MPとぼく




 復員してきて後、関口は復学しようにも空襲によって研究室が灰燼に帰してしまい、再建は半年後の話であった。
半年程度の仕事を探していた。
関口より早くに復員していた中禅寺は改めて学位を取り既に学校の教師として働き始めていた。彼には所帯もあるので嘗てのように書物にのみ耽溺していることは赦されない。それでも人を学問へ導くことは楽しいのか、あの不健康極まりない兇悪な顔で嬉々と教壇へ立っている。
何くれと交友関係の広い中禅寺であったから、臨時の職の相談をすればあっさりと見付かったかもしれない。
けれどもその時は相談に附随される中禅寺の長広舌が些か億劫で、同時期に復員していた榎木津の許へ行ったのだ。
その時榎木津はジャズの生演奏を流す酒場に寄宿していた。殆ど流離生活だった。実家の御屋敷は焼け残ったと聞いたのだが其処に居つく心算は無いようだ。
一ヶ月前に榎木津に連れて行かれた彼の寄宿する酒場は午后五時からの営業なのでその時分に訪って見たのだが、榎木津の影も形も無かった。
主人に訊けば「何処かの雑誌に絵を描くとかで出版社に行ってしまったよ」とのことだった。 榎木津と意気投合していた主人はその友人である関口にも酷く親切だった。好意で水割りとツマミを出され、関口は相伴に預かったのだ。



 下戸であるのに関口は結局ボトルを飲み干してしまい、揺れる視界と歩みで舗を出ようとした。
その時。
「すぃまぇん」
悖った舌を回し、相手の腰あたりと見ると其処に短銃があった。
カーキーの服に短銃。
戦慄して、ゆっくりと顔を上げ相手を見遣った。
深い目鼻立ち。
眸は緑色掛った茶色で、金髪を短く刈っていた。

慄きに酔いは醒める処か、関口を昏倒させた。

眼が覚めると大きな寝台に睡っていた。
白い壁大きな窓にはゆったりとしたカーテンが翻っていた。
扉が開き新聞を片手に入ってきたのは昨晩見た外国人だった。
手には英字の新聞を持っていて、関口が起きたのを見ると寝台の横端に腰掛、手の甲で関口の頬を触った。
相手は当然英語を話すのでその凡てを理解した訳ではなかったが、関口は半年間その男、進駐軍のMPである、
と約束してしまっていた。
否契約なのか。
給金はドルだった。
MPはパンパンと呼ばれる彼女たちを流石に自分の宿舎まで入れることはないのに、関口は其処で半年を過したのだ。
彼の非番には昼と無く夜と無く交わった。
異邦人の雄芯をはじめてみた。大きかったが、柔らかくてそれだけは助かった心持ちだった。
半年間と言う契約期間。
関口の所属する研究室が出来るころ、此のMPも本国へ帰還することになっていたのだ。



宿舎の片付けは関口も手伝った。
そしてMPはカーキー色の制服に着替えると、ジープで関口をあの酒場まで送っていった。夜も更けていた。MPの帰還する母艦が日本を出るのは明朝なのだ。
出入り口に関口を下ろすと、全く米国的にMPは関口を抱き締め、そして手を握った。
背の高いMPは腰を屈めて関口と目線を合わせると莞爾と笑んだ。

「I'l miss you」

そう低く囁きジープに乗って去って行く。
関口はその後姿を見送った。

「僕も、寂しいよ、」

過したのは短い時だった。だからこそ尚も恋しい。
言葉は彼に届かず虚しく夜空に融けた。
「あ、猿発見!」
と背後で声がしたのは次の瞬間だった。