「カイン…。」
そう言って俺を強く抱きしめたアークは、小さな溜め息を耳元で零すと、
「…食べさせてくれ。」
と、言った。
「腹減ってるのか?」
そういや、最後に食べたのは何時だったか…。 結構前である事は変わりないが、唐突に言うのは止めろよな。
・・・不意打ちさせられたようで、何だか落ちつかない。
「お、おい。」
俺がそんな事を考えている間に、アークは返事も聞かずに俺をソファの上に押し倒した。
毎回思うが、食事の時のアークは性格が変わる。
何て言うか…。 押しが強くなる。
俺は毎回押されっぱなしの気がするが、この時の対処の仕方がどうしても分からない。
と、言うより、動揺している間に押し倒されている気がする。
「頂きます、は?」
これがせめてもの抵抗と言うか、間近にあるアークの顔を見上げながら、
・・・少し、意識して微笑みながら聞く。
何故ここで笑うかというと、
俺がこの時こうやって笑うと、アークの動きがピタリと止まり、その時だけに見せる何時もと違った強い瞳で俺を見るから…。
このときのアークは、「魔」の者であると嫌でも認識させられる。
そして、それに惚れた俺は堕ちた者だと改めて思わされる。
始末の悪い事に、俺は一番この時のアークに惹かれている・・・。
カインの白い肌に唇を寄せる時、そのまま細いその喉を食いちぎり、溢れる甘い血で喉を潤したいと言う行動に駆られる。
それと同時に、ガラス細工にでも触れるかのように優しく、包み込みたいと言うある意味相反する気にもさせられる。
まるで誘う様に微笑むカインには、毎回心臓を掴まれた気分になる。
その微笑で、お前を壊してしまいたい気持ちに拍車が掛かってしまうから…。
そんな私の心中を知らず、カインは怪しく微笑む。
俺の首に顔を埋めると、アークはまるで首の血管を探すかのように唇を移動させる。
何故か速まる動悸を落ちつかせようと唇を噛み締めるが、アークの掌が俺の頬を撫で、それすら上手くいかない。
アークは唇をあちこちと動かしながらも、時々味見をするかのようにちろちろと首筋を舐める。
くすぐったいのと、胸の奥から込み上げる何かに首を竦めるが、アークの手が俺の顔を上に上げさせ、竦めるどころか喉をさらけ出す様な姿になってしまう。
「・・うっ・・・。」
何かに救いを求め、胸にあるロザリオと俺の体の上に散らばっている闇をそれぞれ片手に掴んだ。
まるで嫌がる様に左右に揺れるカインの顔を両手で押さえ、その甘い血の流れる場所を必要以上に捜す。
悪戯に、少しだけ舌で触るとカインの体がピクリと動き、その顔が歪む。
その少しだけ赤く染まった顔がとてもいとおしく、カインにばれないよう小さく笑う。
その途端髪の毛を引かれた。
笑った事がばれたのかとそっと覗えば、カインは強く目を閉じたまま私の髪を強く握っている。
・・・本当に、いとおしく思う。
私はカインの白く細い首筋に、そっと牙を立てた。
甘く、柔らかい香りが口中に広がる。
まるで、カインの命そのものを食べている錯覚に陥る。
全てを食い尽くし、二度と私から離れられぬようにしてやろうか…。
その瞳に私だけしか映らないよう、壊してしまおうか…。
カインの血はとても甘く、まるで強い麻薬のように私を狂わせる。
血が抜かれ、力が失われて行くのに、何故体は熱くなるのだろう。
顔も体も、さっきまでとは違う感覚に曝され、その熱に頭に霞がかかる。
それなのに、首筋の一点だけがとても冷たく気持ちが良い。
何故だろう・・・。
ぼんやりしている俺の視界に、アークの顔が現われた。
闇色の髪に金の瞳。 唇だけが俺の血に染まり赤く、とても目立つ。
ちゃんと食事を済ませたようで、俺は安堵した。
唇の血は俺の。 他の誰でもない、俺の血。
熱に浮かされた体と頭に霞がかかった俺は、何も考えずにアークに腕を伸ばした。
そっと俺の体を起こしてくれたアークの首に両腕を絡ませると、その力強く綺麗な顔に、触れるか触れないか程度まで顔を近づけた。
「それ、俺の血…?」
小さく、囁くように問えば、アークはクスリと怪しく微笑みながら答える。
「ああ、そうだ。これはお前の血だ。他の者の血だと言う事はこれから一生ありえない。」
そしてゆっくりと、血に染まった唇が、俺の唇に触れた。
深い眠りから目を覚ませば、
「大丈夫か、カイン?」
と、アークが言う。
「平気。別に何ともない。」
と、俺が答えれば、
「今度も頼んだぞ。」
と、アークが俺の耳元で楽しそうに囁く。
血反吐を吐いても、私は一切責任を取りませんので、その辺はご了承下さい。