義妹と俺様 ―カラオケ―

うちの義妹は歌が好きだ。
俺よりも先に家に帰っている時はよくピアノを弾きながら
歌ってやがるし、普段でもふと気づけば何やら小声で歌ってやがる。
そんな奴だが、実を言うとまともに人前で歌っているのを見たことがない。
(音楽の授業で歌唱テストをやらされる時は話が別なんだろうが。)

そういう訳だったから、その日忍足達の部活終わってからカラオケに行かないかという
誘いに乗った上に、義妹を連れてくることを承諾させた。

「何や、また妹ちゃんかい。」

忍足が呆れたように言った。

「何か問題でもあるのか。」

聞き返せば忍足は、別にあらへんけど、と言いながら首を傾げる。

「俺らは別に妹ちゃん来てもかまへんけど、肝心の本人は大丈夫なんか。」
「んなもん、来させるに決まってんだろうが。」

当たり前のことを聞くんじゃねぇよ、と思いつつ俺が答えると忍足は
ドン引きしたような面で俺を見つめた。

何だその目は、文句あんのか。

「前から(おも)てたけど、お前、今度こそヤバいんちゃうか。」
「何がだっ。」

思わず一喝してしまった。こいつ、毎度毎度いい加減にしやがれ。


とりあえず、義妹の奴は携帯で呼び出すことにした。
電話をかけてみれば、しばらく呼び出し音が響くが、あの馬鹿はなかなか出ない。

「ひょっとしてわざと無視してるんちゃうか。」

後ろで余計なことを言う奴は睨んで黙らせる。
有り得そうなことを言うんじゃねぇよ。

やっと義妹が電話に出たのは、後もう少しで留守電に切り替わりそうなタイミングだった。

「はいはい、やけど、一体何ー。」

電話に出た義妹の奴の第一声はいかにも面倒な、と言いたげだ。

「何だ、その投げやりな言い草は。」
「だってにーさんが電話言うたら、大抵ろくでもない用事に決まっとうもん。」
「寝ぼけてんじゃねぇよ、俺の用事は常に最優先だ。」

電話の向こうで義妹が何かブツブツ言う。
電波状態が少し悪いのか、雑音でよく聞こえなかったが
それこそろくでもないことを言ってやがるんだろう。
これ以上文句を言わせる前に俺はさっさと用件を伝える。

