肌守り





─────出征前
船の出港は七日後に迫っていた。
甲板から小船の浮かぶ海とその先の戦火へ続く海原と壮大な蒼さを見せる空を見詰めながら、榎木津は不図思い立つ。出港直前に休暇が貰える。
花街に行くものもあれば、近隣が自宅であるものは最期にと、家族や妻へ会いに行く。
『生き恥』と言う言葉が大前提の戦であるから、徴集されれば皆死ぬことが義務であるのだ。今際の名残を。

「榎木津少尉どの、何処に行くのです?」
「まちこさん、僕はこれからちょっと出てくる。たぶん、戻るのは出港直前になると思うが…まあ逃げたわけじゃないから。何か聞かれたらそう答えるように」

言い含めて、榎木津は自分の帽子を今川に被せると、甲板を大股で歩いて行く。
頭を下げる下士官に左手を上げて答え、其の儘本当に六日間と三時間姿を消したのだった。
行く先は誰にも告げなかった。
何処に行ったのかと言う話題はすぐに人人の口に上ったが、上役には話しが着いていたらしく、大事にはならなかった。
概ね人人の予想は「あれだけの男前だ。そりゃ女の腹の上だろう」と言うことだった。

戻ってきたときには酷く顔の色艶が良く、「アメさんを驚かせに行こうか、」と嘯いたのだった。
少尉と言う階級と共に彼は軍内で切れ者として通り、白眉の戦術を展開させた。彼に付き従う者は非常に多かった。身の回りの世話は交代だったが、不意に今川は彼の軍服の内側から和紙の包み紙を見つけた。
榎木津はドラム缶風呂の最中だったのだ。
重いものではないし、何処かの神社のお守りのようでもなかった。不意に興味が沸いて、それを耳近くに持って行き振ると、背後から手が伸びてそれを掴んだ。
「まちこさん、人のものをそんな手荒に扱わないでくれ」
「すすみませんでした。ちょっと興味が沸いたのです…」
平身低頭謝罪すると、「見たいなら云えばいいのに」と榎木津は和紙を広げて見せた。
一寸に満たないほどの長さの黒い毛が其処のあった。
緩やかな曲線を描いて、濡れているように麗しい。
今川は自分の顔が熱くなった。
「僕のお守りだよ」
「あの…これは…もしかして…なのですか?」
しどろもどろに訊いてみる。
「そう、下の毛」
榎木津は長い指を目の前で下に向け、股間を指した。
莞爾にっこりと笑う榎木津は常に無い完璧な美しさで、その『毛』の存在に驚きに拍車を掛けた。
「僕も向うもどっちが死ぬか、二人とも死ぬか解らないからね、今生の別れに、」
また和紙を丁寧に畳んで行く。
「どちらかが死ぬか…?」
敵軍の空襲の噂は出ているが未だ戦局は本土に敵が浅薄するほどには達していない筈だ。
では─────その相手は。
「彼は今南方だって言うから何処かで擦れ違っているかもしれないが」
「彼なのですか?」
「戦争が終わったら会わせてあげよう。可愛い猿だよ」
榎木津は笑って、その和紙を懐にしまった。


12/06/06


関口巽の陰毛を肌守りにしようと、出港前の貴重な時間を費やす榎木津礼二郎。
respect:kahori ONODUKA
小野塚カホリのパロです。
つかぱくり。