白鳥異聞
いずれこの者によって身を滅ぼすことになるだろう。 惨殺された躯を前に強く確信した。 「懇ろに弔う葬るように、」 厠でばらばらと為った大碓の屍を前に上の空で臣下に命じ別帯彦大公は少し唇を噛んだ。 「既に根切つ」 と微笑んだ小碓の美しい面が脳裏に廻った。あれを身の傍に置いては為らない。未だ髪も結わない垂髪の童子である小碓は吾子でなくば、と思うほどに美しかった。 燕寝に戻り、一人に成ると別帯彦は自分の背にじっとりと汗が浮かんでいることに気付かされた。 指先が冷たい。手を見れば僅かに震えていた。そして手を握る。 あれを身の傍に置けばいつしか、此の倭も滅ぼすことになるだろう。 唾が咽喉を堕ちて往く音を他人事の様に聞いた。 倭より西の端に熊曾と云う武を持って知られる部族がいた。伏はぬ禮無き人人。 「その者等を取れ、」 つまらなそうに茘枝を口にしつつ呟くと小碓は微笑んで深く叩頭した。 それを眼の端で確認しながら、自然と咽喉がなることを制すことは出来なかった。 小碓を単身送り出して幾日後、別帯彦は寝屋で妹の大和媛から耳打ちされた。 「背な、小碓は妾の着物で建を誑かしますのよ」 囁く声と脳裏の小碓の姿に別帯彦は滾ることを抑えられなかった。嬢子の姿をした美しい小碓。その裳裾を捲れば陰茎が覗くのだ。 女人に混じって小碓は建の兄弟に近付いた。建の双人は小碓が童子であることに寧ろ歓んだ。その双人の精を同時に相手して睦言を弄して、酣に兄建を刺し殺した。 思わず逃げる乙建の背皮に追い縋った。散々己が弄ばれた同じ処である乙建の臀に小碓は剣を押し着けた。 「ま、待って。待ってくれ。その刀を動かしな給いそ。僕白言すことあり」 乙建は真裸の儘、その場に蹲り、小碓の跣足に縋って舌を使い、その足指股を舐めた。 冷たくその乙建を見遣ると、膝で額を強かに打った。 「私に触るな、」 「に…ににに汝はた、誰そ…?」 乙建の声は震えていた。 「纏向の別帯彦を知らぬか?私はその御子の小碓だ」 「は…ははは…では、では汝は父に殺されて来いと云われたのか、」 小碓は笑みを閃かせた。その笑みは大麻の如く蠱惑的に甘い。 そう感じたと同時に、乙建は全ての感覚を失った。小碓の剣が熟?の如く乙建を裂いたのだ。 「お前の名を奪おう。今より私こそ建だ」 初陣を勝利で飾ることが出来たことに小碓は少し震えた。父の朝の末席を汚すことも此れで赦されるだろう。 別帯彦の朝にこそ、『建』の名を持つ者が必要なのだ。 父からの労いの言葉を夢想して、小碓は僅かに笑んだ。温かい言葉を幾つも思い浮かべた。 『建』の吊を持つ者が他にも居ると聞いたのは、熊曾を出る折だった。 「出雲に?』 「諾。出雲建と云う猛々しい男に御座います』 出雲は倭へ往くには山の陰である。少し遠回りになるが、それでも建の吊を一つにすることになるのならば、その道程の然程のものではない。 小碓は山の陰を選んだ。 其処で合った出雲建は疑うべくもなく素晴らしい男だった。 躰の頑強なこと頭脳の明晰なこと、人に対する誠実さと優しさと。国を治めるに足る為人。 小碓は会ってから急速に出雲建に惹かれた。 「未だ髪を上げることもない少年に何だが』 「倭に戻れば、そんなのすぐだ』 「俺たちは友にならないか?』 出雲建は眩しい笑みを向けた。 「出雲と倭が等しく手を結ぶのは決して上益ではないだろう?』 上意に小碓は昔を思い出す。否、自分の年齢が年齢なのだから然程の昔ではない。 別帯彦と野に出て、兎狩りをしたことがあった。 可愛らしいその小動物を小碓は自分の愛玩として飼おうと思っていたのだ。捉えて、父に見せれば別帯彦は眼の前で兎の頸を折った。 そして薄く口元に笑みを浮かべつつ「おや、死んでしまったな」と呟いたのだった。 「どうした?小碓、」 「た…たける…」 「汗を掻いてるぜ。暑いのだったら肥河に水浴びに行こうか?」 「水浴び」 「今、肥河の治水が一頻終ったと言う連絡が入ってな。その観察がてら」 どうだ?と出雲建は訊いた。 何故今頃になってあの時の父を思い出すのか、解らなかった。 小碓は頸を振った。 「どうした?」 「あ、否、うん。行こう」 額の汗を拭った。 酷く卑怯な方法で友を殺した。 建は此の世に小碓一人と為ったのだ。 久方ぶりにまみえた小碓は以前に況して美しく見えた。別帯彦の腹に何かが渦を巻く。美しい小碓。 男の精を浴び、人を殺めて、小碓は一層美しくなった。 建の吊を吊乗ったと報告する小碓の顔を思わず正面に見た。 沸沸、と湧く。 「東の方十二道荒ぶる神、また伏はぬ者等を言向け和平いたせ」 休息も与えない、命令だった。 願っていることがある。 燕寝に一人茘枝を噛みしだきながら別帯彦は朦りと虚空を見詰めていた。 願っていることがある。 誰にも告げることも出来ぬ、秘めた願望だ。 東国を従えた美しい小碓が大軍を卒し此の倭へ攻め込んでくること、だ。 小碓はあの美しい面に残忍な酷薄な笑みを浮かべこの身を切り裂くのだ。 痛みに恍惚と勃つ別帯彦を舌舐めずりしながら手に持った刀子で断つだろう。それは宛ら大碓の如く。 小碓は大和媛の宮で声を絞り呟いていた。 「父上は…私が死ねば良いと思っている…」 死地に追い込まれた鼠の様に迎え撃つが良い。茘枝の汁が別帯彦の白い衣に飛んだ。 大和媛より草薙の剣と一つの袋を受け取り小碓は倭建として東国の平定に起つ。その間に幾人かの妻を娶り、子を成した。 けれども小碓は詠う。 倭は國の真秀ろば畳なづく青垣山籠れる倭し麗し 愛しけやし吾家への方よ雲居起ち来も――――― 父が恋しい、と。 小碓の死の報せは駅馬によって倭へ齎された。 別帯彦は大和媛との寝屋の最中だった。 何の感慨もなさそうに行為を続け、やがて一人になると漸く息を一つ漏らした。悲しみではない。 安堵の息だ。 もう二度と此の身は、此の倭は脅かされることはなくなったのだ。 小碓によって殺されたいなどと云う余りにも危うい夢を視ることは無くなるのだから。 そして御簾向うの眼が痛いまでの蒼穹を白鳥が飛び去って逝った。 10/06/05 ヤマトタケルです。(今更な題材) 父と息子の葛藤とか確執とかが大好きです。 別帯彦(=大帯日子淤斯呂和気=景行)はマゾってことでヨロシク。 小碓に甚振られたいのです。 別帯彦→←小碓 って感じですかね。 父の愛を得たい一心の息子と、息子への爛れた性欲(しかもマゾヒスティック)を秘める父親です。 そして走り書き。乱暴な文章ですみません。。。。 本当に。 |