義兄と私 ―お勉強―

よく思うのだが、うちの義兄には何かアンテナがついてるんだろーか。

「おい、。お前のクラス、今日小テストがあったらしいな。」

その日の放課後、義兄に言われて私はギクリとした。
何でそんなことお前が知っとんねん。

「家帰ったら後で見せろ。」

嫌や。と言っても無駄なのはわかりきっている。
私は泣きそうな気分でこっくりと頷いた。


得意科目が全科目(特に独逸語と希臘語)などとゆー義兄を持つことほど
厄介なことはない。…と私は思う。

只でさえ他人様が義兄と私を比較してくるとゆーのに、
その上義兄本人が私に自分と同じレベルを要求してくる。

いや、私だって努力しているのだ。
だってやっぱ養女の身の上なんだから引き取ってくれた
跡部のおじさんの恩に報いなきゃならんのだし。
他人様に「跡部様の妹の癖に」とか言われるのは断じてお断りだし。

しかし…人間得意不得意ってもんがあるのだ。
全部の人間が勉強から運動から何でもかんでも出来る訳がない!!!!

あぁそれなのにそれなのに。義兄はそれをわかってくれない…。



「お帰りなさいませ。」 

家に帰るとお手伝いさんに出迎えられる。
私はちゃんと、ただいま、と返すが義兄は横柄な態度で返事もしない。

それから私と義兄は2階に上がる。
いつもならここでそれぞれの部屋に分かれるのだが
こういう時に限っては私は制服のままで、まず義兄の部屋に
連れて行かれるのが常だった。

「そこ、動くんじゃねぇぞ。」

広い部屋の中に据えられた丸テーブル、義兄はそこに私をつかせる。
そして信じられないことに、そのままこいつは着替えを始める。

女子の目の前だというのに…一体何を考えているのか。
私は顔を背けて義兄が着替え終わるのを待つ。

「何だ、そんなに嫌なのか?」

義兄はそんな私を見て嘲笑する。他の女なら喜んで見るのに、と。
…阿呆か、己は。
はっきり言っててめーの着替えなんぞ見たかねぇよ、気味の悪い。

やがて着替え終わった義兄は私の向かい側に座ってにゅっと手を突き出した。

「出してみろ、テスト。」

私は渋々鞄を探って今日あった数学の小テストの答案を引っ張り出し、
義兄に渡した。
それを眺めた義兄の顔がたちまち歪む。

「お前、」

ジロリと私を見る瞳はとても冷たい。

「何だ、この点数は?」
「いや…その…数学はちょっち…」
「ふざけるなよ。」

テーブル越しに義兄の手が伸びてくる。
その手は私の顎をつまみ、くいっと前に引き寄せる。

「仮にもこの俺様の妹が、こんな成績で許されると思ってるのか?」

顎にかけられた手の力が強くなる。
一瞬、そのままパキンとやられるんじゃないかと思うくらい。
が、幸いパキンとやられず私は解放される。

「ったく、てめぇときたら勉強は出来ねぇ、運動神経はゼロ、器量も悪ぃ、
全く取り柄なしだな。」

義兄は額に手を当ててイライラと言った。

「しかたねぇな、この俺様が直々に…おい、こら。」

既に立ち上がってドアの方へ向かっていた私は後ろから
義兄に襟首をつかまれた。

「何逃げてんだ、アーン?」
「べ、別に逃げてなど…」
「うそつけ。」
「かっ、勘弁してぇなぁ〜」

私の叫びがくそ広い義兄の部屋に空しく木霊した。



眠い…頭がクラクラする。
次の日の学校にて、私は目の焦点が合っていなかった。

「おい跡部妹、大丈夫か?」

隣の席の鳳長太郎 ―義兄殿率いるテニス部の一員― が
意識がぶっ飛びかけている私を見て心配そうに声をかける。

「大丈夫ちゃうわい…」

グラグラする頭で私は呻いた。

「昨夜はあのアニキに日付が変わるまで数学を散々叩き込まれ、
その上挙句にはサル以下とかアメーバとか
言われるし、これで眩暈を覚えるな言う方が無理やっちゅーねん!!」
「大変だな、お前も。」
「うぅぅ…『何でもかんでもお前みたいに出来るか、この阿呆!!』って
あのアニキに言えたらどんだけ楽なことか…」
「それはやめといた方がいいと思うぞ?」
「せやな。」

