紙の話
歴史 文字の発明、発展と記録手段の発明、発展は、知識の蓄積と伝達を容易にして、その後の知識文明の発展に大きく貢献したわけです。
その知識文明で、日本に大きな影響を及ぼした中国では竹簡と云って、竹を板状にして表面を焼いて滑らかにした上に文字を書いていました。
それを細紐で繋ぎ合わせ本として整理していた。それで本を数える単位である“冊”という文字も、この竹を細紐でつなぎ合わせた形が文字になったと云われています。
そして、この竹簡を保護するために包む包装材として使われていたのが、“紙”でした。
その包装材は、蚕の屑やぼろ布を解いたものなどを圧縮し平たくしたもので、直ぐにボロボロとなり、書庫の中は、この屑と埃だらけであったようです。
この様な状況で働いていた宦官の蔡倫(さいりん)は、この紙そのものに文字が書けないかと考え、その半生を紙の改良にかけ、105年に漁網・ぼろ布・樹皮などを使って抄いた、今の紙の元を作った(後漢書に記載)と云う事になっていましたが、最近中国北部の陵西省パチャオの遺跡から紀元前二世紀以前のものと思われる紙片が発見されました。
その後、他からも新彊地区のロプノル西安(古代の長安)の覇橋(はきょう)、甘粛省の居延(きょえん)の遺跡などで前漢時代の紙が発掘されています。
これら事から蔡倫より300年以前(中国の前漢時代)から紙が使われていたことがわかりました。
この紙抄きの技術がいつどのようにして日本に伝来したのかはよく分かっていませんが、日本に残っている記録では“日本書記”に610年に高麗の僧の曇徴(どんちょう)が絵具や墨の製法と共に紙抄きの技術を伝えたと記載されています。
処が、この記録が最初の伝来時期とは認識されていません。
大化の改新(645年)で、全国の戸籍簿を作る事が決められ、670年に“庚午年籍(こうごねんじゃく)”と呼ばれる有名な戸籍(一通は地元の国府、二通は中央で永久保存)が完成しました。
当時の日本の人口は600万人強と推定されていますから、この戸籍をつくるための紙の量は膨大なものだったと思われます。
この事から曇徴が日本へきて僅か40〜50年で全国的に大量の紙を作る為の人(紙職人)や原材料の確保が出来るとは思えません。
この様な事から、それ以前に仏教や文化、知識(養蚕・機織り・土木などの技術)が、五世紀中頃から六世紀初頃、朝鮮半島を経由して、日本に伝えられているので、紙抄きの技術も朝鮮から渡来した技術者によって伝えられ、大化の改新のころには全国の主要な所では紙抄きが行われていたと考えられています。
紙の種類
  と原料
種類は非常に細かく分類されていますが、大きくは和紙、洋紙とその他の三種に分けられます。
原料は楮・三椏・雁皮パルプ、木材パルプ、非木材パルプ、古紙パルプ(再生パルプ)などから紙が作られます。
1.和紙(楮・三椏・雁皮パルプが、主に使われる)
  コウゾ・ミツマタ・ガンピが和紙の原料として用いられた理由
 ・繊維が長く強靱
 ・繊維自体に粘りけがあるので絡みやすい
 ・繊維の収量が多い
 ・栽培をするなど、原料の入手が容易にできる
 ・比較的容易に繊維を取り出せる
 ・できあがった紙が使いやすい
 (1)コウゾ(クワ科)
   奈良時代には、既に使われており“穀紙”と呼ばれ、古今を通じ紙
   の原料の大半を占めている。
   現在も、全国各地に分布し栽培が容易で収量も多く繊維も取り出し
   やすいことから、日本で一番多く使われている手抄和紙の原料で、
   主な産地は高知県、愛媛県、鳥取県、茨城県です。
   楮の繊維は他の原料に比べて太く長いので強度・紙質・製品の外観
   ともに、バランスが良い紙となる。
   代表的な楮紙としては、奉書(主に福井県)・杉原紙(兵庫県)・西ノ内
   (茨城県)・美濃紙(岐阜県)・泉貨紙(愛媛県)などで、用途の主なもの
   は書写用や木版印刷用で、次に生産量が多かったのは障子紙、続
   いて傘紙でした。
   江戸時代には提灯・あんどん・扇子・団扇・紙衣・帯・足袋・合羽・
