「ま、あれだ。お前らもそろそろ仕事を始めても平気な歳だからよ。」

 

その一言が、すべての始まりだった。

 

 

 

落ち葉がひらひらと舞い散る、暖かい日差しが降り注ぐ午後。

絶好のお散歩日和だというのに、ギル・ファールスの全身からは怒りのオーラが噴出していた。

少し癖のある濃い茶色の髪に藍色の瞳、背中には大きなバスターソードと言う剣を背負っている。

そのすぐ近くにはギルの双子の弟、キリ・ファールスが同じようにこめかみを引きつきながら、かさかさと音を立てて歩いている。

同じ髪や肌の色をしている双子だが、キリの瞳はルビーのような鮮やかな赤色をしている。

そんな弟たちを、クライアントの息子たちを挟んで見ているのは、ギルとキリの兄にあたるキュアン・ファールスだ。

双子に比べ、更に幾分か濃い茶色の長い髪に濃い紫の瞳をしている。

ギルとキリの瞳の色を足したら、きっとこんな色になると思わせるような瞳の色だ。

そんな彼は、列の一番後ろでこっそりとため息を吐くのだった。

 

 

今まで師匠にくっついて、仕事のお供をしてきたギルやキリだったが、そんな彼らに師匠たちから自分たちだけで仕事をするよう言われたのが、一昨日だ。

さすがに、二人だけでいきなり仕事をさせるのは危ないからと、二人の兄のキュアンが引っ張り出されたのが、昨日だ。

簡単な仕事だと言われ、クライアントの前に連れて行かれたのが、今日の午前中だ。

仕事の中身自体は、確かに簡単だった。

クライアントの息子たちのボディーガード。

別段、命を狙われているわけではなく、外を歩く際の魔物からのガードだ。

簡単だ。

いたって簡単な仕事だ。

内容を聞かされた時、ギルもキリも、キュアンでさえ、簡単だと思ったのだから。

では今現在、ギルとキリから止め処もなく怒りのオーラが出ている理由。

それもまた、簡単だった。

「まだなのか?いい加減疲れたぞ。まったく、これだから庶民どもは・・・。」

クライアントの息子、それも6人全員が我侭だったからだ。

下は、17のギルとキリと同じ年齢の、上は20のキュアンより一回り上の年齢の子供たちだった。

それが、疲れた、いつまで歩かせるのだ、と吠え立てるのだ。

堪忍袋の短いギルと、見掛けより短いキリの二人はあっという間に切れた。

それでも、仕事をしている、という意識があるから、黙ってひたすら歩いているのだ。

もう一度、キュアンはため息を吐いた。

小さい頃から旅をしている彼にとっては、こんな人種もたくさん見てきた。

その対処法も身についているが、それが弟たちには出来ないようだ。

仕事を始める歳になったのか、と親のような気持ちを最初は持っていたのだが、隠そうともしない、その怒りのオーラを後ろから眺め、これではまだまだ子供だな、と言う思いが巡る。

このまま、何事もなくこの坂を下り終えたら仕事は終わる。

そう言う時に限って出てくるのだ、魔物が。

今まで黙々と歩いていた弟たちが、ぴたりと歩みを止めたのを見て、もう一度キュアンはため息を零したのだった。

 

 

