場所があったろ。」
「あー!!」

そこまで言われて俺はやっとつい1年前の記憶を引っ張り出した。
去年、自分も家族と布引ハーブ園に来ていた時の記憶を。

あの時、少し一息入れようとそこの芝生で休むことになり、
俺は姉さんと軽くテニスをしていた。

そこへたまたま近くに居て、興味深そうにじっとそれを見ている人がいた。
気がついた姉さんが勧めたのでその人は姉さんの代わりに
俺とテニスをすることになった。

かなり上手な人だった。

それが海堂さんだったのだ。

…すっかり忘れとった。

「この痴呆症が。」

海堂さんは唸った。

「思い出すのがおせーんだよ。」
「どーも、失礼しました。あの時はお世話になりましたです、ハイ。」
「フン。…んなことより、家族は元気か?」

それを聞かれた時、俺は多分かなり寂しげな顔をしてしまってたと思う。

「家族は…亡くなりました。あの後交通事故に巻き込まれて。
俺は今、叔母と住んでるんです。」
「…悪ぃ。」
「いえ、お気になさらずに。では。」

俺は海堂さんにくるっと背を向けて、不動峰の先輩方が待っている
ベンチに戻ろうとした、が…

グラッ

急に足元がふらついた。
どうやら思っていたより体力を消耗していたらしい。

っ!!」

誰かが叫んだ。
まずい、このままでは地面に激突する…!!
だが、

ボスッ

誰かの腕が俺を途中で受け止めたのを感じたかと思えば俺はそのまま
軽々と荷物か何かのように持ち上げられて肩に担がれていた。

「世話の焼けるヤローだ。」

耳打ちされた。

「向こうに連れていってやる。前よか進歩した分の褒美だ。
いいか、二度目はねーぞ。」
「海堂さん…」

他人様の肩に垂れ下がった姿のまま俺はやっとのことでそう言った。

「お優しいんですね。」

海堂さんの顔が立待ちのうちに真っ赤になったのが見えた。

「…暑さでイカレたか。」
「何言うてはるんですか、ほんまのことですよ…うっ!!」
「!! 気分でも悪いのか?」
「いえ…そーではなく…」

ぐぅ〜きゅるるるるる

「お腹…減りました。」

海堂さんの平手が俺の頭を軽くなぎった。



そんで俺は対戦相手に運ばれるという無様な姿で不動峰のベンチに戻ってきた。

海堂さんは俺を近くに居た神尾さんに押し付けるとさっさと去っていった。
何か耳まで真っ赤になっていたように見えたのは気のせいだろうか。

何にせよ戻ってきた俺は皆の歓声に迎えられ、激励の言葉をたくさん受け取り、
肩をボフボフと叩かれた。部長も来て

「いい戦い振りだった、。」
「橘さん…」
「満足できたか?」
「はい。」

満面の笑みを浮かべて俺が答えると部長は至極満足そうに肯いた。
俺は部長から視線を外すと、ふとベンチに座っている神尾さんが
膨れっ面をしているのに気がついた。

「神尾さん、どないしはったんですか?」

俺が尋ねると神尾さんは苦々しそうにまずこう言った。

、二度とマムシのヤローに運ばれてくんじゃねぇぞ。」
「はぁ?」
「あのヤロー、さっきお前を俺に押し付けた時何つったと思う?!
『後輩の面倒くらいちゃんと見とけ、リズム野郎。』って言いやがったんだ!
何で今更あいつに言われなきゃなんねーんだよっ、
俺が日頃っから世話してんのに!!」

青学のベンチにすっ飛んで海堂さんを殴りに行きかねない勢いの
神尾さんを俺は まぁまぁ、となだめた。

「ええ人やないですか、そないめくじら立てんでも。」
「あいつっのどこがいい人だー!!お前はいつも寛大過ぎんだよ!!」
「やめなよ、アキラ。」
「離せー、深司―!!ウキーッ!」

この後、暴走する神尾さんを抑える為にワイワイガヤガヤギャイギャイと
俺は先輩達と一緒になって大騒ぎした。

…後で全員、部長にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。



こうして俺の東京での初の練習試合は幕を閉じた。
結局今回の練習試合でも不動峰は地区予選の雪辱はできなかったが
皆気にしている様子はなかった。

練習試合が終わった後はお昼ご飯の時間だった。
不動峰も青学もめいめいが適当に集まって一緒に弁当を食している様は
壮観である。

皆さんが結構盛り上がっている所に入りそびれた俺はどうしようかと困っていたが
丁度にぎやかな集団から一人ポツンと離れている海堂さんの姿を発見し、
水筒とお弁当を抱えてその側に近寄った。

