Selfish Dream



何故一つのものしか視界に入らないのだろう。
浮気は無い。
どれも本気で、そのいずれにも真剣だ。
時々均衡が全然崩れず、酷く辛くなる。自分がこんな状態で相手に応えて貰えるなど不可能に近いだろう。
でも、夢がある。
「さーわーきーたー集中しろー」
「へ、」
「へじゃねえ。少しは英語に馴染んでけって」
「無理ですよ。俺の英語の成績知ってます?」
「知るか」
「一学期は2で、3以上獲ったことありませんから」
「学校の成績は殆ど授業でやった奴を出されるだけだぞ。ノートありゃ片が付くじゃねえか」
「眺めているうちに飽きちゃって、大抵テストも前半しか埋まらないし」
借りてきたビデオは単調な恋愛映画だった。どうにも気も漫ろになってしまう。河田を見れば夢中になっている訳でもないが、それでも画面から目を離すことはなかった。
「お前が真剣になれるものって本当バスケだけだよな」
「河田さんに言われたくありません」
「んなことねえよ」
せめてコメディかアクションが付加されているものにすれば良かった、と後悔した。
「そのうち英語に馴れると思うからあまり悲観はしてないし」
「ま、最大のボディランゲージがあるしな」
バスケのことである。良いプレイをすれば、自ずから道は開けるだろう。
「てかこの映画採算取れたんか?」余りにも面白くなかった。
「これ借りてきたの失敗でしたね」
「どうする?」
「もうすぐ終わりみたいだし流しときましょうよ」
「まあ…」画面を眺めやった。女が縋り付いている。「そうだな」そういって河田は大きな欠伸をした。
 留学を決めてから週に一度のレンタル料金格安日に教材がてらビデオを借りることにした。
少しは馴染んでおこうと云う腹でただのビデオ鑑賞の理由付けだった。然し最初の何本かを観て段々に興味は失せていった。そもそも映画に然程興味があるわけでもなかった。NBA鑑賞では語学どころでなくなるので論外だった。
始めた当初には結構な人数の参加者がいたが段々それも少なくなり、閑を持余したものが参加するようになっていた。 
今日は河田一人のみだ。深津も誘ったのだが、どうやら課題があるらしい。建築科は課題が多く大変そうだった。外へ出る前に訊ねた時、二三時間で終ると言っていたからそろそろ此処へ来るだろうと思い目を瞑った。
彼の夢を見るために。



