空気の流れさえ止まったような、空間。静かな畳みの匂いと、白くぼんやりとした障子のある部屋に、一匹の黒い蝶が、ヒラヒラと不安定に飛んでいる。ヒラヒラ ヒラヒラと飛んでいた蝶が羽を休めたのは、白く長い指の先だ。和の部屋には不釣合いな短い銀の髪、薄く開いているその目は、左右の色が不自然だ。オッドアイ右目が透き通ったようなエメラルド左目は深い色を称えたブルーほっそりとした体は、しかし無駄が無くその体を作り上げていた。白い壁にもたれ、障子から漏れる、薄い光に照らされている目の前の巻物を見ている彼は、静かに、指の先に止まった自分の蝶を見た。白い指の先に止まった黒い蝶は、小さく羽を振るわせたかと思うと、音も無く、静かに粉となって崩れた。「下らない。つまらない仕事ばかり押し付けやがって・・・。」誰にとも無く呟くその声は、低くも無く高くもなく。「百済(くだら)!百済 深景(みかげ)!!仕事だ、何時もの広間で客が待っている。急いで行かぬか!」廊下から聞こえてきた、静かな空間を壊す無粋な声に、彼はもう一度目を閉じ、小さくため息を吐いた。「百済!聞こえているのか!?」勢い良く開かれた自室の扉を開け放った主を、その左右の違う瞳で一睨みし面度臭そうに立ちあがる。ひらひらひら・・・。主の入なくなった部屋に黒い一匹の蝶が舞う。ひらひらひら。銀の髪の彼が、早く帰って来いとでも願うように。