「キリ、結界を張れ。」

すぐ隣にまで来た、一番上の兄に言われ、返事の変わりにキリは呪文の詠唱に入った。

不本意だが、仕事として引き受けたのだ、守らなくてはいけない。不満があろうとも。

自分の双子の片割れは、真正面にいる敵に迷うことなく突っ込んでいる。兄は列を挟んで向こう側にも現れた敵を警戒している。

挟まれちゃったかー、と思いながらも、そう強くはない敵に恐怖はない。

結界の中でぎゃんぎゃんと騒ぐ輩をまるっきり無視して、キリは回りに気を配っていた。

それが、いけなかったのだろうか。

自分のところにも敵が来たな、と軽い気持ちで構えたキリのすぐ横から、恐怖に耐えられなくなったのか、一人結界か飛び出してきたのだ。

「なっ!?待って!危ない!!」

初めて目の前で見たであろう、大きな魔物の出現に、恐怖に駆られた一人は混乱した頭で走り去ろうとしている。

そんな格好の獲物を見逃すほど、魔物も馬鹿ではない。

キリは慌てて、混乱している人間を突き飛ばし、魔物の攻撃から避けさせる。

その時、避け切れずに左腕に魔物の爪がかすったが、たいした傷ではない。

「何をしているの!急に飛び出したら危ないでしょう!?何の為の結界なの!?何の為の僕たちなの!?早く中に戻って!死にたくないでしょ!」

うまい具合に急所を突き、倒れた魔物を確認すると、キリは自分が助けた人間に向かい怒鳴った。

恐怖で白かった顔が、助かったと知ると青くなり、怒鳴られたとわかると赤くなっていくのを見て、キリは頭を引っぱたいてやりたい気分に襲われる。

「いいぜ、戻らなくても。終わったし。」

左から、ギルのつまらなそうな声が聞こえた。

その声に顔を上げ、ギルを見、兄を見ると、キュアンは2本の剣をしまっている所だった。

「あーもー、最悪。」

たまらずと言った感じでキリが呟けば、ギルは首を掻きながら、黙ってろ。と苛々しながらはき捨てた。

人の愚痴を聞いたら、ますます我慢が出来ないようだ。

「時間がない。急いでこの坂を下ろう。」

ギルとキリにたいした怪我がないのを確認したキュアンが、結界の中にいる6人に声をかける。

「また、魔物に襲われたくないだろう?」

小さく笑みを付けて。

 

 

 

 

「あーもー最悪最悪最悪―!!」

「うっせーな、テメーっは!ぐちぐち言ってんじゃねーよ!」

「何さ!ギルだって苛々してたくせに!」

「終わったことに、文句言ってんじゃねーって言ってんだよ!」

6人の騒がしいお守りから解放された、安い宿の一室。

夕刻にこの町に着いた3人は、クライアントと別れたこの町で夜を過ごしてから帰ることにした。

宿についてからと言うもの、キリの文句は止まらず、それに対してのギルの突っかかりも絶えない。

しかも、同じ言葉を何度となく繰り返しているから、同じ部屋にいるキュアンは頭痛さえしてきた。

元気の良い証拠だと思えば良いが、なにぶん自分も疲れているし、この宿の壁は薄い。二人の怒鳴り声は隣にまる聞こえだろう。

どうやって、二人を落ちつかせようかと思っていた時だった。

急に二人が静かになった。

「?」

珍しい、と不思議に思いながらキュアンが二人に顔を向けた、ちょうどその時。

「キリ!!」

と言うギルの声が響いた。

 

 

座った椅子の上に両足を乗せ、丸まるように膝に顎を乗せているギルと、ベットに横になり、苦しそうに嫌な汗をかいているキリから、キュアンはそっと視線をはずし、窓の外を見た。

窓の外は暗く、明るい部屋の中からでは空の星を見つけることすら困難だ。

風も吹いていないのか、眺める風景は少しも変わることなく、何かの映像を見ているような錯覚にさえ陥るような気さえする。

キュアンはまた部屋の中へと視線を戻した。

椅子の上で丸まるギルも、また動く気配がない。

幼いころに根付いてしまった不安が、無意識のうちに出てきたのだろと、キュアンは少し悲しい思いでギルとキリを見た。

キリは、あの魔物に負わされた傷が原因で急に倒れたのだ。傷自体は単なるかすり傷だったが、魔物の爪には毒があった。

体の大きな魔物だったから力だけの魔物だろうと、外見で判断してしまったのがいけなかったのだ。

毒自体も命を取るほどのものではないとわかっても、やはり苦しそうな声を聞くたび、苦しい思いに駆られる。

それも、キリとなれば昔の思い出も思い出してしまうので、たちが悪い。

 

