第41話「1人で歩けるもん」


寡黙で渋い訳ではないのだが。

僕の親父は、中学生だか高校生の頃には親の勝手で家から放り出され、妹と2人で苦学生体験をしているのである。親から放り出されてもグレる事なく、働きながら夜間大学を卒業して立派な国家公務員をやっているものだから、私立高校、私立大学へ通い、大学時代には遊び呆けて、その結果しがない会社員をやっている駄目息子の僕としてはひたすら尊敬するしかないのだが、そうにもいかないのである。

 

親父は寡黙なのだ。いや、寡黙ならまだ良い。必要な事も喋らないのだ。

ある朝、職場で作ったスタッフジャンパーを持って出勤する為、妻である僕の母親へ出してくれと頼んだそうだ。その時、知る必要性が有ったと言うよりは夫婦のコミュニケーションとして母はこう聞いたのだ。

「どうして持っていくの?」

それに対して親父は

「要るで」

当然である。母はそこではキレずに気持ちを抑えて言葉を続けた。

「どうして要るの?」

「着るで」

当然である。スタッフジャンパーを履くはずがない。今度は流石に母もキレて喧嘩になってしまった。って言うか、結局自分でスタッフジャンパーを探し出して持っていかなくてはならなくなってしまった親父。

素直に受け答えをしておけば何て事のないワンシーンなのに親父は喋らないばっかりに惨事を招くのだ。

 

そして親父は案外照れ屋である。

今年の12月に結婚する、僕の姉である自分の娘に一緒にヴァージンロードを歩いて欲しいと頼まれたら

「そんな物1人で歩けるだろう」

と一蹴するのである。娘を手離したくないから言ったのだろうか。それとも娘と腕を組んで歩くのが恥ずかしいから言っているのだろうか。1人で歩ける。当然である。生まれたての子供じゃないんだから。1人では歩けないから頼んでいるのである。いや、歩けるのだよ。しかし歩けない。あー、何と言えば良いのかな。つまり父親がいないとやっぱり1人では歩けないのである。ヴァージンロードなのだから。

 

案外深い事を言うな。この親父は。父の日を放置してごめんよ。 

 

[完]


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