「ここ、よろしいですか?」

海堂さんはうんともすんとも言わなかったので俺は勝手にその横に
座り込んでいそいそと弁当を広げた。どけ、と言われたらさっさと立ち去るまでだ。

「おい…」
「はい?」

いきなり声をかけられてしまった。

「何で俺の横に来るんだ、てめぇ。」
「あきませんでしたか?」
「は?」
「いや、ダメでしたかって。」
「普通に言え。」

いや、普通に言うてるんですけど。
ただ標準語じゃないだけで。

海堂さんはまあいい、勝手にしろと呟いて自分のお弁当からおかずを
つまんでパクリとやった。
俺もお腹が減ってたまらなかった為、モギュモギュとエビフライを食べにかかる。

しばしの沈黙。
う、うーむ、何か空気が重いぞ。別に俺が悪いんじゃないんだろうけど。

「あ、あのですね、」

折角の晴れの日にどんよりした状態になるのは御免なので
俺は何とか話をしようと努めた。

「今日、海堂さんが俺相手でも真剣にしてくださって嬉しかったです。
おかげで俺、ホンマの自分を出せたし。それでですね、」

俺はちょっと息をついた。

「俺、今まであんまし深く考えてテニスやってなかったけど、
どーやら目指すもんが出来たんですよ。」

海堂さんがこっちを向いた。

「…一体何を目指す?」

その問いに俺は箸を持っていた右手の人差し指をピッと伸ばした。

「あなたです。」

海堂さんはブーッと吹き出して、手の中のアロエヨーグルトのカップを
落としそうになった。

「ふざけてんじゃねーぞ、。」

あら、プルプル震えてはる。
怒ったんやろか。

「てめーなんぞに追いつかれる俺じゃねぇ。」
「そら勿論、簡単やないのはわかってますよ。でもいつか絶対、
あなたを負かしますから。」

俺があまりにもしれっとして言ったので
(よくもそんなことが出来たな、と後で1人突っ込みを入れてしまったくらい)
海堂さんは呆れ返ってしまった。

「…勝手にしろ。」

言ってフンと鼻を鳴らす。

「登ってこれるなら登ってこい。何度でも叩きのめしてやる。」
「それはどーも。絶対登り詰めて追い越しますよ。」

俺はニヤッと笑った。
海堂さんは目を伏せた。

でもその横顔が密かに笑っているのを、俺は見逃さなかった。



この練習試合以降、俺はよく海堂さんと関わるようになった。

朝は早く起きて一緒にランニングをしたり、休みの日になると
ストリートテニスコートで練習に付き合ったり。

…まあ、大抵は俺が勝手に引っ付き虫をしているだけなのだが
海堂さんもあまり邪険にしない。
ウルセェだのわかんねぇから標準語で言えだの、ブツブツ言う割には
結構俺に構ってくれる。

強くて、無愛想だけど、でも優しくて…

世間様の評価はどうだか知らないが、俺はこの人は格好いいと思う。

だから、俺は自分が目覚めるきっかけになったこの人を目指したい。

いつかきっと越えられることを夢見て…

「何ボケッとしてやがる。行くぞ、。」
「えっ、あっはい!!」

目指すのは、あの薫風。

今はまだ追いかけるだけだけど、いつかは…




「おまけ」

「俺思ったんだけどさー。」
「どうしたんだ、英二?」
「あのって子、どーも女の子に見えてしょーがなかったんだけど。」
「鋭いな、英二。まさにその通り、は実は女性だ。」
「わーい、俺ってすごーい゛…?」

『え゛――――――――?!』


〜目指すもの〜 End


作者の後書き(戯言とも言う)

やっと終わった。
長すぎですな、はっきり言って(^^;)
しかも無理矢理丸出し…。

ちょっと最初の方で話を細かく区切りすぎたです。
妹にも「普通長くても7,8話で終わるで。」って言われちゃったし。

そんなこんなで反省点の多い連載となってしまいましたが、
ここまで読んでくださった方々に感謝を捧げます。m(_ _)m

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