優しさは要らない
冷めた惨い眼で俺を見て 見下すその目線が好きだ 俺は何もかもが巧く行かなくて 爪を噛んで 血が滲むのを待っている 優しさは要らないから 早く此処まで来てと懇願したい (マゾヒズムは自己に対するサディズムであると言う説を踏まえて。) 喧嘩をした――――――。 否、終いには一方的に喚き散らしたのだから、結局は一人相撲だったのだろう。 みつめる目が少し悲しげで思わず飛び出した。門限は9時であるのにその五分前に飛び出した。もう玄関は開いていないだろうし寮には戻れない。明日には寮監に酷く叱られるだろう。 そう思うと、てらてらと脂を浮かせたような海に跫を浸した。 「おーい」 声がした。空耳かと思ったが、声が近付き振り返れば、5m近い段丘上の道路のガードレール向うに河田が立っていた。 「お前心配させんな」 少し迂回したところにある石段から降りてきて近付くと頭を撲られた。 「痛っ」 「皆怪訝な顔したぞ」 「……あの人は……?」 「何だよ、彼奴に迎えに来て欲しかったのか?」 「そうじゃないけど」 今度こそ本当に呆れられたかもしれない。 そう思うと少し躰が震えた。 然し同時にそれで良いとも深淵から声がする。 夕食後にそのテーブルで始まった突発的な言わば『ミーティング』の最中だった。意見が違った。その違いの溝を埋める為に言葉を尽くす筈だった。だが尽くす筈の言葉は溝を拡げるばかりで。 違う。 言葉で溝が拡がったのではなかったのだ。 あの人が、妥協――――したのだ。 それは言わば後輩の意見を入れる先輩の鷹揚さであったのかもしれない。優しさであったのかもしれない。部としての正式な場でなかったから、余計に場の雰囲気は緩やかだった。 終いの方は沢北と深津以外に口を開いてはいなかった。 俺のことをなんだと思っているんだ―――――― そう詰ったときの深津の顔が目に焼き付いて離れない。 沢北は少し目を閉じた。 「俺、もう駄目なんですかね?」臑に冷たい海水が押しては返して往く。水には無数に月が映り込んでいた。 「あん?」 河田は砂浜に立ち、靴を脱いでいた。 「あんな顔されて」 昼に燦燦と焼けた白い砂は未だ少し温かかった。 「あんな顔?」 「男同士で好きだとかそういうことってやっぱり受け入れられないのかな」 「なんだよ、未だそんなこと考えてんのか?」 既にその峠は越したものだと思っていた。 沢北は河田に少し振り返り、自嘲気味に笑い、また背を向けた。夜の海と空の間に境は無かった。ただ上空には月だけがある。皓月が沢北の向うで輝いている。 「ずっと考えてますよ、ずっと…ね」 車の走行音が聞こえた。一瞬で過ぎ去って往く。 何もかもが巧く往かない。 「チャンスは無いのかな…。イエスともノーとも答えが貰えなくて、ずっと保留にされているのかなって思っていたけど…男同士で保留も何も無いじゃないすか。駄目だったら、絶対チャンスは無い訳でしょう?」 そういう選択肢をそもそも有り得ないとしている者を相手にすれば、其処にチャンスは無いだろう。 河田は不図、深津は何を考えているのか、初めて同輩のことを考えた。 「俺が欲しいのは、あの人にとっての良い後輩とか同じチームメイトとか信頼とか、そういうもんじゃなくて、俺が会いたいって思ってる時に相手も同じ風に感じてくれてたり、相手の行動とかそういうのに口を挿める、『特別』なんです」 バスケより自分を選んでもらえるような。 それは耳を塞ぎたくなるような我侭に聞こえた。 然し――――― 「人を好きになるってのは、最大の我侭だな…」 河田はぽつりと呟いたが波間にいる沢北には聞こえない。 あのミーティングは慥かに怪訝しかった。 否、怪訝しかったのは主に深津だ。 何故彼処で妥協を見せたのか、河田にもまるでわからなかったからだ。殊、バスケに関して彼が甘さを見せることは無いからだ。 ―――――二日ぶりに会う深津は少しだけ違った。 休みの間風邪をひいたと聞いたのは夕食の時だった。食堂にグレープフルーツを持ち込んでいたので初めてそれを知ったのだ。 黄色い皮の紅い果実。 器用に剥くと、深津は「ありがとピョン」と沢北の皿の端に置いて、初めてそれが沢北からの差し入れであったことを知った。 河田は沢北が食堂を走り出て出て往くのを扉まで追いかけて、そこで見送ることになった。 その河田に「沢北を連れ戻して来いピョン」と深津が声を掛けた。 「彼奴、どうしたんだろうな、」 「情緒不安定か」 「留学近いからじゃねえ?」 「そんな殊勝な心臓持ってればな」あの倣岸不遜な男が。 他の連中は口々に適当なことを言い募った。 河田が沢北以上にどうしたのかと思うのは、深津だった。あんな優しさを見せるのは、深津ではない。 「お前、どうしたんだ?」 「何がピョン?」 「先刻の、」 深津は顔顰め、「そういう気になったんだピョン」と言った。 「あんな目で見て欲しいんじゃない」 慈悲に満ち溢れた目――――― 「もっと冷めた、惨い目で好いんだ」 波に揺れて、声は震えていた。 「欲しいのは、俺と同じだけの深津さんなんだから」 不意に月が眩く見えて、深く目を鎖した。波の漣む音が聞こえた。 26/07/05 河田は結構繊細だと思う。 妥協=優しさではなく、優しさが他の人からは妥協に見えたって感じで つか、 御免なさい。 能く固まってないのに書いてしまいました。 なんか文章が成ってません。 醸造期間が足りない所為ですね。(溜息) 書き直す予定です。 では。 ↑previous |