第55話「母から衝撃の告白」


 紀元前500年代の事である。

歴史家であり、歴史の父と呼ばれるヘロドトスの記述によると、カンビュセス王はヌビアの金鉱を手中にせんと5万もの軍勢を発した。しかし、コロスコからアブハメドに到る行程の4分の1足らずを進んだだけで食料が尽きてしまい、苦しい行軍となっていた。最初は荷車を牽く動物を殺し、わずかに生えている雑草をむしって飢えをしのいだ。しかし、砂漠に入りそれも尽きると軍は恐ろしい決断をする事になったのだ。10人で1組を作り、10人で籤を引いて当たった1名を殺して食べる様になったのだ。

「今回の籤の当たりはお前か」

「やっ、やめてくれ」

「諦めろ、籤が選んだのだ。それに食料となったお前は、俺達の血となり肉となり生き続けるのだ」

 

血となり肉となり。例えば今に置き換えるならば僕らが食べた牛やカレーは、僕らの血となり肉となり生き続けるのである。まぁ、踊り食いをする訳ではないので、食い始める時点で既に死んでいるのだけどね。先の文章は、故藤子F不二夫氏によるSF短編『カンビュセスの籤』の中のエピソードを少しだけ発展させて書かせていただいた物なのだが、この漫画の主人公は「飢えはエチオピアの軍勢よりも恐ろしい敵だった」と語る。

 

 さて、日本では高校球児が甲子園で数々のドラマを作り上げる時期に突入している。

お盆には少し早いのだけど、我が家は今日、ひと足早く墓参りを済ませてきた。僕の両親は岐阜県の山奥出身で、小学校中学校と同じ学校に通っており、子供時代は近所で過ごしたものだから、墓参りを済ませた後は両親が育った町へ訪れる事が恒例行事となっている。今日もひと通り町を散策した後、両親が昔よく遊んだ川へ行った。山奥なだけあって、大変空気が綺麗で、水も綺麗で気持ちが良かった。視界に入るものは明らかに人工物よりも自然の物の方が多いのだ。昔は体育の水泳の授業はこの川で行ったのだと母から聞いた。そして母は更に語った。

 

 理科の実験もこの川で行う事が有ったそうだが、ある授業の時、理科の先生が突如天然のオオサンショウウオを捕まえて来た事があったそうだ。そしてどうするかと思うと、先生は授業そっちのけでオオサンショウウオを焼いて食べ始めたと言うのだ。

 ちょっと待て。オオサンショウウオは国の特別天然記念物であり、捕獲どころか触れるだけで法に罰せられるはずだぞ。そう母に問い掛けると、あの頃はまだ天然記念物に指定されていなかったから大丈夫なのだと言った。そして母も恐る恐るオオサンショウウオの肉を一切れだけ食べたそうだ。と言う事はだ。今は天然記念物のオオサンショウウオは、母の血となり肉となり生き続けている事になり、更にその血と肉は息子の僕に引き継がれている事になる。僕の体の何百分の、いや何万分の1はオオサンショウウオで形成されているのだ。僕の中にも、僕自身が取り込んだ事により血となり肉となり生きている生物が、蛙、鰐、ダチョウ、雀、熊、鹿、猪などといるのだが、オオサンショウウオには敵うまい。ちょっと凄い事であり自慢も出来るのでは無いだろうか。

 

 と、後から調べてみたら、オオサンショウウオは昭和27年に国の特別天然記念物に指定されており、昭和24年生まれの母が授業中にオオサンショウウオを食べたと言う事は、どう少なく見積もっても犯罪行為なのである。母が学校から帰宅すると、家の裏で焚き火をし、竹にオオサンショウウオを吊るして焼いていた事も有ったそうだ。

 

 僕の血は犯罪者の血ですか。

 

[完]


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