フォルトゥナ


 蕩児ではない。
女遊びをする心算は無いのだが、どうしても必要な時がある。殆ど相手を定めずに揚屋に入り浸った一時が合った。それは特定の相手がいる時にも熱病にように身を席巻した。
自分はそれほど淫蕩な性質なのか。
思案したこともあったが、どうしても堪えきれず淫らな戯びに耽った。
違う。と声がする。
揚屋を出て、突然押し掛けると驚いた顔をしていた。
「榎木津くん、」
呼びかける声を発するその体躯に圧し掛かった。
その躰付きはとても華奢だったが、手はとても柔らかく、温かかった。
その手を握る。
だのに─────
違う。と声がする。違和感がある。苛苛する。落ち着かない。声がする。
否、それが声なのか、それさえわからない。
ただ、ただ否定する何かが聞こえるのだ。
「煩瑣い、」
榎木津は独語した。
「…どうしたの?」
目の前の女性は、西施の顰みのような榎木津の苦々しい表情に見蕩れつつ訊ねた。
「違う」
低く呟いた。
一体此の声はいつから聞こえているのだろう。
ずっとずっと、もうずっと前から聞こえているような気がする。
そして同時に脳裏にちらつく姿がある。
頭を振った。
振り払おうとした。
気持ちが悪い。
「御免。行くよ」
榎木津はその柔らかな手を離す。
「どう─────したの?」
いつもいつも自分の欲するものを知っている。
自分のことだ。知っていて当たり前だと思うのだが、知ろうとしていなかったのだ。
身を翻えし行こうとする榎木津の腕をその柔らかな手が触れた。少しだけ。
何故少しなのか、と言えば榎木津は振り払ったのだ。その柔らかな手を。


学校を出て、もう久しい。会う機会はあの頃から格段に減っている。その下宿の在り処さえは知らない。
「関口、」
混塊土の巨大な建物の一室に関口巽はいた。不本意だったが何でも憶えている男の許にいって此処を聞き出したのだった。 「榎…さん。どうしたの、酷い顔だよ」
そう云う関口の小さな躰を掻き抱いた。
「鳥渡…!」
「酷い顔にもなるだろう。もうずっと寝てない」
「どうかしたの?」
「どうもしない」
「榎さん?」
何から告げるべきか 判らないほどに様々な感情が蠢いている。兎も角今は淫らさに浸りたかった。
骨の髄まで吸い上げて。





31/08/07
落ちが見当たんなかったので、尻切れで。
すげーねむい。