広州

西漢南越王墓 六榕寺 陳氏書院 中山紀念堂
秦の崩壊後、秦の将軍であった趙佗が自ら王を名乗り、ここに南越国を建国し、現在の広州を都とした1983年、偶然、前漢時代の南越国第二代王文帝の石室墓が発見された。 537年(梁の大同3年)に創建され1400年以上の歴史を誇る古寺。もともとは浄慧寺といったが、蘇東坡がここを訪れ、榕樹(ガジマル)の樹が生い茂っているのを「六榕」と詠んだので現名となった。 別称陳家祠。清の光緒16年から20年(1890年から 1894年)に当時の広州72県の陳姓の人々がお金を出し合って建立した族祠と書院。ここで陳氏一族子弟の教育も行った。 1931年に中国革命の父孫文を記念して建てられた講堂。入口には孫文の筆になる「天下為公」の額がかかっている。中に入ると精巧な装飾が施された 天井と重厚な舞台に見とれてしまう。
五羊石像 鎮海楼          
       
広州の象徴。伝説によると、広東省は昔貧困な土地だったが、神が5匹の羊に、それぞれ一種ずつの穀物のタネをくわえて舞い降りさせたので、この地は五穀豊穣の土地になったという。そこから広州のことを羊城という。 1929年に創設された越秀公園内にある博物館。建物の鎮海楼は1380年(明の洪武13年)に越秀山の城壁の上に造られた著名な古代建築物である。西側には碑廊と大砲の台座があり、23の石碑と明清時代の各種大砲が。