まあ、世の中には理不尽な事とかいっぱいあって、
いっぱい考えたりしてもどうしようもない事とかもあって、
それならまあ、せめて明るく生きてみようかとか思ったりしても、
生きていくにはお金が必要で。
なんの取得もない子供だった俺は、やっぱり働き口がなくって、
けれど自分を痛めつけるのは嫌で、
生きていくために、ちょっと道を踏み外したりした。
晴れ晴れとした青空の下、俺は腕を組んで盛大に困っていた。
昨日まで降っていた土砂降りの雨も影を潜め、久しぶりの雲一つ無い程の晴天だ。
木々の間から零れる木洩れ日をぼーっと眺め、
そよ風にふかれながら、俺は森の街道で突っ立っていた。
理由は、左足をぬかるみに取られているから。
バランスを崩し、立て直そうと足を踏ん張った場所がまずかった。
思いっきり、深いぬかるみに足を突っ込んでしまったのだ。
さっきから一生懸命抜け出そうともがいてるんだけど、うんともすんとも言わないから困った。
こんな情けない理由で、森の中で遭難するとは思わなかった。
困った。
更に困った事は、日に当たる背中がじりじりと熱くなってきた事だ。
日差し自体は穏やかなのに、ずっと当たっている所為か暖かいを通りすぎて熱い!
ぬかるみに突っ込んだ左足は、冷たくて気持ち悪い!
もう一回じたばたと暴れてみるが、効果なし。
困ったなー。
どうしたら良いか分からず、俺は親父譲りの緑色の髪をぽりぽりと掻いた。
すると、何やら眼下に人影が!!
俺が立っている山道の下から、こちらへ昇ってくる様子。
これを見逃してはいけない!
「そこのお兄さ〜ん!ちょーっと助けて〜!」
声を掛けると、長い茶色い髪のお兄さんは不思議そうに辺りを見回している。
「こっちー!もうちょい上ー!」
さらに声を掛けると、茶色い髪のお兄さんは暫らくして、また山を登り始めた。
茶色い髪のお兄さんが俺の視界から消えて、待つ事数分。
さっきは俺の下にいた茶色い髪のお兄さんが俺の目の前に現われた。
「やっほー。俺の名前はセランって言うんだけど、こっから抜け出すのに手、貸してくんない?」
挨拶代わりに右手をヒラヒラと振ると、茶色い長い髪に紫の目をした美人なお兄さんは、口を開かぬまま手を差し出してくれた。
「あ〜、やっぱりまだ冷たいねー。川の水は…。」
泥だらけなった靴と足を洗うため、俺は茶色い髪のお兄さんに近くの川まで連れてきてもらった。
足と手が凍っちゃう前に俺は川から出て、水気を飛ばす為ブンブンと靴を振りまわした。
飛んでいく水滴が太陽の光に当たって、綺麗だなー、とか思っていたら。急にお兄さんが話しかけてきた。
「もう、大丈夫か?」
「ほえ?あ、うん。まあ平気。助かったよ、本当。ありがと、え〜・・・」
「キュアン、だ。」
「うん。有り難うキュアン。俺の名前はさっき言ったよな?」
忘れちゃったかな?と、思い。もう一度俺の名前を紹介しようかと思ったら、茶色い髪のお兄さん、もといキュアンが小さく笑った。
「ああ、覚えている、セラン。」
その口調と笑顔が“お兄さん”って感じがして、思わず尋ねてみた。
「キュアンって歳幾つ?兄弟とかいんの?」
俺の質問の意図がわかんないらしく、キュアンは不思議そうな顔をしたけど、ちゃんと答えてくれた。
「歳は18。兄弟は下に二人いるが?」
「うそっ!俺と同い年!?俺も18!うっわー奇遇だね!」
返事に困っているキュアンの肩をポンポンと叩き、俺は靴を履きながら、やっぱお兄さんなんだな〜、とか思った。
「兄弟は?いないのか?」
「俺?俺一人っ子。親父は女作って家出ちゃって、母さんは子育てに嫌気が指して男と逃げた。つまり、孤独な奴なのよ、俺って。」
あはは〜。 と俺が陽気に笑うと、キュアンは変な顔をした。不思議そうな、困ったような顔だ。
「同情した?」
試しに聞いてみた。
「・・・同情。と言うより、変な奴だと思った。」
はい? 俺が? 変かな? って、言うか…。
「本人目の前にして言う?そう言う事。」
「本人の目の前でなければ、どこで言う?」
・・・・・・面白い人間、めっけ。
世の中にはいるんだねー、不思議な人種が〜。
黙り込んだ俺を、キュアンは今度こそ不思議そうな表情で見ていた。
「ねぇねぇ。俺さ、この山越える予定なんだ。キュアンもそうでしょ?んじゃ、一緒に行こー!」
おー!と、空に向かって右腕を突き出した俺を、キュアンは不思議なものでも見るような目で見ていた。
「つーかーれーたー…。休もうよー。キューアーンー!」
「…セラン、何度目だ?あまり休んでばかりだと、日が暮れてしまう。」
だって疲れるもんは疲れるんだし。しょうがないじゃん。疲れないキュアンの方がおかしいって!
