第39話「鮮血なら大丈夫」


 別に血を見る事が好きなのではないが。

「好きな映画の分野は?」と聞かれると、僕は回答に窮するのである。実は僕、戦争をテーマにした映画が結構好きなのだけど、これを迂闊に答えると相手に「うわー、こいつ、エグいシーンが好きなんだー」と思われてしまうのではないかと心配になるからである。確かに、戦争映画は人が沢山死ぬし、手が飛ぶし、頭も飛ぶし、弾丸も飛ぶし、血が噴出するし、エグいシーンが連発である。でも、エグいシーンが有るからこそ、それが他の場面で生きて来るのであって、僕は決してエグいシーンを観る為に戦争映画を観るのでは無い。これは声を大にして言いたい。なんならアレも大にしよう。

 

 さて、初めて観た戦争映画『プライベート・ライアン』では、冒頭の戦闘シーンのリアルさとエグさに、ノックアウトされそうになってしまったのだが、その後様々な映画で様々なエグいシーンを観るうちに、ある程度慣れてしまった。今は多分、『プライベート・ライアン』を観ながらご飯も食べられるだろう。エグさがウリなのか、キリストの受難がウリなのか分からない『パッション』も充分に観るに耐えた。

 

しかしつい先日の土曜日の事である。

僕は隣町のとあるファミリーレストランにてまるフルと一緒に、とある打ち合わせをしていた。通路側の席に僕と、その左側にまるが座って、僕の正面にフルが座っていた。フリードリンクだけでひたすら粘って打ち合わせが白熱してきたある時、僕の右斜め後ろが騒がしくなって来た。そして僕の右斜め後ろに視線をやったフルがつぶやいたのである。「うわ、血ぃ吐いた」。

 客の1人が椅子に座る時に、血を吐いて倒れたのだ。フルがつぶやいた直後に、僕の耳は大量の液体が床にこぼれる音を聞いた。

 

 その後、近くの席の人が対処法を心得ていたらしく、応急処置をほどこしながら救急車を呼び、血を吐いた客はしばらくした後に駆けつけた救急隊員に運ばれて行った。まったく、あまりにも突発的で衝撃的な事件だったのだ。僕の正面に座っていたフルと、僕の左に、体を完全に僕の方に向けながら座っていたまるは事件の一部始終を目撃した。そして僕は事件の一部始終を・・・一切見なかったのである。フルのつぶやきと、大量の液体が床にこぼれる音に、僕の体は振り向くと言う行為を完全に拒否してしまい、全く一切を見る事が出来なかったのだ。

 

 映像は映像。実物は実物。やっぱ体の示す反応は違うんですね。まったく、なんだかちょっと惨めな気分の一時でした。

あ、そうだ。どなたか若くて綺麗な女子の方、僕の前で裸になってみませんか?本当に映像と実物で体の示す反応が違うかどうかを改めて実験したいんスけど。

 

[完]


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