ギルとキリが4歳のころ。キリは大病を患った。

安静にしていれば発作を起こすこともないのだが、外で遊びたい盛りの子供に、毎日家の中で大人しくしているのは酷なことだった。

さらに、病気にかからなかった自分の双子の片割れは、毎日のように外に遊びに行っては、楽しそうにキリに話すのだ。

ギルにしてみれば、ずっと家の中にいるキリに少しでも面白いものを見せてあげようと言う、子供なりの心遣いが、キリにしてみれば、外の世界の憧れを膨らませるだけの材料にしかならなかったのだ。

ある時、キリはギルと一緒に親には内緒で外に出た。

久しぶりに出た家の外、キリが大人しくしているわけがなかった。

ギルも久々に外でキリと遊ぶことができて、二人は病気を持っているということを忘れて走り回った。

結果、キリは家に帰る前に病気が悪化し、その場に倒れ、探しに来た親に担がれて家へと戻った。

ベットの中で苦しそうに声をあげるキリを見て、ギルは顔を真っ青にしてずっとその場から離れなかった。

親やキュアンがどんなに声をかけても、一歩も動かず、小さな唇をかみ締めて、涙をためた目で、キリの意識が戻るまで側を離れなかった。

 

「ギル、寝たほうが良い。もう夜も遅い。」

「・・・うん。」

キュアンが声をかけても、ギルは気の無い返事を返すだけだ。

幼い頃の記憶は、知らず知らずにずっと持っているのだろう。命に別状が無いと言われても、明日には体調が回復するだろうと言われても、苦しそうなキリを見ていると不安が消えない。

短なる風邪だったら、ここまで不安にはならないだろう。

苦しそうにしているから、それだけで不安なのだ。

自分でさえこんなに不安なのだ、双子であるギルの心中はどうだろうか?

「ギル、早く寝ろ。それとも、そんなにキリが心配ならキリと一緒に寝るか?」

「は?誰が。」

キュアンの言葉に、ギルはやっと兄に顔を向け、椅子から立ち上がった。

固まった体を伸ばすと、

「じゃあ、寝る。」

と、空いている二つのベットのうちの一つに潜り込んだ。

もぞもぞと動いていたシーツの塊が、一定の動きで上下するようになったのを見てから、キュアンは大きく息を吐き出した。

手のかかる弟だと思いながら、どこか安心する自分と、双子の彼らを羨ましいと思う自分に、苦笑するキュアンだった。

 

 

 

静かな寝息を立てていたキリが、静かに目を開けた。

俺の姿を見るなり、情けない声で、

「僕って損な役回りだよね。」

と、言いやがった。

「日頃の行いが悪いんだろ。」

と、俺が言えば、

「あはは、それは酷いなぁ・・・」

と、力なく笑い、また静かに目を閉じて寝始めた。

 

兄ちゃん曰く、今日一日はここに留まることになったらしい。

親父や師匠たちに連絡をいれ、キリの体調が万全になったら帰るんだと。

いつの間にかこった肩を回しながら、俺は宿を出た。

キリが寝ている部屋はどうも陰気くせぇ。

しかも、泊まっている宿がボロだから、いても楽しくもなんともねぇ。

どうせ今日一日はすることがねぇんだ、この町でも探索することに決めた。

 

俺はキリに、お前の日頃の行いが悪い、と言った。

が、どうも俺も日頃の行いが悪かったらしい。

一気に気分が悪くなる。この馬鹿面が目の前で、しかも俺に文句があるらしく、金持ちの能無しのボンボンは、町なかを歩いていた俺を見つけるなり、つばを飛ばす勢いで何かつっちゃべってやがる。

当然、右から左へと聞き流してはいるが、目ざわりこの上ない。

かまってやるほど俺は気が長くないんで、目の前のそれを一睨みしてから、止まっていた足をまた動かし始めた。

あー、ったく。最悪。

胸くそわりぃ。

しかし、歩き出した俺に、未だ怒鳴り続ける声の一部が引っかかった。

「・・・なのだ!だから魔物にやられるなんて馬鹿をするのだ!私を怒鳴った罰だ!」

・・・んだと?

