love affair in confidence 思えば二人の接点は余り無い。 関口は深く深く息を吐いた。 誠実なふりをした青年の頸に腕を回すと右腿を持ち上げられた。本日何度目か解らない挿入だのに、一向に情欲は静まることはなかった。返って敏感に成って、雄芯がいっそうそそり勃った。 荒い呼吸が耳元で聞こえると堪らず声を上げた。 神経が泥泥に混じり合っている。 頸から指を頭部へ這わせれば、髪の中は薄らと汗に濡れていた。こんな狭い窓も無い部屋で交じり合っていれば、汗は厭な程に掻く。 弛まなく続く振動に矢張り彼の若さを思った。 欠伸をした。 すると賑やかだった辺りがシンと静まり、見れば皆の目線が此方に集中していた。 「どうかしたんですか?先生」 声を掛けたのは赤井書房の若き編集者鳥口だった。 「何がだい?」 「先から何だか心此処に在らずって感じすよ」 「そう…かな?」 「ええ。欠伸も何度目か」 「欠伸?」 「していたでしょ?」 「諾…そうかな?していたかな」 自覚が無かった。自然と漏れていたのだろうか。頭を掻いて、座卓の周囲を見渡した。 「鳥口くん話を戻そう。先生はお疲れのようだ」 家主の言葉だった。 「なんだよ、榎木津なんかは其処で先刻から寝てばかりじゃないか」 座卓から縁側に伸びて榎木津は倒れていた。 「あれは寝に来ているんだよ関口くん。まあ君も暇つぶしには違いないだろうが」 「なんだよ、京極堂。突っ掛かるな」 「否、別に」 「そういえば先生、最近家にいないですよね」 「僕も行ったんですが、ご不在でしたし」 家主の中禅寺秋彦に続いて、鳥口も益田も声を揃えた。 「家に居ても鬱屈するからふらふらしているだけさ」 話の隙を狙っては紙面に目を落としている筈の中禅寺だのに、態々顔を上げて、小器用に片眉を上げて関口を見た。 「どうした?君は鬱屈しているのが好きでは無かったかな」 「失敬だな、相変わらず」 その通りだ、と心の底で声がする。 だのに自分は何をしているのだろうか。目を外界に転じる。日は未だ高い。大体の時間が察しえた。 「すまないが、僕は此れで失礼するよ」 腰を上げた。 「えー先生そりゃないですよ」 鳥口が縋った。 「何でだい?」 「今度のには先生も噛んで貰おうと思っていたのに」 「疲れるからいいよ」 軽く躱し、舖終いをした表へ出ると、京極堂の細君が戻ってくるところだった。 「あら、関口さんお帰りですか?」 「僕だけね。他の連中は未だ居るから、」 「お茶でもお出ししようと思っていたのに」 「次の機会に」 関口は頭を下げた。 自宅へ向わず、駅へ行く。電車に乗って暫しうとうとすればすぐに新宿である。 其処には彼が居る筈なのだ。 新宿の何の変哲もない仕舞家の前に青年が立っていた。実直そうな幼顔の男である。その人物を遠目に確認すると関口は少しだけ歩調を速めた。 関口に気付いた青年は少しだけ笑みを刻んだ。 「やあ、」 「京極の所からだよ」 「…怖いことしますね」 「そうだね」 同意した。 「あの人は察しがいいから」 「犯罪者のような言葉だよ」幾人もの殺人者が京極を評して言った言葉だ。察しの良い男だと。彼は恐ろしいほどに察しが良い。 「…そうですか?」 不本意だと言う表情が一瞬青年の顔に浮かんで消えた。 「そうだよ」 自分より背の高い青年の頬を少しだけ触った。スイッチが入る――――――。 黒塀の路地を入って明らかに人家の裏口を潜った。 窓を潰した少し湿度の高い部屋には暗い裸電球が一つ着いているだけで、人の汗を散々吸った敷布団が敷かれていた。三方は壁に、出入り口は戸板の引き戸が一つあるばかりだった。 此処では、背広もネクタイもいらない。シャツもズボンも下着も靴も靴下も要らない。全て棄て去って関口は青年と膚を合わせた。 言葉も無く―――――― 此処では言葉もいらない。 偶偶、通り掛ったのだ。 赤井書房の取材の帰りで編集者と別れたばかりだった。其処は所謂特殊飲食店地帯だったから足早に過ぎようとしていたのだ。警察が固めている家があった。好奇心の強い関口はそれを横目に、然ししっかりと見つつ颯颯と過ぎようとするとしていると、目が合ったのだ。