栄養補給滋養強壮に 関口を青木は呼び止めた。 所長室は未だ先だ。途中の擦り硝子が上部に縦に入った茶色の扉を青木は押して、関口と共にするりと忍び入った。伽藍洞として内部には日差しの中に埃が舞う空間が広がっていた。 空気が淀んでいる。 関口は少しだけ高い位置にある青木の顔を気弱げに見上げた。 青木がその眼を覗き込むと涙が薄らと覗いていた。 「…こんなことを云うのは不謹慎極まりないし」 たった今屍を見てきて。 「況してこんな状況で、君は警察官だし」 そう前置きした。 「な、何ですか?」 青木は気色ばむ。 けれど暗に反して、関口が口にしたのは。 「久しぶりだね」 和らかく微かに笑んだ。綻んだ綿花のようである。先までの陰気な顔は何処へ行ったのか。 「え、」 微量に戸惑った。 「ほら、だって…もう…結構会っていなかっただろう?だのに、会ったのがこんな時だなんて」 正直に喜んで良いのか、歓びを押し留めた方が良いのか。 二人の心根が俄かに逡巡する。 「あ、うん─────で、君は?」 「はい?」 「何か、云うことがあったんだろ?」 こんな処に二人でいるのだ。 「ええ…あの…まぁ」 歯切れが悪い。眼が真直ぐ関口を見ない。 そしてその童顔が関口から眼を逸らしたまま、顔を紅潮させた。 「青木くん?」 伺う関口の声に益々紅味は増す。 「………人は襤褸襤褸死ぬし…何だか無力だし…此方に来たと思ったら関口さんいるし…」 青木がそんな弱音を吐くのを聞くのは初めてだった。 「関口さん、」 「何?」 「抱き締めて良いですか?」 真正面に切り出されて、関口の顔が一瞬にして熟れた。 「あ、ああああ青木くん…?」 腕が伸びて、腕に抱く。 青木の頬が関口の前髪の生え際辺りに擦りつけられた。 「鳥渡此儘で…。すみません」 いつも青木と逢うときには髭も綺麗にあったっているが、今は疎らに剃り残していて汚らしい。余り見せたい顔ではなかった。そう思う初々しさ乃至は健気さが未だ己に存在することに少しばかり驚いている関口の昨今だ。 関口も腕を青木の背に伸ばした。 抱き合う。 青木の匂いがして、関口は不図目頭が熱くなる。 知己の屍躰─────。 仮令回り逢ったのがほんの僅かな時間だろうと、知己の死を見ることは苦しかった。 二人が部屋を出て数歩の処で山下と行き逢った。怪訝な顔をされたが青木が適当に云い繕った。嘘が下手な関口は口を噤んでいた。署長室へ戻ると榎木津が部屋の主人の椅子に腰掛けていた。あの人は其処の席が誰よりも似合う。 益田を見遣る。 ──────悩ましい と思う。 事件が起きていて混乱していてだのに其処に関口がいる。 何れにも今の感情は不謹慎だ。 心が少しだけ軽いなぞ──────。 何も口にできずに青木は椅子に腰掛けた。 「如何でしたか?」と益田が関口に訊く。関口は背を丸め「知り合いの屍骸を見るのは──────厭だよ」と頭を抱えた。 行間を読む。 邪魅667頁で青関 そのうち邪魅頁を作る予定。 |