義兄と私 ―恋文―


さん。」

その日の休み時間、クラスの子が私のところにやってきた。
手には乙女趣味全開な可愛い封筒が握られている

「あの…この手紙…」

その言葉の先は聞かずともわかっていたから私は彼女の手から
手紙をさっと受け取る。

「返事は要る?」

向こうが頷いたので

「わかった、兄にはちゃんと言うときます。」

女の子はニッコリ笑い、有り難う、と言って去ってった。

残された私はハアと一人空しくため息をつく。
彼女はこの手紙の運命を知っているのだろうか。



私が跡部さんちの養女であることが知れた時から義兄宛の
ラブレターの配達依頼が激増した。
誰も彼もが自分で渡すだけの根性がないのか、
それとも切手代をケチっているだけなのか
(もし後者なら郵政公社に言ってやる)
毎日受け取る数は大抵一通や二通できかない。

始めの頃は私も割と愛想よく受け付けていたが、それがだんだん積もってくると
いい加減うんざりしてきてぞんざいな応対しかできなくなった。

これで義兄が運ばれてきた手紙を見て真剣に返答をするならまだしも、
そうじゃないから余計問題なのだ。


「これ、クラスの子から。」

その日の放課後、部活を終えた義兄が私の前に現れると、
私は例の手紙を手渡した。
義兄は当たり前の顔をしてそれを受け取り、クッと優越感に満ちた笑いを
漏らした。

「くだらねぇことするのな。」

貴様、女の子の気持ちを何と心得る。

「返事ほしいって言うてたから、いつもみたいに笑うだけ笑って
捨てたりせんといてよ。」

義兄はアーン?と眉をひそめた。

「面倒くせぇな。」
「そんなん言わんと、ちゃんとしたげて。」

内心とは裏腹に私は懇願するような目で義兄を見た。
ここで目をそらさないのがポイントだ。

「知るか。」

義兄の答えは身も蓋もない。…何ちゅうやっちゃ。
しかし、ここで引いてはいけない。

「ねー、頼むで。お願い!」

私は普段なら間違っても使わないような甘えた声で、
義兄の制服の袖をクイクイ引っ張った。
義兄は始め、いい加減にしろ、とか言って私を払いのけようとしたが
私がしつこくねだるように言い続けたのでしまいに根負けしたかのように

「ちっ。」

舌打ちした。

がそう言うんならやってやるよ。」

やった!!
私はホッとした。とりあえず、笑うだけ笑ってポイ捨てする、
という事態は免れたようだ。

「その代わり…」

ホッとしたのも束の間、義兄はニヤリと笑った。

「お前がまず代書しろ。」

私は頭が真っ白になった。



「これでどない?」
「バーカ、この俺様がんな文章書くか。書き直しだ。」
「…これでもう4通目なんやけど。」
「ブツブツ言うくらいなら俺を満足させろ。」
「て…」
「何か言ったか、?」
「いーえ、別に。」

私は危うく「てめぇ人に代筆してもらっててそのデカイ態度は何だ!!」
といいそうになったのを抑えながらもう一度義兄の部屋に置いてある
テーブルに戻った。
言うまでも無く例の恋文の返事を考えているのである。

義兄が乙女の真心を踏みにじるのを防ぐためとは言え、
私はこの仕事を引き受けたことを後悔していた。
何せ義兄と来たら、本来自分がやるべきことを義妹にしてもらっておいて
私の考えた文章のことごとくをお気に召さない。
今も人がこれで何個目かわからない紙の玉をこさえているのに
自分はそんなことなぞどこ吹く風という顔で悠然とベッドに寝そべっておられる。

「これでどーですか、おにーさま。」

皮肉たっぷりの口調で私はこれで多分5通目は超えたと思われる下書きを
寝床の中の義兄に見せた。
義兄は私の言葉の棘など全く問題にせず、私のよこしたルーズリーフをしげしげと眺める。

「フン。」

義兄は鼻を鳴らした。…まさか、また書き直せと言うんじゃあるまいな。

「いいじゃねぇの。こいつで行け。」

行けって、あんたの手紙だろーが。まあ、これでやっと合格が出たから
よしとすべきか。
私はふぅっと、額の汗をぬぐってふと義兄の部屋の掛け時計を見た。

「げっ…」

時計は既に日付が変わったことを示していた。



結局、私は自分勝手な義兄の為に夜中までかかって
恋文の返事を代筆したことになる。
さすがに清書は義兄にさせたが、どの道大事な睡眠時間を
削られたことに変わりはない。

その日の朝、義兄に手紙を寄こした本人は私が一晩を費やして考えた返事を
受け取って非常に喜んでいた。
その姿に私は罪悪感を覚えたのは言うまでもないだろう。

こんな気持ち、おそらくあの義兄にはわかるまい。

…ちくそー、覚えてろ。

―恋文― End



作者の後書き(戯言とも言う)

跡部少年はあんましラブレターをまともに読むように思えないです。
なまじもてる分、間違いなく鼻で笑ってそーな気が…。

もしそうじゃないことが公式に発表されたら撃鉄はきっとその次の日に
彼岸へ旅立ってると思います(^^;)

ところで何でこんなネタを思いついたのかなー、と考えたら、
川原泉の「悪魔を知るもの」(白泉社文庫、
「フロイト1/2」に収録)という短編漫画に似たようなネタがありました。

…影響って怖いってことを思い知った瞬間です。(川原泉ファンなので)



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