なんとなく跫を止めると青木周蔵が歩み寄ってきた。 「事件かい?」 こんな処に彼が出張っているのだ。 「ええ、ちょっと。殺人未遂ですよ」 赤線地帯での事件など、大体の様相は想像に難くない。 「殺人?」 「否、未遂です」 「…関口さん、どうしたんですか?」 「え、」 「こんな処にいて」 「取材の帰りなんだよ」 「鳥口くん処の?」 「そう。相方は鳥口くんじゃなかったけどね」 戸板に白い布が罹って、青木の遠く背後を車に運び込まれるのを、肩越しに見遣った。関口の目線を追って青木もそれを見て、また関口に顔を向けた。 「関口さん、時間があったなら見て行きますか?」 「何を?」 「現場ですよ。もう害者も運び出されたし」 「殺人の?」 「だから未遂の、」 青木は丁寧に訂正する。関口はその家を下部から上空へと目線を動かして見遣った。黒塀を廻らせた二階建ての普通の民家に見えた。 「此処が?」 「仕舞屋にしか見えないでしょう?」 「うん」 「でも中は、妙ですよ」 「ふうん」 興味をそそられた。そして手を取られたわけではないが、いつのまにか家内に入り込んでいた。 「二階が主に使われるみたいですね。女たちは一階で待機して。風呂も便所も一階ですし。概外は表ではなく、裏口から入るんです」 狭い階段を昇って二階へ出た。 其処は奇妙に見えた。日本民家であるというのにセメントで壁が出来、戸板の扉が幾つも合ったからだ。 鑑識と思しき男が青木に一礼して出て行った部屋が殺人未遂の部屋であるらしい。 「こっちです」 と青木は手招いた。 「此処が?」 「ええ、」 狭い部屋だった。布団が一枚、二枚敷ければよいだろうか。窓がない。灰色のセメントの壁と、懐紙のつまった缶箱と裸電球に紅い端布の敷布団があるばかりだった。 然し布団が紅いのは端布ばかりではなく、 「血ですよ、それ」 と云うことだった。 触ろうとしていた関口は手を引っ込めた。 そして例に戸板を閉めてみた。思った以上に室内は暗い。 「関口さん、開けてくれませんか」 「あ、うん。御免。どんな感じになるのか見てみたくって。結構暗いね」 蛸部屋だ。 戸板に手を掛けると、その腕に青木が触れた。 「関口さん」 「ん?」 「僕、狭い処、余り好きじゃないんです」 「それは…」 彼は戦中特攻に居たと木場から聞いた。 「そうですよ。あの狭い棺桶での所為です」 特攻機のことを時折青木は棺桶と言った。 少し震えている青木の手である。関口は青木に向き直って、真正面に細々とした燈の下で彼を見た。 何故こんな処でと思う。 唇を合わせていた。 そして身が震える。 情欲に。 密林の中のようなねっとりとした湿度。先までの情事と殺意の痕跡。 昂ぶるには充分だった。 逢うのはいつもその仕舞屋のあの部屋を使った。 言葉では無く、喘ぎ声と態度と行為だけで二人の間を埋めて行く。 一度だけ会話をした。 「君は敦子くんが好きなんじゃないのかい、」 と。 青木も応じた。 「貴方にも奥方がいるでしょう」 と。 言葉を交わせば、寒々しい、それだった。 それからもう口は利かなかった。この狭い部屋の中では。口を開けば、互いに誠実ではないことを知ってしまったからだ。 青木の仕事の合間にだけ持たれるほんの少しの情事だ。此処へ入るなり互いに裸に成って、または脱がし合い、青木は構わず関口を撫で、舐めまわす。 互いに相向いながら。臀を突き上げて。壁に押し付けられて。 寝転がって頭と爪先を逆に互いの茂みに覆われた下腹部に顔を埋め合うことも。 若い彼の体力に時々着いて行けず、ただ為されるが儘に成ることも。 たった一回で終ることも。 濃密な三時間も。 逢ってみれば非番だと、一日中も。 言葉も無く。 誠実でもなく。 だからこそ、誰に知られてもならなかった。 思えば二人の接点は余り無い。親しく会話を交わしたことも、多いと言えるほどでもない。 だからこそ、なのか。 情欲は涌き、のめり込んで行く。 また、喘いだ。 13/07/05 本来の目的を大きく外れました。 青関です。 目下旬です。私の。 |