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若様 ルーナエ マルティス メルクリィ ペンプティ フライデー セバスチャン 半熟兵士


セバスチャン・半熟内閣が発足されてはや1年、アレなサイトでこの星最大のスポーツイベントの司会を担当することになりましたぞ。
若様・地球にやってきて随分経つけど、こんなにサッカーの人気があるとは思わなかった4。

ルーナエ・
四次元語が移っているぞ。それはともかく、代理戦争などという言葉があるくらいだからな。大した盛り上がりぶりだ。
マルティス・そう思うか?リローデドでも週末の夜には結構サッカーで盛り上がってたもんだぜ。

メルクリィ・ともあれ、この戦いは四次元軍との戦い以上に予想がつかぬ…。

フライデー・何いうとんねん。今まで17回開催しとるらしいが、200以上もの参加国・地域があるのに、7カ国しか優勝しとらんやないけ。
どうせその一部の「優勝候補筆頭組」から今回も優勝がでるんやろ。結構誤審、八百長、試合の操作疑惑もでとるらしいしのぉ。

ペンプティ・参加国は昔は少なかったんだろう?それにしても、まさに形を変えた民族紛争勃発って所だな。

マルティス・プロレスなら勝者は最初から決まってるんだがな。
セバスチャン・…。
半熟兵士・そうなんです!この大会は1930年から4年に1度行われている由緒ある大会ですが、独裁者の強引な大会誘致や本物の戦争を引き起こした例、
数々の疑惑のゴールや試合が生まれた混沌の戦いでもあるんですよ。
若様・でもそれって結構面白いよね。
ルーナエ・だからこそな。それに他のスポーツに比べて番狂わせが起こりやすいのも魅力だな。私の星の文化ではそのようなものはないからな。
マルティス・俺も予選はだいぶ観たし、この星のサッカーについてもそれなりに勉強したけど、みんなは大丈夫なのか?
ペンプティ・まあ、それなりにな。だが各グループリーグでは我々は8手に分かれ、既にパラレルワールドからやってきて予選をじっくり観戦した
手強い論客を迎えて共に解説するようだ。多少抜けたとこがあっても問題あるまい。

半熟兵士・そのようですね…ではちょっと各大会についておさらいして、各グループに分かれましょう。

第1回ウルグアイ大会(1930年)
優勝・ウルグアイ(1)準優勝・アルゼンチン
大会方式・グループリーグの後4国によるトーナメント

移動手段が船しかなかった当時、欧州の国がこぞって参加を渋った大会。
予選なしでも欧州4、南米7、メキシコと米国の13チームしか集まらなかった。
第2回イタリア大会(1934年)
優勝・イタリア(1)準優勝・チェコスロバキア
大会方式・16チームによるトーナメント

イタリアファシスト党の党首ムッソリーニが自らの政権を宣伝・権力誇示のために強引に誘致した大会。
イタリア戦では審判のイタリア寄りの判定が目だった。ブラジル、アルゼンチン人の計5名もイタリア代表に。
第3回フランス大会(1938年)
優勝・イタリア(2) 準優勝・ハンガリー
大会方式・16チームによるトーナメント

大戦の影が徐々にちらつきはじめる。この大会から地域予選が導入(32チーム)されたが、オーストリアは大会前に併合され
消滅、日本も日中戦争勃発で蘭領インド(現インドネシア)との決戦を断念した。大会は今度こそ実力でイタリアが連覇をもぎとった。
第4回ブラジル大会(1950年)
優勝・ウルグアイ(2) 準優勝・ブラジル
大会方式・13チームによる予選リーグ&決勝リーグ

12年ぶりに復活。ところが大会前に参加予定の国が次々とケツをまくり始め、予選リーグはC組が3カ国、D組
が2カ国のみという異常事態に。決勝でブラジルが敗れ、観客の4人がショック死した。
第5回スイス大会(1954年)
優勝・西ドイツ(1) 準優勝・ハンガリー
大会方式・16チームによる予選リーグ&8チーム決勝トーナメント

グループリーグ4国中2チームはシードされ、シード国の対戦はなかった。またトーナメント初戦の対戦も1位対1位、
2位対2位という、06年WBCのように奇怪な大会方式。大会は当時「マジック・マジャール」と呼ばれた無敵のハンガ
リーが快進撃(対西ドイツ8−3、対韓国9−0、対ブラジル4−2、対ウルグアイ4ー2)で楽勝ムード。ところが決勝
では再び当たった西ドイツに敗れる(西ドイツの選手には試合後黄疸の症状が見られ、ドーピングの疑いがかけられ
ている)。ハンガリーは以降動乱でチームは散り散り、無敵のチームは事実上消滅した。
第6回スウェーデン大会(1958年)
優勝・ブラジル(1) 準優勝・スウェーデン
大会方式・16チームによる予選リーグ&8チーム決勝トーナメント