 合宿所からツタヤまではそう遠くない。歩いて十分も罹らない。一人だったら自転車に乗ったが、河田が一緒だったので徒歩になった。レンタルビデオ店は夜に浩々と営業していた。
広い店内の三分の二をレンタルビデオとCDが占め、あとの三分の一はセルCD、DVD、ビデオのコーナーと書籍販売コーナーだった。大量のパッケージが居並ぶ棚の森を縦横無尽に迷い込みながら目に付くタイトルを物色して往く。
「あ、俺観るんなら此方のがいいな」
小さな小部屋になったところから洋物ビデオを持って出て来た。
「沢北、何もそれに馴染まなくてもいいんだぞ」
「馴染む心算もないですけど、男優がちょっと…似てるんで」
誰に似ているのかは暈して口にしなかったが、パッケージの写真をみれば誰のことなのか丸解りだった。ブルネットの女と東洋系の男が絡み合っている。
「お前…本気なんだな」
「なんだと思ってました?」
「別に」
「ああ、でも辞めようかな。やっぱり、」
「んあ?」
「だって嫉妬しちゃうから」
ビデオの中で相手は女だ。女にどうしても自分を重ねられない。
「俺あの人のこと好きだけど、バスケがあるでしょう?折り合い尽かなくて」
「『バスケとあたしとどっちが好き?』」
「言われたことあんすか?」
「あるわけねえだろ」後頭部を平手で素っ叩かれる。「痛いすよ、もー」叩かれた部位を撫でながら呟いた。
「どっちも…本気だから、」
「比べるもんじゃねえぞ」
「そうかな?」
「そんな気がする」
「でも俺の中では比べちゃうんですよね。バスケに本気だったら、あの人のことは本気であっちゃいけないんです」
「わかんねえ」
「やっぱり?」
人の理解は期待していない。
「だからあの人の為に生きてみたいんですよね」
「は?」
「出来ないことだから、尚更望んじゃうって言うか」
「沢北?」
「あの人が尽くしてくれる系の人だったら、つけ込めるし、楽なんだけどな」
「そんなん既に彼奴じゃねえよ」
「ですよね」
沢北はくつくつと笑った。
現実には好意を寄せているのは沢北で、あちらは飄然として思考も行動もまるで読ませることをしない。嘗て振り絞るように言った言葉も棚上げにされてしまっている。
…更に解らないのは、深津が諾も否も無く、此方の思惑を知っていて今までと全然変わっていないことだった。
保留にされているのか、と期待していいのだろうか。
淡い期待に心を躍らせていいだろうか。
「…辛い…」
棚に額を押し付けた。
「それ借りねえんなら戻して来い」
「どうしようかな」
呟いて再びパッケージを見ると、小さく吐息した。
「……辞めます」
「おう、そうしろ」
河田はビデオを適当にパッケージから取り出す。何と云うタイトルかも確認しなかった。
「…為に生きてみたい、か…」
そんな気持ちを持ったことは無かった。
深津は―――――沢北が想いを寄せる深津はどうなのだろうか。
あの飄飄とした凝り性は。
「帰りましょうか。そろそろ玄関閉まりますよ」
店内の時計をみれば長い針があと十五分ほどで九時を指し示す。
「あいつもう課題終ってるかな」
「……」
沢北は少し足許を見詰めた。
「さあ…どうですかね」
レンタルカードは沢北が持っているので会計は後輩の役目だった。勿論料金はあとで折半だ。
店を出るとじっとりと熱い。電燈に蛾が集っていた。自販機で缶ジュースを買い道すがら呑みながら歩いた。
一定間隔に歩道に植えられたハナミズキは今は花もなくただ青いばかりの樹木だ。
「でもやっぱ夢すね」
「何がだよ、」
唐突に呟いた後輩に河田は怪訝な顔をした。
「人の為に生きるなんて」
人の為に生きるなど土台有り得ない話だ。
「そりゃ慥かに夢だな。でも…ま、悪い夢じゃねえな」
横目で沢北を窺うと、沢北は少し驚いたように、けれど安堵と歓喜が綯交ぜとなった複雑な表情を見せていた。
車のライトが後輩の顔を一瞬明るく照らし出す。
「河田さん、コレ上げましょうか」
缶の中身は半分になっていた。振ると炭酸の弾ける音がする。 「お前の飲みかけなんかいるか、」
「ビデオ何借りたんですか?」
「知らねえ」
「そんな」
「どうせ彼奴の課題上りの暇つぶしだろうが」
苦笑する声が忍んで聞こえた。
「やだな、全部バレてる」
「お前が浅はかなんだ」
バスケに向かい合っている時にはバスケしか感じられない。其処に深津はいない。彼はバスケの部品の一つに成り下がる。そして深津と向かい合っている時には其処にバスケはない。それは彼との部品の一つだ。
浮気はない。
どれにもその時は本気で真剣だ。
だから、せめて夢をみる。
「好きになってくれないかな」
呟きは余りに小さくて、その声は河田にも届かなかったようだ。
無性に咽喉が渇いて缶を口に宛がい空を振り仰いだ。
その先では満天の星空が煩雑に鬩ぎ合い静寂に瞬いていた。
炭酸の弾ける音が聞こえた。



12/05/05



これをアプしようか迷った
たる〜とした小説とか漫画とか映画がとても好きなので
目指してみたんだけど、失敗してるね。コレ。
三日に渡り書いてましたが、書いているうちに主題が
弱まってしまって益々訳解らないので
また後ほど書き直します。

要は
「バスケが好きだし深津も好きで、
もうすぐ此処からいなくなっちゃうし、
あなたの為には生きられないけど
でもこんな自分だけど好きに成ってくれないかな」
と云う夢を持つ沢北って言うことです。(くどい)


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