blood and rose enokidu/sekigchi

 眼前があけに染まって、身震いした。その鮮烈さに。
諾々と零れるの朱集合体。
自分の手も赤いことを確認したその前で、彼が崩れ落ちた。
朱が撥ねた。
その鮮烈の中に身を浸して、横たわる、彼の姿は美しい。
咽喉が熱を持った。
震えて痛かった。そして、自分が唸りを上げていることに気がついた。
悲鳴ではない。
唸りである。
獣のような唸り声だった。片頬を朱溜まりに浸した彼はそんな己にけ咽るように微かに笑んだ。
脇腹に空いた穴を塞いでいた片腕が離れ、朱は俄かに量を増した。そして朱の量を増やしてまで、彼は己に手を伸ばしたのだった。
「そんな顔をするな」
幽かな声だった。
かそやかな、今にも消え失せそうな声だった。
「大丈夫だ」
発声する毎に朱は益す。
人は腹を震わせて話すのだから当然だろう。
「もう少しであの箱男が来るから…」
声は掠れて聞こえなかった。
己に伸ばされた腕は力尽きて、朱の溜まる混凝土の床の上に落下した。
また朱は撥ねた。撥ねて己の穿く下衣ズボンを染めた。
布に沁み込んだ朱は黒くなった。
もう片方の腹を支えていた手が天上に向かって開かれた。
花の目覚めのように見えた。
「能く見ろ、此れは薔薇の花だよ」

僕の躰の中からは真朱まほそ薔薇しょうびが零れている─────

そう云って微笑んだ。
「せ…き…」
榎木津が濁った眼で己の名を呼んで、緩慢に目を閉じた。
彼はいつも関口を魅了する。その姿態も行動も思考もその言葉も、その存在も─────関口にとっては酷い蠱惑だった。
榎木津はいつも正しいことしか言わない。
だから─────
榎木津の躰からは朱い薔薇が零れているのだ。
溢れているのだ。
関口は榎木津を埋める薔薇の只中に膝を着いて、両手でその薔薇を救い上げた。
微かに温かい。
そしてその薔薇に鼻先を寄せその馨しさに酔い痴れた。窓硝子に打ちつけられる驟雨の音を聞いていた。

『雨と夕暮れ』another story




TOXIC  Ozaki/sekigchi

服を着ると氷嚢を頬に宛がって、正座をした儘、男に背を向けていた。
「腫れ、引いたか」
長い時間黙っていた男が口を開いた。窓の無い部屋は互いの躰から滲み出る躰臭と煙草の臭いが充満していた。
「おい、」
答えないでいると苛立つように返答を催促された。
「…あ、否、諾…酷く為っている…」
男は立ち上がり、背を向けたままに男の頭を掴んで頸を捻った。
「こっちむけよ、関口」
頸を回されると、先まで関口が咥えていた男の性器が其処にあった。
そして男は頭から手を離すとささくれた薄黄色い畳の上に腰を下ろし胡坐を掻いた。
「痛いか、」
濁声が訊いた。
「それは…まあ…」
男の指が伸びた。
そして関口の左口端を触った。
指の腹が血に濡れる。
傷を直接触れられ、関口の眉が寄った。
「それじゃあ帰れないだろう」
「まあ」
相変わらず関口の口調は胡乱だ。少し苛立ったように眉根が顰められた。殴られる、と関口の肩が少し震えた。何時の日だったか、こうした態度を取るたびに関口は眼前の人物に散々殴られ蹴られたのだ。
「もう少し居ろよ」
手も足も関口に接することなく、男は口だけを開いた。
「え、」
少し面喰らう。
「今度は優しく抱くから」
「諸崎さん、」
あ、と関口は口を開いた。初めて名前を読んだような気がする。そして関口の両肩を掴んで、諸崎と呼ばれた男は関口の開いた口の傷を舐めた。

『es』after story