「何で私が。」

そういう答えが返ってくるのも予測済みだ。

「いいからさっさと来い。」
「ハアッ?!」
「来ねぇようなら迎えに行くからな。」
「ちょ、こらっ。」

まともに文句を聞いてやる気はない、義妹がまだ何か異議を唱えようとする前に
俺はさっさと電話を切った。

「えげつないな、お前。」

忍足がボソリという。

「何が。」
「本人の意思はまるっきし無視かい。」
「それがどうした。」

忍足はアイタタタと呟いて額に手をやった。


義妹に電話して忍足としばらく待ったが、案の定義妹は自分からはやってこなかった。

()ぉへんなぁ、妹ちゃん。」

忍足が言う。

「そろそろ俺らも他の連中と合流せんとヤバイで。」
「チッ、あの馬鹿、手間取らせやがって。」

お前が悪いんやろが、という突込みが聞こえた気がするが気のせいだろう。

「迎えに行ってくる。お前は先行ってろ。樺地、行くぞ。」
「ウス。」
「ちょぉ待てや。」

樺地を伴っていこうとすると忍足が声をかけてくる。

「迎えに行くって、どこにおるんかわかるんか。」
「今日が何日か考えたら、あいつの居場所なんざ決まってる。」

俺は答えると、樺地と共にを迎えに行った。

俺と樺地が向かった先は、学校の最寄り駅にあるコンビニだった。
念のため携帯で今日の日付を確認する。間違っていない、義妹はここにいるはずだ。

「入るぞ。」
「ウス。」

コンビニに入ると、俺は早速雑誌コーナーに目をやる。
すると、何人か野郎共が立ち読みしている中で1人、
やたら小さくて見慣れた背中があったから即刻そこへ行く。

「コラ。」
「うわっ。」

後ろから襟首掴んで軽く引っ張ると、見慣れた小さいのが声をあげる。

「ゲッ、にーさん。」
「何がゲッだ、このガキ。やっぱりここに居やがったな。」
「何でわかったんよー。」

立ち読みしていた雑誌を手にしたまま義妹はブツブツ言う。

「お前が毎月この日に出る雑誌を立ち読みしに行ってることくらい
知らねぇと思ったのか。お前の行動なんざお見通しなんだよ、バーカ。」
「クソゥ、どっかにスパイでもおるんちゃうか。今度から店変えんと。」
「てめぇがわかりやす過ぎんだよ。にしても、またそんなくだらねぇもん読みやがって。
仮にも跡部の人間が野郎の読む漫画雑誌なんざ読むんじゃねぇよ。」
「私が何読もうと勝手やろー。自分なんかメッチャ口悪いし態度でかすぎのくせに。」

こいつ。

「口ごたえすんな、いいから来い、このガキ。」
「わ、わかった、わかった。行く行く、頼むから引っ張らんといて。」

義妹が言うので仕方なく、俺は襟首から手を離してやる。

「あ、その前に。」
「何だ。」
「ちょっくらこの雑誌買ってくる。」
「買うなっ、さっさと行くぞ。」

何でコンビニで漫才しなきゃならねーんだ。


義妹を引きずって、俺と樺地は忍足達他の連中と合流した。
時間は丁度いい頃合だ。
顔を合わすと、連中が声をかけてくる。

「あ、部長、お疲れ様です。」
「うわっ、マジで妹連れてきたのかよ。俺は別にいいけど。」
「ひでぇ依存症だな、ダセェ。」
「それを言うのは酷ですよ、宍戸先輩。」
「あー、ちゃんだ、オハヨー。むにゃむにゃ。」
「って言うか、また何持ってんねん、この子。」

レギュラー達が好き勝手に言う中、忍足が義妹の手にしたコンビニのビニール袋に着目する。

「聞くな。」

結局、あの時義妹の奴は人の制止を振り切って雑誌を買いやがった。
普段はボケの癖に、自分が興味あるものに対する執着は凄まじい。
その執念をもっと他のところに生かせねぇもんか。

「自分の妹、好きやなぁ、こんなん。」
「うるせぇ、言うな。」

の奴、後で覚えてろ。

当の本人は、自分は本当に来て良かったのか不安なのか
やたらキョトキョトしていた。

皆で店に入る時もこいつは躊躇(ちゅうちょ)してなかなか動かなかったから、
俺は襟首をつかんで引っ張っていった。


受付を済ませてから部屋に入ると、どいつもこいつもテンションが微妙に上がっていた。
特に元々テンション高い向日は早速選曲に走ってやがるし、
さっきまで寝ぼけていたジローはきっちり目を覚まして向日と目録の取り合いを始める。
宍戸と鳳は2人してリモコンで検索を始めているし、日吉は顔色を変えてないわりには
目録をめくる手が結構早い。
そんな奴らの様子を忍足が面白そうに眺めている。
一方、うちの義妹はまだキョトキョトしていて空気になじめていない。

「さっきから挙動不審だな、どうかしたか。」
「いや、だって。」

私、場違いなことないか、と義妹は呟く。

「誰も文句言ってねぇだろ、落ち着け。」

義妹は、うん、と頷くもののやはり動揺している。
しょうがねぇ奴だ。樺地にリモコンを義妹に渡してやるよう言おうとした時だった。

ちゃん、どーぞ。」

ジローが目録本をの目の前に差し出す。
どうやら日吉から横取りしたらしい。
何でか知らねぇがジローはやたらニコニコしていた。

「えっ、あっ。」

パニくった義妹は何故か俺の顔を窺う。

「いいから早く曲選べ。」

言ってやるとさすがに覚悟を決めたのか、義妹は本を高速でめくり始めた。
側では向日が既に歌い始めている。どうやったらここまで音程がズレるんだ、こいつ。
ったく、次は俺様が歌ってやるか、と思って向日の曲が終わるまでに目録をめくって
選曲番号を入力する。
やっと向日の調子っぱずれな歌が終わってから流れたのは、俺の気に入りの曲だ。

「さっすが跡部、全部英語だしー。」

ジローがやたら感心している。
仮にも氷帝の生徒ならてめぇもこれぐらいこなせ、と歌いながら思うが
今日はまぁいい、とも思った。
視線だけをチラと義妹の方にやると義妹はまだ目録本と格闘している。
かといって兄が歌っているのを聴いてない訳ではないらしい。
片手の指がテーブルをトントンと叩いてリズムを刻んでいる。
フン、珍しく聞きほれたか。結構なことだ。

