番外編 ―義妹と俺様 <花>―


俺には今、妹がいる。

少し前、親父が死んだ親友の娘だと言って連れて帰ってきたさえない女。
神戸、それも西の端っこにある田舎から出てきて、未だに関西弁を直そうとしない女。
初めて俺様を視認した瞬間、まるで不吉なものを見たかのような反応をしやがった女。

そして…嫌だ嫌だといいながら大抵俺の近くにいる女。

これが俺の妹、「」だ。



昨日、親父が付き合いでどっかのパーティーに出席したとかで、
でっかい花束を持って帰ってきた。

薔薇やカトレア、グラジオラス、他にも色とりどりの花たちが束ねられた
それはなかなかに俺の好みだった。

親父はメイドにそれを自分の部屋の花瓶に生けるように言いつけた。
入りきらない分は他の部屋の花瓶に生けておいてもいい、とも加えた。

実際、花束は結構でかくて、メイドは他の部屋にも花を間配らなければならなかった。
それで花束の一部は俺の部屋にも飾られることになった。

「いい感じじゃねぇの。」

メイドが生け終わった花を見つめて俺は呟いた。

「やっぱり、俺様の部屋には花がねぇとな。」
「恐れ入ります。」

メイドが頭を下げる。俺は満足してしばし花を見つめていたが、ふと思ったことがあって
メイドに尋ねた。

「これ、の部屋にも飾っているのか?」
「いいえ、それが…」

メイドは答えた。

「飾って差し上げようとしたんですが、様が自分はいらない、とおっしゃって…」
「いらない?」
「はい、自分の部屋に生モノを置くのは好きじゃないと…」

俺は思わずため息を吐いてしまった。

「何なんだ、あいつは。」

花は嫌いじゃねーだろーが。
暇さえあれば庭に出て花を眺めてばっかの癖に、訳のわからねぇこと抜かしやがって。
どうせ、「自分はよう世話せんから。」とか何とか思ってやがるんだろうが…
世話は使用人がするってのに、阿呆にも程がある。

ま、所詮は庶民出身ってとこか。仕方がねぇな。



次の日の午後、俺は花を見つめながら紅茶を飲んでいた。
色々な花から放たれる香りがとても心地よい。
やはり花は生活に欠かせない。特に薔薇は、俺に相応しいと思う。

こんなことを聞いたらの奴なら一言、

「じゃあ、アンタが死んだ時は棺桶に薔薇を敷き詰めといたるわ。」

などと生意気なことを言うんだろうが。

花瓶の中で一際鮮やかに自分を主張している薔薇の花を見ながら
そんなことを思っていた時、俺の頭にふとある考えが浮かんだ。

多分、俺を知っている奴が聞いたら、らしくない、と思うだろうくらい馬鹿馬鹿しい考え。
だが、俺はその時何となくそれを実行に移してみたかった。

そういう訳で俺は飲みかけの紅茶を置いて廊下に出ると、近くにいたメイドを
捕まえて用を言いつけた。



「何か呼んだ?」

がそっと俺の部屋のドアを開けて入ってきたのはメイドに呼びに行かせてから
大して経ってない頃だった。

「用がねぇのにお前を呼ぶほど暇じゃねーよ、バーカ。」

馬鹿にしたように言ってやればたちまちのうちにの顔は赤くなり、
唇がキュッとつぼむ。

「よう言うわ、用もないのに何かにつけて人の部屋に来てはちょっかいかけとう癖に。」

忍足が話すのとはまた微妙に違う関西弁で反撃する姿に迫力はなく、
それが更に面白い。

「ハッ、みみっちいこと気にしやがって。いちいち相手するてめぇも悪いんだろうが。」
「ほっといたら拗ねる人に言われとないわ。」
「グズグズ言うな、ほら、こっち来い。」

命令するとは警戒心丸出しでソロソロと俺の方に歩みよる。
この姿もまた俺を面白がらせていることにこいつが気がつくのはいつのことだろうか。

「ここに立ってみろ。」

俺は部屋に置いてある姿見の前にを立たせた。
は腑に落ちない顔で黙って鏡に映る自分を見つめる。

俺はをそこに立たせたまま、花瓶の方へ行ってそこから薔薇を一本抜き取った。
その様子を視認したが益々、「何考えてんねん、こいつは。」と言いたげな
顔をするのが見える。

やがて抜き取った花を持った俺はの後ろに回り込み、
その目線の高さまで顔を下げた。

「何なん、一体?」

俺の不可解な行動に恐れでもなしたのか、は不安げだ。

「いいからじっとしてろ。」

俺はそれだけ言って手にした薔薇の花をそっとの横髪に押し付けた。
(言っておくが棘は既に取ってある)
が何事か、と体をピクリとさせる。
俺はそれに構わず鏡に映るの姿を見る。