   膏薬・凧・双六・千代紙・郷土玩具・襖・屏風・敷物のほか、宗教・
   祭礼・儀礼・茶道用など100を越す用途に加工されて使われていた
   と云われます。
 (2)ミツマタ(ジンチョウゲ科)
   楮・雁皮が奈良時代から使われていたのに比べて、三椏は桃山時
   代(1568〜1600年)後期から使われ始め、慶長3年(1598)三須
   家文書の家康公黒印状が三椏紙の現存する最初とされている。
   江戸時代前期頃から製紙原料として使われ始め、徳川家康が伊豆
   でミツマタの製紙を奨励したと云われ、和紙原料としては、新しいも
   のです。
   その後は修善寺、後に駿河・甲州地方で抄かれたが、江戸期末
   より鳥取、明治期に入って愛媛・高知・岡山などでも抄かれまた。
   植えて3年ほどすると高さ2メ−トルほどに成長したものを原料にし
   ます。
   主な産地は四国(高知県、愛媛県)、中国地方(岡山県)の山地で栽培
   されています。
   繊維が細かく、表面が滑らかで、強度が劣るが、シワが寄り難いな
   どの特徴があります。
   明治11年、大蔵省印刷局抄紙部で三椏を使った洋式手抄紙を
   局紙(印刷局の局)として万国博覧会に出品し、ヨーロッパで多大な
   名声を博した。
   紙幣を三椏で造るようになり、世界で最も上質な紙幣として耐久力
   と美しさを誇っていたが、採算性から現在では殆どがマニラ麻と
   なり、三椏は僅かとなっています。
   他の用途として改良半紙、襖紙、印刷用紙、証書・株券、地図用紙
   などに用いられます。
 (3)ガンピ(ジンチョウゲ科)
   繊維の中には粘剤(ネリ)の成分を含有しており、奈良時代から麻紙
   や楮紙に適度に雁皮を混入して、用いられましたが、これが後にノリ
   ウツギやトロロアオイなどの粘材(ネリ)使用のヒントになったと考え
   られ、ネリを加え始めてからは、ガンピ単独の使用になったと云わ
   れています。
   その成分が逆に紙造りの際の水垂れを悪くし、厚い雁皮紙を抄き難
   くなり、多くの水気に接すると収縮して、紙面に小じわを生じる欠点
   があり太字用としては不適で、かな料紙・写経用紙・手紙などの
   細字用として使われていたようです。
   奈良時代には“斐紙”または“肥紙”と呼ばれ、その美しさと風格か
   ら紙の王と評されていました。
   平安時代には、厚さによって厚様・中様・薄様と区分され、やや厚目
   の雁皮紙を鳥の子紙と言って、越前産を最上とされていました。
   繊維は細く短かいので緻密で緊密な紙となり、紙肌は滑らかで、
   赤クリームの自然色(鳥の子色)と独特の美しい光沢がある事か
   ら、江戸時代には将軍が藩主に下付する領知目録は、極厚の雁皮
   紙で、幕府の権威を象徴するのに用いていた。
   雁皮は栽培し難く、また、採算性から山野に自生するものを採取し、
   主な産地は四国、中国地方と静岡県、和歌山県です。
   雁皮紙は微細で、光沢があり、透明度に富む。 非常に強靭で、
   変色せず、虫害を受け難いと云う特質があり、過っては謄写版の
   ロウ引き原紙として、一世を風靡しましたが、襖紙、印刷用紙などに
   用いられます。
 (5)カジノキ
   コウゾはカジノキとヒメコウゾを交配させたものと云われていますの
   で、性質はコウゾによく似ていますので、カジノキをコウゾとして紙抄
   きをしている産地もあるようです。
 (6)アサ
   日本に伝来した頃はアサが和紙の原料でしたが、その後コウゾが使
   われ始めると、処理に手間のかかるアサで紙を抄くことは少なくなり
   ました。
   世界最古の印刷物、百万搭陀羅尼経は麻紙とコウゾ紙の2種類が
   あるそうです。
 (7)その他の和紙原料
   イネ、タケ、ササ、ムギ、バナナ、クワ、クズ、スギ、ヒノキなどがあり
   ますが、単独で使われることはありません。
2.洋紙
  原料は、主に木材から繊維を取り出してパルプにしたものが使われ、
