ギル・ファールス 4才
天命 紅炎 と言う男のもとへ弟子入り。
その日、父親カイエンに連れられ、ギルは天命の家へ出向いた。
正直言うと、まだ幼かった子供の視線では、天命はとても大きな「おじさん」に見えた。
少々怖気づきながらも、これからよろしくお願いします。とギルが言うと、天命は楽しげに笑った。
いくら顔見知りでも、大きなおじさんと2人きりにさせられギルは戸惑った。
いつも一緒にいるはずのキリの姿も無い。
「さーて、どうしたもんか…。」
などと呟いている天命の行動を、ギルはじーっと見ている事しか出来ない。
「…おじさん……。」
やっとの思いでそう言ったギルは、次ぎの瞬間、その場から一歩引いた。
大きなおじさんに睨まれた。と、その時思ったからである。
「なるほど、まずは躾か…。ギル。これから俺様の事は“師匠”か“天命様”と呼べ。分かったか?」
「師匠」はともかく、4才の子供相手に「様」付けをさせようとは・・・。
こんな男に子供を預けて良かったのだろうか?
少なくとも、子供はいやがっているようだ。
「…うん。」
師匠と呼べ。と、言われた事にギルが小さく返事を返すと、
「うん。じゃなくて はい だろ。」
と、頭を小さく叩かれた。
ギルは今逃げている。
一生懸命。本当に一生懸命逃げているギルの後ろから、何処かのんびりした天命の声が響いた。
「ほれほれ。さっさと逃げねーと燃えちまうぞー?」
ギルが逃げているもの、それは炎だった。
それも、見るからに燃え盛る大きな炎だった。
それがギルの背後、ギリギリの所で追ってくるのだ。
少しでも走るスピードを落とせば、あっという間に炎に呑まれる事だろう。
ギルは一生懸命に逃げている。
天命はそれを眺めている。
逃げ回る事、2分・3分…。
4才の子供にしては凄い持久力では無いだろうか?
さすがに、ギルの走るスピードはヨロヨロである。
それでもギルが炎に呑まれないのは、天命が炎を操っているからだ。 …当たり前だが。
しかし、へとへとのギルにはそんな事すら分からない。
倒れるようにその場に座り込んでしまった。
全身で息を吸い込むギルの前に、天命は屈み込み。
「今回は3分半。今度は5分以上行かねーとダメな?」
と、ギルにとっては鬼のような笑顔を見せた。
「さて、今日は始めてだしこの辺で止めっか。おい、こら。何安心してんだ。まだ帰らせねーぞ。」
そう言った途端落胆の色を濃くしたギルに、天命は「これを見てみろ。」と、背中にあった大きな剣を見せた。
とても大きなその剣は、切ると言うよりは叩き潰すような剣で、とても重たそうだった。
「・・・おおきい。」
「だろ?お前にもいつか持たせてやるよ。それまで憧れてろ。」
剣の大きさに目を丸くするギルの頭を優しく2度叩くと、天命はその剣を置き、ギルと向かい合うようにして座った。
「さて。残りの時間で、俺様の冒険談でも話してやるか。ちゃんと聞けよ?」
ギルにも座るよう指示し、天命は昔話を始めた。
天命にとってはたんなる昔の話だが、ギルにとってその話しはまるで絵本のような物語で、4才の男の子を夢中にさせるには簡単だった。
夢中になって自分の話しを聞くギルの様子に気を良くした天命は、調子に乗って様々な昔話を披露した。2人ともそれぞれに夢中になり、一段落ついた頃には日はもう暮れていた。
慌ててギルを家に送ると、いつもは無表情なカイエン――ギルの父親――が何処か楽しげにギルと天命を見た。
「……何だよ。」
ばつが悪そうに顔を顰める天命に、カイエンは礼を言うようギルの頭を押した。
「ありがとうございました!」
元気良く頭を下げたギルはそのまま、双子の片割れが待っている部屋に一目散に駆けて行った。
「やれやれ。ま、明日からは送り届けねぇからな。」
いつものように何の反応も示さないカイエンに片手を挙げると、天命は自分の家に帰っていった。
こうして、ギル・ファールス 4才の始めての弟子入りは幕を閉じた。