「疲れた、疲れた、疲れたー!!!」
俺は手近にあった岩に座り込み、抗議して見せた。
山だって後は下るだけだし、さっきよりは平らな林の中を歩き回ってるだけで風景変らないし。
唯一変ったって言えば、 ……夕日が見えるかな〜。何だか空がオレンジっぽいし。
「…日が、暮れたな。」
夕日を眺め呟くキュアンに、ちょっとだけ悪かったかな〜、とか思ったりして。
俺のわがままの所為で、結局その日のうちに山を下りきることが出来ず、こんな場所で野宿する羽目になった。 まあ、しょうがないね。俺が悪いんだし。
さすがに、キュアンには申し訳無くて。お礼というか何と言うか、ごめんなさいの意味を込めて、キュアンが夕食の仕度をしているうちに、そこら辺の枝や鳥の羽でちょっとしたキーホルダーをプレゼントした。
「器用なんだな。」
当たりが暗くなって来たので、焚き火で俺のあげたプレゼントを照らしながら、感心した様にキュアンが言った。
「まぁね。こんぐらいなら、朝飯前ってやつ。」
「有り難う。ちゃんと付けておく。」
「いえいえ。こちらこそ、足引っ張っちゃって、すみません。」
俺が深々と頭を下げた後。お互いに顔を見合わせると小さく笑った。
焚き火を挟んで丁度反対側に居るキュアンが、早速俺のプレゼントを腰にある袋に付け始めた。
どうやらお財布らしい。コインが当たる音が小さく辺りに響く。
俺はその音に、本来の目的を思い出した。
と同時に、思い出した自分に嫌悪感を抱いた。
何だか嫌だな、せっかく仲良くなったのに裏切るみたいで・・・。
でも、そうしないと自分が困るのは目に見えてるし・・・。
「どうした?セラン。」
急に沈み込んだ俺を、キュアンが心配そうに見ている。
「疲れたのか?今日は早目に寝た方が良い。明日は早いぞ。」
「あ、うん!そうだね。さっさと寝ましょうか。おやすみ〜。」
俺は何だかキュアンの視線に居た堪れなくなって、さっさと夕食を喉に流し込み、毛布を頭から被るとその場にゴロリと根っ転がった。
明日には山を降りてしまう。 今夜がチャンスだ・・・。
ちょっと、泣けてきた。
何処かでフクロウが、ホーホー、とかって鳴いてます。
俺はその声に誘われる様にゆっくりと、音を立てないよう、キュアンを起こさないように起き出した。
焚き火の火は最初より小さくなっていたけど、それでも明りと暖を放っていた。
視線を起こして前を見ると、真っ暗。
光の届かない闇は、いつも俺を変な気分にさせる。胸がドキドキして落ちつかない。
今度は視線を横に向ける。
焚き火を挟んで向こう側、キュアンがこちらに背を向けて寝ていた。
規則的に体が上下に動いている。
俺は、細心の注意を払って立ち上がった。 ここでキュアンの目を覚まさせたら元も子もない。
一歩一歩音を立てないよう注意して、俺はそっとキュアンに近づいた。
もう一度、キュアンが寝ている事を確認すると、俺はそーっと手を伸ばした。
いつも以上に緊張するのは、罪悪感のせいかな?