ブラジルは「サッカーの王様」ペレが17歳で初登場、念願の初優勝を飾る。尚、前回の変な方式は見送られ普通の予選リーグに。
また、今大会フランスのジュスト・フォンテーヌがあげた13ゴールという記録は、おそらく未来永劫破られることはないはず。
第7回チリ大会(1962年)
優勝・ブラジル(2)準優勝・チェコスロバキア
大会方式・16チームによる予選リーグ&8チーム決勝トーナメント

大地震があったにもかかわらず開かれた大会。ペレはケガでリタイヤし、イタリア対チリはバトルロイヤルと化した。
それでも大会は優勝候補筆頭のブラジルがそのまま優勝。ペレのかわりに「小鳥」ガリンシャが大活躍。ちなみに3歳児の
知能しか持ち合わせていなかったらしい。
第8回イングランド大会(1966年)
優勝・イングランド(1) 準優勝・西ドイツ
大会方式・16チームによる予選リーグ&8チーム決勝トーナメント

いよいよサッカーの母国イングランドで大会が行われた。出場枠が1つしか与えられないことにキレたアジア、アフリカ諸国は
軒並み予選をボイコットしたが、大会組織委員会は「大勢に影響はない。強豪国は全て揃っている」のコメントで一蹴した(笑)。
この大会ではその地域から出た北朝鮮がイタリアを破る金星を挙げる。ポルトガルは更に上をいき「モザンビークの黒豹」エウゼ
ビオが大会9ゴールを挙げ3位に導く(北朝鮮戦も0−3から5点を上げ逆転勝利)。決勝ではイングランドのジェフ・ハーストが挙
げた「疑惑のゴール(クロスバーに当たってわしにはどーみてもゴール外にたたきつけられている)」が未だ論議を呼んでいるが、
本人の自伝には(やっぱり)
「あれはノーゴールだった」と書いてある。
第9回メキシコ大会(1970年)
優勝・ブラジル(3) 準優勝・イタリア
大会方式・16チームによる予選リーグ&8チーム決勝トーナメント

初めて中米で開かれた大会。アジアはメキシコ五輪3位の日本が有力視されていたが、予選敗退した。エルサルバドルとホンジュ
ラスは予選の一戦が本物の戦争へ発展した。本大会では準決勝のイタリア対西ドイツが「20世紀最高の試合」といわれた(4−3)。
優勝は29歳と全盛期を迎えたペレ率いるブラジルが魅惑のサッカーで優勝を遂げる。決勝のイタリア戦も4−1だった。
第10回西ドイツ大会(1974年)
優勝・西ドイツ(2) 準優勝・オランダ
大会方式・16チームによる1次リーグ&8チーム2次リーグ、1位同士が決勝、2位同士が3位決定戦

何でも「20世紀最高の大会」ってことでフジテレビ739で全試合放送された。予選リーグの東ドイツ対西ドイツ(1−0)の戦い、「速攻
のポーランド」の快進撃、ヨハン・クライフ率いるオランダの「トータルフットボール」などが話題を集めた。これらを打ち破って優勝
を成し遂げたのが「爆撃機」ゲルト・ミュラーと「皇帝」ベッケンバウアーに率いられた西ドイツだった。
第11回アルゼンチン大会(1978年)
優勝・アルゼンチン(1) 準優勝・オランダ
大会方式・16チームによる1次リーグ&8チーム2次リーグ、1位同士が決勝、2位同士が3位決定戦

クライフがわずか1回の出場で代表から降りてしまったが、オランダは彼抜きでも決勝へ進出。「闘牛士」マリオ・ケンペスの活躍で
優勝したアルゼンチンには八百長疑惑がかけられている。2次リーグの最終戦ペルー戦で、4点以上の得点差が必要だったアル
ゼンチンは本当に6−0と快勝した。この手の疑惑は次回にも…!
第12回スペイン大会(1982年)
優勝・イタリア(3) 準優勝・西ドイツ
大会方式・24チームによる1次リーグ&12チーム2次リーグ、4チームによる決勝トーナメント

参加枠が24に増大。前回のアルゼンチン対ペルー同様、西ドイツ対オーストリアで「談合試合」が行われ、アルジェリアが振り落と
された。この試合を契機に次回からは予選最終戦は同時刻にキックオフされることになったが…。ブラジルはジーコ、ファルカン、
ソクラテス、トニーニョ・セレーゾの「黄金のカルテット」で臨みダントツの優勝候補に挙げられるも、2次リーグでイタリアに屈した。
イタリアはそのまま優勝、パオロ・ロッシが6ゴールで得点王に。
第13回メキシコ大会(1986年)
優勝・アルゼンチン(2) 準優勝・西ドイツ
大会方式・24チームによる1次リーグ、16チームによる決勝トーナメント

