義兄と私 ―ペット <犬編>―

元来私は動物が苦手である。何故かと言えば寄ってこられたら
どう接すればいいのかわからないし、動物側も私が警戒心を
抱いていることにすぐに気がつくのか、どんなに人に慣れている奴でも
私に対しては毛を逆立てたりする。

とりわけ私は犬が大の苦手だった。
小型犬ならともかく中型以上の大きさのは御免だ。

しかし、運の悪いことに私が引き取られた跡部さんちには犬がいた。
それもかなりでっかいやつが…



事の起こりはとある休日である。

「今何とおっしゃいました、おにーさま???」

『おにーさま』のところに思い切り皮肉なアクセントを置きながら私は聞き返した。

「耳が聞こえねーのか?」

義兄はそんな私の強勢なぞ気にも留めてない様子で言った。

「今日はお前が犬の散歩をしろって言ったんだよ。」
「いっ、嫌やっ!!!」

私の拒絶に義兄はアーン?と眉をひそめる。

「馬鹿か、お前。この家にいる以上あいつ(←犬のことらしい)に
お前のこともわからせなきゃならねーだろが。」

いやそれは確かに正論ですけどね、そう簡単にいくもんやないでしょ?

「…私、まだ頚動脈噛み切られとないんやけど。」

私はブツブツと言って食い下がる。
しかし、義兄殿はそんなささやかな抵抗をハンッと鼻で笑って
打ち砕いてくださった。

「心配すんな。」

そん時この人の顔に浮かんでいたのは素晴らしく優越感に満ちた笑い。

「骨は拾っといてやるよ。」

…危うく英語で"Go to hell !!"と怒鳴りたくなったのは
多分私の気のせいではなかろうと思う。



結局私は義兄殿の監督の下、ここんちの犬の散歩をする羽目になった。

だが思ったとおり、初めての犬の散歩はやっぱり碌なことはなかった。
犬の奴は完全に私をなめているらしく、好き勝手な方向に行こうとする。
勿論、私はリードを引っ張って進行方向を正そうとするのだが
なまじ犬がでかい分抵抗力が並じゃない。
おかげで私は犬に引きずられっぱなしだった。

しかも私が向こうを警戒しているのに呼応するかのように犬の方も私を警戒して吠えついたり、ひどい時はマジに噛み付こうと してくる。
正直、生きて家に帰れるだろーかと疑問になってしまう。

まーそれは慣れていくうちに何とかなってくるんだろうが…
問題は背後で私を見守っている(本人談)義兄だ。

私の骨を拾うのがそんなに楽しみなのか、こいつはさっきから私が
悪戦苦闘しているのを見てずっとニヤニヤニヤニヤ笑いっぱなしなんである。

ちくそー、てめぇ人の不幸を笑ってんじゃないぞ、コラ!!
一遍てめぇも耳元ででかい犬に吠えられちまえばいーんだ、
そしたら私が何で犬嫌いなのか理解できるだろーよ。

「うーあー。」

私は思わず呻いた。
犬がまた私を思いっきり引きずったんである。

「いちいちウルセェんだよ、この馬鹿。黙ってやれ。」
「いやそれ絶対無理やし。」

犬が言うことを聞かない限りは。

「ハッ、このマイナス思考が。んな後ろ向きの考え方ばっかしてっから
何事もうまくいかねぇんだよ。」
「あんたがプラス思考すぎ…いや、何でもあらへん。」
「お前…このところ俺様に対する敬意がなくなってんじゃねーのか?
兄はちゃんと尊敬しろ、ちゃんと。」

尊敬できる余地を作ってください、おにーさま。
…などと言ったら怒られるだろーか、やっぱ。

とかなんとか考えている場合ではない!!!

「おいっ、ちょっと!お前何引っ張ってんねん!
ちゅーかいきなし走らんといてよ!!なぁっ、なぁったら!!…
ピィーきゃぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!

私がさっきよりもとんでもないスピードで犬に引きずられるのと

「ハァーハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

その様子を視認した義兄が腹を抱えて大笑いするのとは同時だった。



ハァッ ハァッ ハァッ

やっとのことで家に辿り着いた頃、私は息が上がってえらいことになっていた。

「うがっ…やっと…終わっ…た…」
「ククククク…」

私はゼェハァになっているというのに義兄はまだ肩を震わせて笑っている。
しかもよくみたら笑いすぎで目に涙まで溜まってる始末!!
こいつはー!!!

「いつまで…ハァ…笑ってるんよ…ヒィ…この…ゼェ…ゲラ兄ちゃん…」
「バーカ、これが笑わずにいられるか。」

義兄は目に溜まった涙を指で拭いながら高圧的態度で言った。

「あれだけギャアギャア無様に騒いでる格好見て笑えねぇ奴は
相当の重症だろうよ。」
「フン、きっちり自分だけ高見の見物決め込んで…」
「そう不貞腐れんじゃねーよ。」

義兄が笑いを含んだ声でそう言った時、私の頭に妙な感覚が走った。
一瞬、それが何なのかよくわからなかったがどーやら頭を
ポムポムされたらしい。

「犬嫌いのお前にしちゃぁよくやった方だ。」
「…ホンマに?」
「あぁ。」

…………。

まぁ、義兄の日頃の発言を考えればこれは割と悪くない賛辞だろう。

「せやけどこんな調子やと当分慣れるのに時間かかりそーやな…」
「ま、10年もすりゃなんとかなるだろーよ。」
「結局最後はそれかっ、このイジワル兄貴!!!」
「生意気な口はもっとうまくやれてからにしな。」
「だからアンタは嫌いやねんっ!!!」
「てめぇ何かに好かれたくもねぇよ、うぬぼれんな。」
「そりゃそっちやろーーーーーーーー!!!!!!」

私は思いっきり喚き散らしたが、当の義兄は何とも思っている様子がなく、
また私もえらい運動をしてお腹が減ってきたので
2人して家の中に入った。

…犬は今頃、思いっきり走り回れたのに満足して眠っていることだろう。

―ペット <犬編>― End




作者の後書き(戯言とも言う)

跡部さんちには犬がいる、ということを知ってからずっとそれで
何か書きたいと思っていたら出来上がったのがこれです。
しかし…

「ギャアァァァァァァァァ!!!! 名前変換箇所作ってへーーーーーーーん!!!! (滝汗)」

ということに書き終わってから気がつきました。
しかしここまで形を整えてしまうと今更名前を
挿入すると不自然になるのは必須で…。
その辺はどうかご勘弁を。

主人公の犬嫌いの原因はモロ撃鉄自身が体験したことでして、
実際、小学校の時に耳元で柴犬に吠えられて以来、撃鉄は
中型以上の犬を見かけると必要以上に警戒してしまうようになってしまいました。
その警戒している様は他人様から見るとかなり面白いらしいんですが…
私は面白くないです(=_=;)

まぁそれはどっちでもいいんですが、やっとこさ主人公と跡部少年が
兄妹らしくなってきた気がします。
これからどうなるかは撃鉄もわかりません。(おい)
犬編を書いたので今度は猫編を書くかもしれませんし。

いずれにしろ、主人公が義兄嫌いのままで終わることはないでしょう。


次の話を読む
義兄と私 目次へ戻る