「うげっ、跡部、自己陶酔しすぎ。」

何か言ったか、向日。こういうもんは陶酔してなんぼだろうが。
第一この俺が歌ってんだ、うまく行かないはずがない。完璧だぜ。
一方の義妹は俺が歌い終わってもまだ目録をめくっていた。

「あんだ、まだ決まらねぇのか。」

義妹の横に座って俺は言った。

「早く選べ、どんくせぇな。」
「そ、そない言われてもやな。」

義妹はあせったように言う。

「何やいっぱいあるもんやから。」

大方、目的の曲を探すのに手間取ってんだろう。
ジローが俺の置いておいたマイクを(かす)め取って歌い始めた頃、
義妹はやっとリモコンで選曲番号を押し、送信する。
音がして画面に予約曲が表示されるが、義妹は首を傾げる。

「今度は何だ。」
「何か、違う曲名が入ってもたんやけど。」

送信不良か、本人の間抜けな押し間違いか、ったく。

「しょうがねぇ奴だな、ほら、貸してみろ。」

俺は義妹からリモコンを取り上げると代わりに操作してやる。
向日が、ホントにシスコンだな、と呟くが今は無視しておく。
義妹が指定した曲番は、今人気のナンバーだ。
こいつがいつも家でボソボソ歌っているのが、どこのマイナー系だと
言いたくなるもんばかりだったからこいつは意外だと思った。
当世の流行なんざどこ吹く風、みたいな顔してるワリには密かにチェックしているのか。
かなり高めのテンションでジローが歌い終わると、義妹がどこか緊張したようにマイクを握る。
ったく、カチコチじゃねぇか。どんだけ浮世離れしてんだ。
だがしかし、その辺はやっぱり普段から歌うのが好きな奴だ。

「へー、歌うまいな、妹ちゃん。」
「当たり前だ、これで音痴だったら承知しねぇ。」
「あぁ、あぁ、わかったわかった。お前が素直やないくせに、
 妹ちゃん至上主義なんはようわかった。」

こめかみの辺りがピクピクする気がする。
つーか、関西人ってのは同じ単語を2回言うのが習慣なのか。

「阿呆、やめろや、跡部。痛い痛い。」
「てめぇが悪いんだろ、この野郎。」

思わずムカついて忍足の頬をつねっていると歌いながら義妹が
こちらをチラと見る。いいから、と目で言うとまた視線を戻す。
うるさい忍足を解放してやって周りを見れば、
意外なことに他の野郎共が黙っての歌っているのを
聞いているのに気がついた。

まぁ、この俺の妹だから当然かもしれないが。


人が電話で呼び出した時はかなり渋ったくせに、いつの間にやら
は状況に適応していた。
周りの野郎共が(特にジロー辺りが)うまいことこいつを乗せるからかもしれない。
最初は選曲にとまどっていた義妹は、途中から隙あらばドンドン
自分の好みの曲を入れていく。
(さすがに譲り合いの精神は忘れちゃいないようだったが。)

そして、こいつの歌うものはあまりにも曲によって調子が違いすぎた。
基本的に歌うのは結構穏やかな調子の曲で、まぁそっちを歌ってる方がうまい。
ピアノを弾いてる時と一緒だ、あまりテンポの速いのや強い調子のは
本人と少し合わないらしい。
だがそうかと思えばいきなり、強烈なロックでほとんど叫んだ方が
早そうな曲を歌いだしたり、かすかで儚い調子で歌いだしたりする。

そんで、義妹の奴はとうとうやりやがった。

そん時は丁度忍足が流行の曲を一つ歌い終わったところで、
他の奴らはまだ自分はどの曲にしようか迷っている最中だった。
急に聞いたことのない前奏が流れる。
聞いただけですぐわかる、絶対ふざけた曲だ。

