deadroom

「厄介だな、」
と青柳は一畳程の大きさの座卓に肘を付き口にしていた。普段から厄介事に恵まれ過ぎる体質故に並大抵のことでは漏らさないのだが、口から出てしまった。
相向いの位置で床の間を背にしていた山田の顔が強張った。
「厄介か?」
「…僕じゃ太刀打ち出来ないね」
「そりゃ端から承知だが…」
思わず反感を抱いてしまう己の安い自尊心こそ嫌悪の対象だった。青柳は自己嫌悪に軽く項垂れた。
「何だよ、」
「何でもないよ」
拗ねたように言う青柳の頬を山田は手を伸ばして軽く突付いた。
「そんなヤバいもんが憑いてたのか?」
「否、憑いては無いよ…。彼女の背後には何も見えなかったし、何も感じなかった」
ただ、と言い澱んだ。


 山田五郎はブン屋である。関東北部の出身で聞けば実家は大層な温泉旅館であるらしい。其処の末っ子で有りながら長子だ。要は跡取りなのだが、学校を出て以降奔放に生きる山田を諦め両親は姉の内最も確りしている次姉を女将に決めたらしい。
今その山田は仕事を抜けてこうして青柳家の火鉢を抱え込んでいる。
山田が連れてきた女性は同僚だと言う話だ。職業婦人と言うやつだろう。
背丈も高く怜悧な容貌で化粧気も無く洋装で髪も短かった。
ただ彼女が青柳家の門を潜った途端厭な感じがした。
実際彼女は酷く疲れて見えた。
「一人暮らしなんです」
と道明寺和子は言った。
「和ちゃんは連雀町に実家があってね、今は別に棲んで居るんだ。仕事の時間が不安定だから」
「はあ」
情け無い相槌を打つ。
一緒にいるだけで疲労しているのだ。
「あの…その一人暮らしって言うのはどんな処ですか?」
余り女性と話すことが得手ではない青柳は肩に頸を窄めるような亀の仕草で訊く。
「文化アパートって言うか、」
「同潤会みたいな?」
和子は頷いた。
「―――――その部屋に、帰りたく無いんですね?」
「え…」
戸惑ったように和子は横の暢気に茶を啜る山田を見た。山田はまた暢気に笑って頷いた。
「ああ。そうです。あの部屋に帰りたく無いんです。…なんと言うか…」
座卓に青柳は肘を付き困ったような顔をした。それを目聡く見遣ってたった今来たばかりだと言うのに山田は和子を帰らせた。
そして呟いたわけである。


「厄介だな、」

と―――――
「で、何が厄介なのか聞かせてくれよ。センセイ」
火鉢の炭を転がす。
「あのさ、君は彼女に僕のことなんて紹介したんだい?」
羽織に手を仕舞い酷く不機嫌な顔をした。
「学生時分からの付き合いの何でも御座れ凄腕霊能力者」
「丸っきり嘘じゃないか!」
「まあなんていうの?気は心?」
へらへらと笑う山田の顔を一度撲り付けてみたかった。もっとも返り討ちに合うのなぞ眼に見えているのだが。
実際凄腕霊能力者など虚偽も甚だしいのだ。
慥かに奇妙しなモノが青柳には見える。そして好かれている。此方の思惑関係無く縁って来るのだ。霊媒体質なのだろう、と怪しげなことに滅法詳しい医者の千木良は言った。
霊たちに関わるとその瘴気にやられて酷く困憊し寝付くことに成るので、山田は自分の体質が大嫌いであったし出来る限り関わらないようにしていたのだ。
「でも同僚が困ってたらどうにかしてやりたいだろうよ」
山田は青柳の躰なぞ知ったころでは無いと暗に言ってのけた。
「あ、そう」
流石に呆れる。
「彼女、死相が出ていたよ」
「はっ?」
「あの儘だったら近い内に死ぬね。確実に」
「どういうことだよ!」
「例えば長屋でどうしても埋まらないところってあるだろう?誰も居つか無い部屋って。旅館とかでもそうだと思うけど。最初はそうだって解らないんだよ。でも人が入らずぽつねんと空いているんだ。凄く良い処なのにね」
「ああ、そういうのってあるな」
「そうこうしているうちに人が入るべき部屋の機能が失われるんだよ」
「機能?」
「って言うか取って代わられるって言うか」
「何に、だよ?」
鳥渡唸って顎を掴む。
「魔物、かな?」
青柳の手が動いて空中に四角を描き出す。
「色んな条件が満たされないとだけど。間と魔って感じかな。魔が差すって言うじゃない。人のぽっかりとしたちょっとした隙間に魔物が入り込んで人を有らぬ方向に導くって言う言葉。あれと能く似ている。塞がっていない間には魔が住み着くんだ。そして其処は人で無いものが入っているんだから既に空いた間じゃないんだ。人が棲めない部屋に成り代わる。人が住むべき機能が失われるんだよ。死に部屋って呼んでるけどね」
「…あるのか。そんなものが」
「君だって先刻「ある」って云ったじゃないか」
山田は言い澱む。
「で…彼女その部屋に執着はしていないんだね?」
神妙な口調に山田は知らず眉間を狭める。
「さあ。でも…たぶんして無いと思うけど」
「金銭的なものには困ってない?」
「人の金銭事情なんて知るかよ。でもたぶん困ってないと思うぞ」
「ああ、そう。じゃあ大丈夫だ」
先まで曇っていた青柳の顔が一気に晴れ渡る。
厄介だ、と顔を顰めさせていたのは誰だろうか。
「おいおい、厄介なんだろう?その死に部屋って奴は」
声を荒げる。
「まあね。でも、金銭的な余裕もあって部屋に執着も無いのなら、」
青柳は言葉を切り、満面に笑んだ。

「引っ越せば良いだけじゃないか」

呆気らかんと朗らかな口調だった。
「は!?」
「越す為の金も無いって言うんだったら厄介だなぁって思ったんだよ。死に部屋とか言う空虚なモノに僕が太刀打ち出来るわけ無いからね。御祓いも出来ないし。かと言って山田の同僚だろう?見棄てられないしねえ」
山田の手が火鉢がら離れた。
そして血管を浮かばせ拳を作り上げる。
それはゆっくりと然し確実に移動を見せ、青柳の頭上で炸裂した。
「がふっっっ」
座卓に額を烈しく接吻させ二重に頭に衝撃を受ける。
「痛いっ!何するんだよっ!」
「此方の科白だっ、莫迦野郎っ!」
口吻に泡を飛ばすように山田は怒鳴り上げる。
「余計な期待させるんじゃねえっっ」
「勝手に期待したんはそっちだろう。其の儘居たら彼女が大変な事態に陥ることは慥かだしっ」
ハンチングを拾い上げ山田は襖を開けた。
「あばよ、」
「何だい、そりゃ。あ、道明寺さんに変だなと思ったら辞めるのが吉だって云っておいて」
鋭く睨め付け、乱暴に襖を閉めて大きな跫音と共に出て行った。
「襖が痛むよ」
座卓に置かれた煙草に火を着ける。
「千木良の処に薬貰いに行って来ようかなあ」
今夜には熱が出るのは確実だから。
青柳は畳に寝転がった。





高校以来温めていたネタを僅か4kbで始末する自分も中々
(温めんな)
凄く文章が好い加減
02/12/10
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