ようやく管理人もW杯の存在を認識しはじめた頃の大会。当初コロンビアで開催予定だったがなにせアノ国である、政情・経済
悪化により返上せざるをえず、「前の施設をそのまま使える」とメキシコが代替地に決まった。
しかし大会はアルゼンチンの「神様」マラドーナ一色。フランスの「将軍」プラティニさえも彼の陰にかくれてしまった。
特にイングランド戦での神の手ゴールに5人抜きゴール、マラドーナによるマラドーナのための大会だった。
第14回イタリア大会(1990年)
優勝・西ドイツ(3) 準優勝・アルゼンチン
大会方式・24チームによる1次リーグ、16チームによる決勝トーナメント

この大会から友達がW杯をネタに遊び始めるようになったが、大半は大会得点王になったイタリアのスキラッチ(後ジュビロ
磐田でプレーしている)だった。多分、ゴールを決めた後の発狂ぶりがウケたからだと思う(笑)。前回王者アルゼンチンを開幕戦で
破ったカメルーンのオマンビイク&ロジェ・ミラ、イングランドの天才ガスコインにコロンビアの伝説的パサー、バルデラマなど多くの
スターが今回も登場したが、1試合平均得点はW杯最低で、決勝トーナメントもPK戦ばかり。史上最低の大会と言われた。
第15回アメリカ大会(1994年)
優勝・ブラジル(4) 準優勝・イタリア
大会方式・24チームによる1次リーグ、16チームによる決勝トーナメント

NHK衛星で全試合放送、筆者がまともに見始めるようになった大会は、奇しくもサッカー不毛の地、アメリカで開かれた。
欧州のゴールデンタイムにあわせるためクソ暑い真昼間に試合を行い、力を発揮できない国が目立った。ペレが優勝候補筆頭に
挙げたコロンビア(南米予選でアルゼンチンを5−0で圧倒)が1次リーグ敗退、オウンゴールを献上したアンドレス・エスコバルが
国内のレストランで射殺される悲劇まで重なった。アルゼンチンもマラドーナに薬物反応が出て大会から追放、チームも16強どまり。
統一ドイツも歴代最強のブルガリアに準々決勝で敗れ去る。サウジアラビアの「砂漠のマラドーナ」サイード・オワイラン(後に戒律
を破って代表から追放)のベルギー戦60〜70m数人抜きゴールや、「東欧のマラドーナ」ゲオルゲ・ハジのコロンビア戦でのロング
ドライブシュートなど、名プレーが数々出て個人的には凄く楽しめたのだが、過去の大会を見た人からすれば、つまらなく映ったようだ。
決勝は至宝ロベルト・バッジョが決勝トーナメントで爆発したイタリアと、問題児ロマーリオの活躍で勝ち進んできたブラジル。
最後、ロベルト・バッジョがPKを外した最終シーンは象徴的だった。
第16回フランス大会(1998年)
優勝・フランス(1) 準優勝・ブラジル
大会方式・32チームによる1次リーグ、16チームによる決勝トーナメント

個人的には、こちらの大会のほうがつまらなく感じたのだが、欧州の人たちはこっちのほうが良かったらしい。日本も初登場したが
3連敗であえなく退散。優勝した開催国フランスは組み分けにも恵まれて危なげなく勝ち上がる。「怪物」ロナウドらの活躍で勝ち上
がってきたブラジルは、そのロナウドが決勝戦直前に発作を起こすアクシデントにも見舞われ、決勝では0−3で完敗した。
ちなみに「つまらない」と書いたが、イングランドのマイケル・オーウェンの快速ドリブルシュートなど、見所は多かったですよ、ええ。
第17回韓国・日本大会(2002年)
優勝・ブラジル(5) 準優勝・ドイツ
大会方式・32チームによる1次リーグ、16チームによる決勝トーナメント

「大会を通じてさえない大会だなと思った。その証拠に、韓国がベスト4に進んだくらいだ(アイルランド代表を追放されたロイ・
キーン談)」ほっとけ!わしらは結構楽しめたわい。確かにアジア特有の蒸し暑さに多くの強豪国が苦しみ、アルゼンチン、フラ
ンスの両優勝候補が消え、トルコや韓国といった新興勢力が準決勝まで進んだ(韓国には怪しい噂がつきまとっているが)。「強
豪が前評判どおり勝ち進むのが面白い」欧州の連中には確かに我慢ならなかったろうな。でも決勝はブラジルVSドイツ。しかし
他の強豪に比べて前評判は低かった。ブラジルはロナウドが大会MVPのドイツGKカーンから2ゴールを奪い、ついに5回目の
優勝を飾った。なお、日本も第1シードの特権をいかし恵まれたグループに入って16強入りを果たしている(そのせいで死のグル
ープが幾つも出来てしまったわけだが)。

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