人のことは言いたい放題言うくせに自分が言われたら黙ってられねーもんな、
あの義兄殿は。
それにしても、『サル以下』だなんて…くそー、私が一体何をしたっちゅーんや。
私は思わず机をガジガジする。(鳳がビビってるがそれは無視。)

…こーなったら意地でもあのアニキに補習されないよーにしてやる!!
丁度もーすぐ中間試験があることやしな。


そゆ訳で私は中間試験までの間今まで以上に必死こいて勉学に励んだ。
全てはあの義兄にギャフンと言わしたる為に。

ちなみに動機が不純だという意見はこの際無視。



そんでもって試験が明けたとある日。

「おーい、跡部妹!」
「おー、鳳。どないした?」
「お前、中間テストの順位発表見たか?」
「いや、まだやけど…」
「お前今回学年トップだよ!!
「……………………………はい???」
「だ、か、ら、学年トップだってば!!!

信じられない話だが実際に順位発表を確かめると鳳の言ったとおり
私の名前がリストの一番前にあった。

「な、何と…」

あまりの嬉しさに私は最早思考不能である。
順位表を見に来ていた他の連中も驚いてたし、日頃私をやっかんでる
女子連中(何をやっかんでんのかは知らない)に至っては硬直モードだ。
フッフッフ、ざまぁみろ。

「ほぉ、うちのが学年トップか。」

後ろからふいにヤーな声がして私は顔を引きつらせながら振り向いた。
周りはあの跡部景吾が現れたということで思い切り盛り上がっているが、
私にとっては迷惑以外の何者でもない。

「思ったとおりだな。」
「それはどーも、おにーさま。」
「嫌味ったらしい言い方しやがって。誰のおかげだと思ってんだよ。」
「…間違ってもにーさまのおかげやないと思いますよ、有難いことに。」
「ハッ、よく言うぜ。俺に『サル以下』って言われたのが悔しくて
勉強しまくってたくせに。」
「当たり前や、あんたに好き勝手言われてたまるか!!」
「そーら、見ろ。」

義兄がニヤァと笑ったので私は嫌な予感がした。

「やっぱお前をやる気にさせるには喧嘩を売るのが一番だな。」
「!!!!!」

もしかして…私、嵌められた…???

「次もその調子でいけよ、『サル以下』呼ばわりされたくなきゃな。」

言って義兄はハッハッハと勝ち誇った笑いを残して去っていく。
その時、私の中で何かがプツンとすっ飛んだ。

「て、てめぇっーーーーーーーーーーーーー!!!!」

瞬間、廊下に私の怒声が鳴り響く。

「何ちゅーアニキやっ、このぺてん野郎! ナルシストのすっとこどっこい!!!」
「お、おい、よせよ。」

義兄に向かって激しく呪詛の言葉を撒き散らし、
殴りかかろうとしたら鳳がお節介にも私を羽交い絞めにする。

「鳳、放せ!!! 今日こそあいつに一発お見舞いせんと私の気ぃがすまんわ!!!」
「やめてくれっ、そのツケは全部俺達テニス部員に回ってくるんだぞ!!
ってゆーか、そんなことしたら養い親にどう言い訳するんだよっ。」
「く、くぅぅぅぅぅぅぅ、くっやしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

結局、私は義兄にうまいこと踊らされていたのだ。

その後はしばらく義兄に嵌められたという自己嫌悪に陥って
悶々とした日々を過ごした。
でも、おかげで結果は出たことは事実やし、やっぱ感謝すべきなんかなー、と
今ではちょっと考えてたりする。

―お勉強― End



作者の後書き(戯言とも言う)

主人公はどうやら鳳少年と結構親しいようです。
しかも席が隣。本当だったら彼女はとっくにウイルスメールを
食らっているところでしょう(笑)

いくら必死こいたからっていきなり学年トップになるなんて有り得ねー、
と突っ込まれるかもしれませんが実は主人公は学年一桁の順位を誇れる頭の
持ち主なのです。
義兄の求めるレベルが高いため、本人は劣等感を抱いているので
自分でわかってないんですがね。

それにしても何だか ―ピアノ― の一件以来、主人公の義兄に対する遠慮がちょっと薄れてきてるようです。
当初はここまで羽目を外させる気はなかったんですが…どこで間違うたんやろ。

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