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お題:  初夏にひっそりと

ヒロハノマンテマ  [広葉マンテマ]
別名 レッドキャンピオン(英名Red Campion 白花のwhite campionもある)、マツヨイセンノウ(待宵仙翁)
分類 ナデシコ科 マンテマ属/シレネ属
原産地 ヨーロッパからアジア
明治時代初期に観賞植物として渡来したものが、帰化している。
利用部分 花、葉
適用 ポプリ、サラダや野菜料理、スープ
ハーブとして利用するのは、日本だけのようです。
名前の由来 “広葉+マンテマ”の構成で名付けられていて、同属のマンテマより葉が広いことに因みます。
マンテマは地中海沿岸が原産のナデシコ科マンテマ属(学名シレネ ガルリカ Silene gallica)にシロバナマンテマ(学名上の基本種)と赤花のマンテマがあり、日本には江戸時代末期(1844〜1848年)に渡来し、当時は“マンテマとかマンテマン”と云われていたと
“草木図説(飯沼慾斎1856年)、天保年度後蛮船来草木銘書(1859年記録)“に記載されています。
この“マンテマとかマンテマン”の語源については、牧野富太郎博士説と深津正氏説とがあります。
その一、牧野説は『多分Agrostemma(アグロステンマ;ムギセンノウ)と
     いう属名の転訛したものではないかと想像する』と記述しており
     ます。
そのニ、深津説は、イギリス、ノルウエー、スペインから北アフリカの
     大西洋側に分布する“ハマベマンテマ(ナデシコ科マンテマ属、
     学名シレネ マリティマ Silene maritima、英名sea Campion)
     と間違えて、日本に持ち込んだオランダ人が自分達になじみの
     ある“シレネ マリティマ”と伝え、省略と転訛したと記述しており
     ます。
その後、マンテマに定着した。
別名のマツヨイセンノウ(待宵仙翁)は、花が夕方から開くので、同様に夕方から開くマツヨイグサ(待宵草)の名を借り、また、同じナデシコ科のセンノウ(仙翁)の名を借りた。
<センノウ(仙翁)について>
ナデシコ科 センノウ属
原産地 中国
鎌倉時代に禅宗等の留学僧によって日本に渡来したようで、記録に載った最初の文献は室町時代初期の“花伝書(世阿弥 1418年)に活花で『心(しん)に立つべき花』と記述されている。
また、七夕に宮中へ献上される花扇は七種の季節の花で作られ、その中心に置かれるのは仙翁と云われます。
茶花としても珍重され、江戸時代の“大和本草(貝原益軒 1709年)、
和漢三才図絵(寺島良安編 1712年)”などにも記載され、かなり普及していたことを伺わせます。
名前の由来
京都の嵯峨にあった仙翁寺に伝わったのでこの和名が付いたと云われています。

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