「あれぇ、何だろ、この曲。」

ジローが不思議そうに言う。
こいつに首を傾げられるようじゃな。

「随分コミカルな曲ですね。」
「おいおい、誰だ。」

不思議に思った連中が口々に言う中、前奏が終わって歌が始まる。
って、おい、ちょっと待て。この声はまさか。

「ほー、これはこれは。」

忍足が面白そうに呟いた。

「さすが、跡部家のお嬢様は選曲がちゃうなぁ。」
「ぶっ殺すぞ、てめぇ。」

絶対馬鹿にしてるだろ。つーかの奴、何てことしやがる。
アニソン(略称はこれであってんのか。)歌うのはともかく、
もうちょっとマシな曲はなかったのか。
どう聴いたってギャグ全開じゃねぇか。しかも、

「アハハ、ちゃんすごい。画面に出てないのに台詞まで覚えてるー。ノリノリだー。」
「おい、長太郎。あの女いつもああなのか。」
「俺も跡部妹があんなんなってるとこ見たの初めてです、宍戸さん。」

当の義妹は周りなんざ完璧にお構いなし、それまでとは全然違う
キンキンした高い声でギャグ歌を熱唱している。
自分の世界に入り込んで外からの干渉を許さない。
誰だ、普段人のことをナルシストとか自己陶酔野郎とか称してやがんのは。
てめぇもたいがいじゃねぇか。

「おもろいなぁ、妹ちゃん。無理矢理連れて来られてやけくそか。」
「知るか。」

しかもあの馬鹿ガキ、歌ってるのが所謂キャラソンのせいか
二次元のキャラになりきってるときている。
この手の文化にゃ疎いからよくは知らねぇが、まさかこういうのが
慣例なんじゃねぇだろうな。
(冗談じゃねぇ。)

ジロー言うところのノリノリで突っ走ったが歌い終わると野郎共が
面白がって拍手する。当の義妹も満足げだが、ちょっと疲れたらしい。が、

「鳳、次リモコン貸してくれへん。」

おいおいおいっ、まだやるつもりか。

「いいよ、俺が入れ終わったらね。」
「クソクソ、鳳。跡部妹ばっかり贔屓すんなよ、次は俺だっ。」
「いいんですか、部長。」

歌う以外はずっと言葉を発してなかった日吉がボソリと言った。

「あいつ、すっかり(たが)が外れたようですが。」
「らしいな。」

クソ、まさかにこんな一面があるとはさすがの俺も気がつかなかったぜ。
迂闊だったな。

「わーい、楽しい。ちゃん、次一緒に歌っていい。」
「ジロー、てめぇ、乗せんじゃねぇっ。」
「いーじゃん、何でー。」
「よかったらにーさんもやる。」
「ふざけんな、何で俺様がっ。」
「おい、跡部、画面(かぶ)んなや、ちゃんと曲入ったかどうかわからへんやん。」


結局、は最後まですげぇテンションで歌い続けた。
人前で歌わせたらまさかあんなことになるとは、俺にとって冗談抜きで
予想外だったのは言うまでもない。


そうして散々ギャーギャー騒ぎながら楽しんだ後、俺らはそれぞれ家路に着く。
正直、さすがに疲れた。

「面白かったなぁ、にーさん。」

最初の不機嫌面はどこやら、ニコニコしながらが言った。

「そうか。」

俺は言って、思わずふ、と笑ってしまう。
ったく、つくづく単純な奴だ。

「どないかした。」
「いや、」

言いながら俺は義妹の頭にそっと手を乗せた。

「それならよかった。」

髪をくしゃくしゃっとやると義妹は驚いて、ちょっと、何するんよ、と軽く抗議する。

「なぁ、にーさん。行けたらまた行こね。」
「2人でか。」

聞き返したら義妹は、うーん、と考えた。

「どっちでもええよ。」

それを聞いて2人で行くことにしよう、と俺は勝手に決めた。
後でが文句を言っても、聞き入れるつもりは無論ない。



義妹と俺様 ―カラオケ― 終わり


作者の後書き(戯れ言とも言う)

自分がよく友人とカラオケ行くもんで、何となく思いついた作品です。
しかしよくよく考えてみたら、べーたん達は中学生なんですよね。
最近色々と自治体レベルで厳しくなってるそうなので、
日の高いうちでも中学生だけでカラオケに行けるかどうか怪しいです。
まぁ仮にアカンかったとしても、これはフィクションだから、という方向で
処理していただければ幸いです。

ちなみに、向日少年が音痴かどうかは知りません。何となくそうしたら面白いかな、
と思っただけなので。

2008/02/26


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