85.タトゥ





「人の躰に墨を入れると青く発色するから、刺青しせい
美しいとは思わないかい?
作家とは幻想と抱くと言うか、夢見がちというのか、青木には俄かに判別出来なかった。
「余り思わないですね」
否定的な青木の言に、関口は頬を膨らませた。そして脣を薄く開いて、煙を吐いた。艶があり、血色が能く見えるのは先まで青木が貪っていたからだ。
「刑事は情緒がないな」
「…情緒と言われても、流石に食傷気味です」
男も女も膚に刺青を施す人間を散々見てきたのだ。
未だ十代の少女の腕に彫られたものを見た時には、溜息が落ちそうになった。然程品行方正でも潔癖でも貞操観念に過敏な方でもないが、あれは居た堪れなかった。
聞けば全身にあると云う。
「綺麗だとは思わない?」
「思えませんよ」
「…ほら、白粉彫りとかあるじゃないか?」
血の巡りが良くなると、白い膚に浮かび上がる彫の一種だと聞いていた。
「つまり、やっている最中に浮かびあがってくる、と」
「うん、」
青木は目を皿のようにして、目線だけをそちらに残して煙草の煙を吐き出した。
「まあ、貴方はそういうのは好きそうですね」
それが妥協できる一点だった。
「少なくとも、僕は無理です。そんな最中に膚に浮かび上がってきたら萎えますよ。確実に。そこで興奮なんか逃げていくでしょうね、足早に」
「………そうかな…」
たぶん此の小説家はそんな状況が厭ではないだろう。興味深く、それに酔うに違いない。
「彫ってみたいと思ったことは?」
「無いです。痛いだろうし、怖いでしょう?」
否、きっとこの作家は痛いのさえも恍惚とするだろう。
「彫りたいんですか?」
「流石にそれは…」
無理だろう。関口巽は少し笑った。
妻があって、友がある。人に膚を曝す癖は無いが、そういう機会がないこともないのだ。
「考えないことも無い、ていうことですか」
「そんな積極的な意味じゃない」
「まあどうしてもと言うなら僕がしますよ」
「え、」
「あなたの腿の付け根に名前と住所を」
勿論腿の内側に。
「…え、」
「まあそれを見て誰かが萎えるといいですよね」
青木は灰皿に煙草を押し付ける。もう大分短くなっていた。
「もう時間かい?」
「残念ながら、」
勘定を済ませる青木の背を見ながら、青年は誰の名前をこの腿の付け根に彫るのだろう。関口は腿の内側に刻印をされたような痛みを憶えた。





仕事抜け出し中の青木くんと関口さん。
喫茶店で刺青談義。