「この辺か…」

呟いて俺はの茶色い髪にすっと花を挿してやった。

「へっ…?!」

状況が把握できないのか、は間抜けな声を上げる。
俺は鏡を見つめながら少し考え込む。

髪に真っ赤な薔薇の花を飾った娘がそこには映っている。
少し戸惑って頬を桃色に染めながら。
しかし…

「…どーやらお前に薔薇は似合わねぇみたいだな。」
「ハァッ?!」

が怒気をはらんだ声を上げる。

「ちょっといきなり訳わからんことしといてその言い草はないんちゃうの!!
どーせ私ゃ庶民の娘ですよ、高価な花とは性が合わんわ、フン。」

別にそういう意味で言ってはいないのだが、言わせておくと面白いので
放っておくことにする。

「怒るな。ちょっと遊んだだけだろうが。」
「絶対、アンタは暇人や。」
「何とでも言え。生憎、もうちょっと付き合ってもらうぜ。」
「この道楽少年が…」

の憎まれ口を聞き流して俺はの髪から薔薇を外すと、
花瓶から別の花を取った。

「それ何? コスモス?」
「わかってんなら聞くんじゃねぇよ。」

俺は言ってまたその花をの髪に挿す。

「コスモスって秋の花ちゃうの? だって『秋桜』って書くやん。」
「知るか。」

俺は園芸家じゃねーんだよ。
内心で付け加えて俺は淡い桃色の花を飾った義妹の姿を鏡越しに見る。

「どぉ?」

がおずおずと尋ねてくる。

「…さっきより似合ってるな。」

柄にもなく俺が呟くと、は微笑んだ。
本当は嬉しいんだけど義兄である俺に悟られてたまるか、というのが
ごっちゃになったような表情だった。



それから俺は何かに憑かれたかのようにの髪に花を挿しては
それを取り替えて、という行為を繰り返した。何故かはわからない。

は最初になんだかんだ言った後は何も言わずに
じっと俺にされるがままになっていた。
結局のところ、こいつは付き合いのいいお人よしだ。

多分、口で言うほど俺はこいつに嫌われちゃいない。
こいつみたいなタイプは本当に嫌いな相手ならまともに話そうともしない。
だがこいつは「アンタなんか嫌いや」と公言して憚らない割りにふと気がつけば
俺の近くにいる。俺が何か言えば、必ず応える。

それでいい。それが全てだ。

とにかく俺の知らないところへ行かなければいい。

あの女のように、先に逝くことは許さねぇ。

………………………。

「兄さん、」

の声で呆然としていた俺はハッとした。
気がつけば、義妹の肩に両腕を巻いている。

「どないしたん?」

こいつが厭味なアクセント抜きで俺を兄、と呼んだのは初めてのような気がする。

「別に。てめぇにゃ関係ねぇ。」

こっちがぶっきらぼうに言えば、あーそー、と間延びした声で言って欠伸をする。
その拍子に俺が飾ってやった花がハラリ、と落ちる。

「あ。」

は間抜けな声を上げてそれを拾い上げた。
小さな小さな霞草を。

「何かさー、」

拾った霞草を自分で髪に挿そうとしながらは笑った。

「こんな風に花で遊んどったらちっさい子みたいやな。」

別にどうということのない台詞だが、俺は何故かそれで奇妙な安心感を覚えた。
こいつは当分、俺の視認できる範囲にいるだろうと。

「また誰かが花持って帰ってきたらこんなんするつもりやないやろな?」
「バーカ、何期待してやがる。うぬぼれんのも大概にしろ。」
「…アンタ、いつか水仙の花にして摘み取ってまうで。」
「へー、お前がそんな気の利いたことを言えるとはな。」
「そらそーや。だってアンタやないから。」
「こいつっ!!」

失敬なことを抜かした義妹を俺はとっ捕まえようとした。
が、は笑いながら俺の部屋から駆け出した。

「待てっ!! てめぇまた俺様を愚弄しやがって!!」
「愚弄やないもん、事実やもん。」

ったく、ちょっと優しくしてやったらつけあがりやがって、このガキ。

気弱で劣等感の塊で全然俺の好みの女じゃねーし、器量も悪けりゃ頭も悪い。

それでも…親父には感謝しておこうと思う。
例え死んだ親友の娘という以前に、かつて愛した女の娘だから、
という不純な動機でを引き取ったにしろ、
おかげで俺はかなり面白い思いをさせてもらっているのだから。

「そーいえばなー、兄さん。」
「何だ。」
「百合の花粉、服についとうでー。」
「早く言えっ!!!」

―義妹と俺様 <花>― End



作者の後書き(戯言ともいう)

いっつもいっつもドタバタお笑い劇場じゃどーか、と思って
趣向を変えて書いてみたけど…何なんやろ、これ。

甘いんか、甘くないんかわからん上にこじつけくさいし
跡部少年偽者化現象がひどくなっている!!!(ヤバい)
しかも結局ギャグ落ち。お話にならんですね(^^;)

今回は跡部少年が義妹をどう思っているかを語ると同時に本シリーズの主人公が
跡部さんちに引き取られた理由をちょっと語ってみました。

なにゆえ跡部少年が義妹を側に置きたがるのか何となくわかっていただければ
幸いかと。

あ、作中で水仙がどうのこうの言っているのは勿論、ナルキッソスという自惚れ屋の
少年が水面に映る自分に惚れて死に、水仙の花になったというギリシア神話から
取っています。
跡部少年は希臘語に堪能なようですし、多分神話の話を持ち出しても
通じるんではないかと思ったんで
使ってみました。

今後も自分の中にある雑学を混ぜて使うことになるでしょう。
では、次回は本編をお楽しみください(^^)

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