何とか音を出さずにキュアンから財布を取ると、後は猛然と走り出した。逃げ足には自信がある。
じゃなきゃ、泥棒なんてやってけないよ。
走って走って、息が切れるまで走りまくって。
どうしようもなく、苦しくなってから走るのを止めた。
喉はぜえぜえ言って、目からはちょっとだけ涙が出て、気持ちが悪くなるくらい走ってその場から逃げてきた。
手近な木に寄りかかって、咽りながらも何とか息を整えて顔を上げると、
あーら不思議。 キュアンが立っていた。
「あれ? ・・・俺 目、やばいのかな?幻覚なんか見えてるし。」
これでもかっ!って程走って顔を上げれば息も切れてないその人が立っているなんて、幻覚の何物でもないと俺は思うんだが。
「お前の目は正常だ、セラン。」
なんと、俺の言葉に答えてくれたり。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
俺の頭が、事実を認識するまで数十秒。
「でえぇぇ!!!!!???? キュアン!!??」
どうやら幻覚でも何でもない、闇の中に浮かぶ様にして立っている本物のキュアンは、俺の叫び声に口だけで笑った。
目は、笑ってません。
その事に気付いた俺はじりじりと後ず去ると、くるりとキュアンに背を向け逃げた。
こんな若いうちに役所行きだなんて、俺は嫌だ!
逃げてやる逃げてやる逃げてやる〜!!
もう、それこそ我を忘れて走りまわって、キュアンから逃げた。
自分の回りは真っ暗で、何も見えない中小枝を踏む自分の足音と息の荒い呼吸だけが聞こえた。
無我夢中で走ってて、俺は気付くのが遅れた。
「セラン!!」
後ろから聞こえるのはキュアンの危険を知らせる声。
前にあるのは、地獄の門。
ソレに気付いた瞬間、くたくたに疲れた俺の足は立っている事すら放棄した。
座り込んでしまった俺の目の前にいる、ソレ。
黄色い大きな牙を剥き出した、大きな大きなモンスター。
一般的に魔物とも言います。 ああ、すいません! 恐怖の余り、俺ちょっと壊れかけてます。
ボケっとしている俺を見て、大きな魔物は舌なめずりをしたように思えた。
俺なんか食ったら、頭悪くなっちまうぞ〜〜!!?
と、思っても声を出すことが出来ない俺の前で、そのモンスターはゆっくりと倒れてきた。
あれ?
地響きを立てながら倒れた魔物の向こう側に、俺はまたしても幻影を見た。
同じ長さの剣を二本持ってキュアンが立っている。
「・・・・・・・・・」
さっきとは違う意味でボケっとしている俺に、キュアンは声を掛けた。
「大丈夫か、セラン?」
「あれ?本物?」
近づいてくるキュアンに、俺は呆けた声で尋ねた。
「・・・さっきも似たようのことを、言っていたな。」
俺の頭、やっと覚醒。
良く見れば、苦笑しているキュアンの持っている二本の剣からは、何かの液体が付いている。多分魔物の血だろう。
と、言う事は。キュアンがあれをやっつけてくれて、俺の命の恩人でもある、と。
命の恩人。 = 俺の命は助かった。
・・・・・・・・・・・・。
「うわー!!キュアン〜!キュアンさまー!助かったー!!命の恩人様ー!うわ〜ん!!神様仏様キュアン様ー!」
突然抱き着いてきた俺に、キュアンは盛大に困っていた。
それより何より。俺は、自分の命ありがとう!って感じでどうしようもない! わかる?わかる??
「セ、セラン。取り合えず落ちつけ。」
俺の余りの様子に、キュアンが引きつつも落ち着かせようとしてくれる。
「うわーん!もう、生きてて良かったー!俺、死んで無いー!!」
それでも喚いている俺の耳に、大きな溜め息が聞こえたような気がした。
またまた俺の所為で、キュアンが簡単な焚き火を作ってくれた。
俺はその前で縮こまって、覗う様にしてキュアンを見た。
あれから、どうにかして落ちついた俺を、キュアンは何事も無かった様にここに座らせ、自分は焚き火を作り始めた。
何事も無かった様に・・・。 俺が財布を盗んだことにも触れて来ない。
俺のことを無視しているとかじゃなくて、最初に会った時の様に俺に接して来る。
怒って無いわけ無いよね?もう、ぷんぷん?怒り狂ってる?・・・分からん。
キュアンは無表情、ってわけでも無いんだけど表情が読みづらい。 今も、何を考えてるんだかさっぱり分からない。
「あ、あの〜・・・。」
おずおずと声を掛けると、キュアンが無表情のままこちらを向いた。
紫の瞳が何も語ってくれなくて、俺はちょっと怖くなってきた。
「これ、お返しします・・・。すみませんでした。」
キュアンから盗んだ財布を差し出して、俺は深々と頭を下げた。
しかし、何時まで経ってもキュアンが財布を受け取る気配は無い。
そうっと顔を上げると、キュアンはやはり無表情のまま俺を見ていた。
「キ、キュアン・・・?」
「いい。それを糧にして、こんなことやらなくて済む様に、どうにかならないか?」
はい?