  使用する木材の種類に
   ・針葉樹:繊維が長く強い紙が抄ける
   ・広葉樹:繊維が短く表面の平滑な紙が抄ける
  パルプの作り方に
   ・機械的方法(機械パルプ)
    丸太の皮をはぎ、粉砕機やグラインダーで潰したもので、針葉樹か
    らの新聞紙や週刊誌の本文紙などに使われています。
    木材中の繊維でない部分もパルプに含まれるので変質・変色し易
    いが、インクの吸油性、紙の不透明性、高速抄紙性などに優れて
    います。
   ・化学的方法(化学パルプ)
    チップの繊維でない部分を薬液と蒸気で溶解し、繊維だけを取り出
    したもので、代表的なものとして、硫酸塩パルプと亜硫酸パルプが
    あり、蒸解する薬液の違いであり、出来上がったパルプの特性も
    違います。
    硫酸塩パルプの薬液はアルカリ性のため、繊維を傷めず強靱です。
    針葉樹の硫酸塩パルプは、漂白してないパルプは強靱であるた
    め、クラフト包装紙や板紙に使われています。
    広葉樹の硫酸塩パルプは出来た紙もしなやかで平滑性が出るの
    で、上質紙、筆記図画用紙などに幅広く使われています。
    亜硫酸パルプの薬液は酸性なため、繊維を傷つけるので針葉樹
    を使用したものが殆どです。
    硫酸塩パルプと比べ繊維の強さは劣りますが、紙は比較的強くし
    なやかであるため、高級紙に使われています。
    電気機器の部品などに使われるコンデンサーペーパーなどの特殊
    紙以外の紙は、その用途に適したもの(薬品など)を入れています。
 (1)サイズ剤
      インクや絵具などの滲み止めが目的で、以前は松脂から取れ
      るロジンサイズ(酸石灰)が長年使われていましたが、そのサイ
      ズ剤を繊維に定着させるために硫酸バンドが使用されていまし
      た。
      この硫酸バンドのために紙そのものが酸性になってしまい、長
      期保存する間に紙を劣化させボロボロになる可能性が大きいこ
      とから、紙を中性化する研究がされ、硫酸バンドを使わずに中
      性サイズ剤が使われるようになりました。
 (2)填料
      クレー(白土・ろう石などの粘土)、タルク(滑石)や炭酸カルシウ
      ム(石灰石)などの総称で、これを使うことにより、紙の平滑度
      や印刷適性などを高め、白色度を増し、裏抜けを防ぎ、紙の伸
      縮を減らし、柔軟性を与えます。
  (3)染料
      特に印刷用紙などは染料が入っている場合が多く、単行本や
      学習参考書などは黄色やオレンジ系の色が付けてあり、白い
      と思われる紙にも赤系や青系の染料が入っていることも多く、
      人間の視覚に白いと感じさせる場合には蛍光染料を使うことも
      あります。
3.その他(非木材パルプ)
 (1)ラグパルプ・リンターパルプ
   綿の紡績から出る繊維(綿ボロ)や綿の実に付着する短毛(綿くず)を
   再利用しパルプにしたもので、
   紙の風合いが良く、特に耐久性の高い紙が抄けます。
 (2)リネンパルプ
   麻を原料にしたパルプで、繊維が長く耐久性があり、たばこの巻紙
   用紙、航空便箋、聖書用紙などに使用されます。
 (3)ケナフ
   アオイ科の一年草で、東南アジアや中国、アフリカ、カリブ海沿岸、
   米国南部などで栽培されています。
   靱皮部(表皮に近い部分)の繊維は針葉樹に似ており、木質部(芯に
   近い部分)は広葉樹に近く、靱皮部のパルプは強く風合いも良いた
   め、装飾用紙、証券用紙、包装紙などに幅広く使用されています。
 (4)バガス
   サトウキビから砂糖をとったカスの堅い部分を用い、風合いが良く優
   しい手触りで、名刺や便箋、装飾用紙などの用途に向いています。
 (5)竹
   繊維は比較的短いが、美しく細やかな仕上がりの紙になります。