「私に向かい、大そうな口をきくから倒れたりするのだ!」

頭のどこかで、何かが切れた音を聞きながら、俺はそれの鳩尾に膝蹴りを喰らわせた。

醜い声を出しながら崩れ落ちようとする、それの胸倉を引っつかみ締め上げる。

「おい。もういっぺん言ってみろよ。誰が馬鹿で、誰の誰に対する罰だって?あぁ?」

「わ、私はお前の雇い主の子供だぞ!こ、こんな・・・!!」

何だ、まだ喋れるのか。

「雇い主?仕事は昨日で終わっただろうが。」

もう少し締め上げる手に力を加えると、それは顔を赤く染め、人の手を必死に剥そうともがいている。

馬鹿馬鹿しい。アホらしくなって来た。

掴んでいる手をそのまま離せば、それはだらしなくその場に倒れこみ、咳き込み始めた。

あ−、マジで馬鹿馬鹿し。

その場から立ち去る俺の後ろから、何かが咳き込みながら怒鳴り散らしているが、言葉になっていなかった。

つまんねぇ。何だかすべてがだるくなって、俺はそのまま宿に戻った。

宿に戻って、一日ごろごろしようと思っていたら、なぜかぴんぴんしているキリと扉の前で鉢合わせになった。

さっきまで苦しそうにしていた病人が、ニコニコと笑顔で「帰ろう」とか言ってやがる。

いくら何でも早すぎやしねぇか?と、一番上の兄を見ると、兄ちゃんは俺に向かい頷いた。

何だよ、すぐ帰れるなら外に出たりしかったぜ・・・。

はあ、とため息を零す俺に、キリが首を傾げた。

「どうしたの?何かあった?」

「別に・・・。」

思い出すだけで疲れる出来事なんか、口に出したくもねぇ。

 

俺たちはすぐにその町から出て行った。

観光名所も何もない町だ、あるのは金持ちの別荘と、小さくて安てぼろい宿だけだった。

家に戻って数日後、俺は師匠に呼ばれ、こう聞かれた。

「お前、クライアントの息子に手上げたんだって?」

「依頼主の息子には手を上げてない。どっかの馬鹿な金持ちのボンボンには上げた。」

いつの話だよ、と思いながら適当に答えると、師匠は「ふーん、なるほど。」と訳のわからねぇことを言いつつ、大きく頷き、

「おう。もういいぞ。どっか行け。」

と、呼んだくせに、俺を追っ払った。

どうせ、あの馬鹿の親子が師匠や親父ん所にでも文句付けにでも来たんだろ。

ま、あいつらからの仕事はもう貰いそうにねぇだろーが、俺の知ったこっちゃねぇし。

つーか、こっちから願い下げだ。

 

「ギルー!兄ちゃんがまた出かけるってさー!お土産何が良いー?」

家に入り口で、キリが大声を上げている。

その隣には、兄ちゃんがいつもの笑みでこっちを見ていた。

・・・土産ねー。

「どうせなら、面白いもんが良い。」

近づいてそう言うと、「言うと思った。」と楽しげにキリが笑い、顔をしかめる俺に、「お前はいつもそれだな。」と、兄が追い討ちをかけた。

まあ、いってらっしゃい。と俺が言うえば、キリが「気をつけてねー!」と声を上げる。

ゆっくりと歩き去る兄を見届け、俺らは家の中に入った。

扉が静かに、ぱたん、と音を立てて閉まる。


 戻る