「こんなことをしていれば、何時かは捕まるぞ?」
「いや、うん。そうだけど・・・。」
「分かっているなら、いい。」
そう言って、キュアンは優しく笑った。
ど、どうしよう。俺、今ザックリ来た。
い、いや、ザックリと言うか、 ズドンと来た。
なんて言うか、仏様に諭された気分? 別に神様を信じてる訳じゃないけど、そんな気分。
「でも・・・。俺、他にお金を稼げるような事出来ないし・・・。何やってもダメだし、すぐ要らない言われるし」
「私にキーホルダーをくれただろ?それを売ってみればどうだ?」
「でも!あんな物買う人なんて・・・。」
「セランなら大丈夫だ。」
「・・・本当?」
「ああ。」
「・・・・・・し・・・」
「?」
「信じても良いかな?」
俺が照れながら言ったその言葉に、キュアンは最大級の笑顔を見せた。
「ちょーっと、そこ行くおじいちゃん!」
「なんじゃ? わしか?」
ここは山の麓の村広場。
「そうそう!ねっね。どう?お孫さんとか奥さんにいかが?」
俺は朝方からずっと作ってた「商品」を、おじいちゃんに見せた。
「なんじゃ?押し売りか?」
「とんでもない!見てよ。これ、全部俺の手作り!」
「ほう。・・・器用なもんじゃな。」
素直に誉められて、何だか照れくさいねー。
それを誤魔化すためにちょっとだけ、後ろを振り返ってみたりして。
離れた所で、キュアンがこちらを見ている。
俺は軽く手を振って、もう一度お客さんに向き直る。
これは、俺の始めての商売。
ここからもう一回人生をやり直して、新しい土を踏むんだ!堂々と!
「どう?安くしとくし。それにおじーちゃん。腰にこうやってぶら下げとくと、何か良いアクセントになるでしょ?」
暗い大地から抜け出して、日の当たる場所へ! これはその第一歩!!
「・・・確かに・・・。 一つ、どのぐらいじゃ?」
「毎度あり!!って、言っても値段決めてなかったんだよね。いくらでも良いよ?おじーちゃん決めて。」
「良いのか?そうじゃなー・・・。」
おじーちゃんはそう言って、俺の始めての商品を三つ買っていった。
俺の手の中には、考えていた金額よりもはるかに高いお金が・・・。
・・・ああ。 感動・・・・・・。
お金を握り締めて、感動に浸っている俺にキュアンが近づいて来た。
「どうだ?上手くいったようだな。」
「・・・キュアンー!!」
感極まった俺が抱きつくと、キュアンは軽く背中をポンポンと叩いて慰めてくれた。
「俺、もう、本当。感謝してもし足りないぐらい感謝してる!ありがとう!!」
心を込めて頭を下げると、キュアンは驚いたような顔をして、「大丈夫そうだな。」と言った。
「もちろん!俺、堂々と生きていく。自分自信に恥じない様に。」
これから出会う人達に、俺が正真証明の笑顔を作れる様に。
「でも、この村でキュアンとお別れするのか〜・・・。さびし。」
「セランも旅をするのだろう?なら、また何処かで会えるさ。」
そう言って小さく笑うキュアンに、「そうだね。」と俺は返事をすると、大きく伸びをして空を見上げた。
「あ、雲だー雲。・・・雲かー。俺も雲のようになりたい。なれるかなー?」
何となく思いつきでキュアンにそう聞くと、キュアンは真面目な顔でこちらを見ると、
「なれだろう。セランなら。」
と、真顔で言った。
「・・・何か含んでるようないい方・・・。・・・まあ、いっか。キュアンがそう言うんだし。」
雲のようにふわふわして、誰にも掴めないように、誰にも俺を止められないように、風に流されて自由に生きてくんだ!これから!!
そしたらきっと、世の中はイロイロ面白いから。きっと良い事にいっぱい出会える!
俺はこの日から新しい道を手に入れた。
Fin