〜目指すもの〜 <諦めない!>

只今のゲームカウント5対1、何とか1ゲームは奪ったものの
あれから俺は1ゲームも取れていなかった。

これで俺が失敗すれば海堂さんの勝利が確定する。
俺だって別に手を抜いていたわけじゃない。
(そんなことできる性質なら今頃苦労してない。)

だが始めに体力を削られすぎたのが明らかに応えていた。

どうすればいい?

それともこれは実力の根本的な差か?
それは否めない事実だろう、しかし…

海堂さんの攻撃は熾烈を極めていた。
これで終わりにするつもりなのだろう。
俺は何とかその攻撃を凌いでいるが、刻一刻と
体力がなくなっていくのがはっきりとわかる。

頭が少しクラクラしてきたその時だった。

「しもたっ!」

よりにもよってこんな時に手元が狂うとは…!
ボールは高いロブとなって宙に舞う。
勿論、見逃す海堂さんではない。

海堂さんがスマッシュを放った!

バシィッ

「ハハッ、参ったな…。」

チャンスボールを与えてしまった上、スマッシュを返し損ねた俺は
思わず乾いた笑いを漏らした。

「マッチポイントかいな…。」

青学陣が一気にわーっと沸き立った。

「あと一球、あと一球!!」

ハイテンションの声援が飛び交う中ネットの向こうの海堂さんは
一人静かにたたずんでいた。

このまま俺を完全に潰すつもりなのは見てわかることだった。
俺は不動峰側が心配そうに見つめているのを
見なかった振りをしながらサーブ位置につこうとした。

「もうテメェには後がねぇ。」

海堂さんが口を開いたので俺は思わずばっと振り返った。
てっきりもう何も言わないと思っていたのだ。

「このまま行けば俺の勝ちだ。」

ここで海堂さんは挑発するような笑みを浮かべた。

「どうする、?」

一体何を意図してそんな事を言うのか分からなくて
俺はしばしどう答えたものか考えた。
しかし何をどう考えても答えが一つしか思いつかなかった。

「あきらめません、」

海堂さん一人だけに聞かせるには大きすぎる声だったけど、

「例え残り一ポイントでも。」

自分に言い聞かせてるも同然だったけど…
俺はそのたった一つしかない答えを口にした。

「フン。」

海堂さんは鼻を鳴らしたがどうやら俺の答えに満足しているようだった。

「せいぜいあがくんだな。」
「俺だってかつて『死神』と言われてたんです。なめんといてください。」

強がりと知りつつ俺は言った。
…意外なことにこの発言による問題は特に起きなかった。

俺がサーブを放つ!海堂さんはすかさず返す!
あれから激しいラリーの応酬が続いていた。
俺も海堂さんも一歩も退かない。だが力の点では俺の方が分が悪い。
海堂さんもそれに気づいているのか俺を走り回らせるのをやめようとしない。

「これでとどめだ!」

とうとう海堂さんがラケットを鋭く振った。ボールが物凄いスピードで降りてくる!

しかもネット際だ、皆が息を呑むのを感じた気がした。でも…

「何かおっしゃいました?」

ネットに詰めながら俺はニヤリと笑っていた。

「聞こえまへんなぁ。」

そう言った瞬間異変が起きた。

海堂さんの顔色が明らかに変わり、そのまま動きが一瞬止まる。

よっし、と俺は思った。
何が起きたんか知らんけど今や!

俺はあまりない跳躍力を全開にして飛び上がり、
ボールをすく掬い上げるようにラケットを振るった。

 パン!

「デュース!」

審判が叫ぶ。海堂さんが返すことなく、俺のショットは決まっていた。

「………おい。」
「はい?」
「誰から聞いた?」
「何を?」
「………いや、いい。」

海堂さんの不可解な言動に俺は首を傾げたが
気にするほどのことはなかろうと判断した。



それからのことはあまり覚えていない。
只ひたすら走り続けていて、何か考えたり何かに注意を向ける余裕など
欠片もなかったからだ。

わかっていたのは自分でも気がつかないうちにゲームカウントが
6対5になっていたことだった。
ここで俺がこのゲームを取れば6対6でタイブレークに入るが…
果たしてどうなるかは自分でもわかりゃしない。

「デュース・アゲイン!!」

審判が叫ぶ。

「おいおい冗談だろ!?」
「マッチポイントからここまで…やっぱりあいつ『死神』か…?」
ー、頑張れー!!」
「絶対諦めんじゃねーぞー!」

ベンチから聞こえる声がまるで幻聴のように遠く聞こえる。

「もう限界か…」

海堂さんが呟く。

「ま、まだまだぁっ…!!」

俺はヨロヨロながらも立ち上がる。
最早、勝敗もへったくれもなくなっている自分が居た。

ただ最後までやりぬくことを…。

海堂さんがサーブを放つ!それを取りに俺は動く!

体力の限界はとっくに超えており、足はガタガタだったが
今度こそとどめを刺そうと繰り出される
激しい攻撃をことごとく返すために俺はコート内を駆け回るのをやめなかった。

やめられなかった、勝敗以前に何かが終わってしまう気がして。

いつしか双方のチームは応援することも忘れて静まり返って試合を見ていた。
それぞれの人達が何を思っているのか俺には知る由もない、
どう思われようが関係ないのだから。

だけど…もう…俺はラケットを振り上げた。
迫り来る球がぶれて見えてくる。

ここまで来て海堂さんの動きが大きく変化した。
今度は一体何をするつもりなのか。

ほとんど言うことを聞かなくなってきた足を無理矢理動かして俺は走った。

そして次の瞬間、俺は我が目を疑った。

シャオォォォォッ

ボールが横に大きく弧を描き、ポールすれすれのところを通り抜けて飛んでくる、
まるで蛇がその(あぎと)を獲物に向けて襲い掛かってくるかのように。

「ブーメランスネイクだっ!!」

静寂を破って青学陣がどよめいた。

「あき…らめ…へんもん…」

俺は自分でもよく聞こえないくらい掠れた声で呟いた。
ボールが飛んでくるのがまるでスローモーションのように見える。
足はまだ動いている。

の奴、まだ走ってるぞ!」
「まさか防ぐ気かっ?!無茶だ、よせっ!!もう限界超えてんだろーがっ」

不動峰側から俺の身を案じる声が上がる。
俺は構わず今や何重にも見える球に飛びついた。
返すつもりなのかと周囲が騒がしくなる。

そうできればどんなにか…だが
いくらなんでもこればっかりは守備不能…

ドサッ

宙を浮いていた俺の体が地に落ち、

ズザザザザァァァァァァァァァァ

土煙を立てて何センチか滑っていった。

「ゲーム!」

審判が叫んだ。

「青学海堂!セブンゲームストゥファイヴ!」

青学ベンチから爆発のような歓声が上がったのを俺は
地面に倒れ伏したまま聞いていた。

To be continued...


作者の後書き(戯言とも言う)

次でやっと完結!!
他にもう言うことないです。

せめてお付き合いくだされば幸いかと。

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