第30話「経費削減」


「あー、勝俣くん。今回の東京出張は大正解だったな。わざわざ遠方まで来て商談しただけのことはあったよ。明日も違う会社を回るからよろしく頼むよ」

 

「は、竜禅寺課長、ありがとうございます。しかし疲れましたね」

 

「そうだな。今回は泊まりの出張だからホテルはちゃんととってある。今日は早めにチェックインするか。ほら、着いたぞ」

 

「え?どこですか?」

 

「何を言っているのだ勝俣くん。目の前にあるではないか」

 

「いや、しかし課長、僕にはこれは俗に言うラブホテルにしか見えませんが?」

 

「馬鹿者。ラブホテルなどと言うな。今はファッションホテルと言うんだ」

 

「また用途の少ないカタカナ語を覚えましたね。いや、そういう問題ではなくてですね。こういう宿泊施設は上司と部下が出張で使う物では無い気がするのですが」

 

「何を言っているのだ君は。いいか?ファッションホテルと言うのは宿泊施設としての法律上の定義はビジネスホテルと同じなのだ。ビジネスマンがビジネスホテルに泊まって何が悪い」

 

「え、いや、そういう問題ですか?もちろん部屋は別々ですよね?」

 

「何を言っているのだ勝俣くん。いいか?この不景気の中、経費削減をしなくてどうするのだ。幸いファッションホテルはどの部屋もダブルベッドだ。1部屋とるだけで2人共ベッドで眠ることが出来るのだぞ。こんなに良い経費削減はないではないか」

 

「確かにビジネスホテルのシングルルームを2つとるよりは安いでしょうけどね、僕は絶対嫌です。自腹でカプセルホテルに泊まってでもここはお断りしますよ!」

 

「何をぶつぶつ言っているのだ。さぁ、入るぞ」

 

「え!ちょっと、手を掴まないで下さいよ!あれー」

 

 

 

「どうだ勝俣くん、広い部屋だろう。テレビも大画面だ」

 

「まったく・・・なんでこんなおっさんとラブホテルに泊まらなくちゃいけないんだよ」

 

「ん?何か言ったかね?勝俣くん」

 

「い、いえ何でもないです」

 

「そうかね。おぉ、そうだ勝俣くん、シャワーは君が先に浴びたまえ」

 

「はい?シャワーですか?」

 

「そうだよ。何かまずいかね?」

 

「い・・・いや。別にまずくはないですけど・・・先にって、別に深い意味は無いですよね」

 

「深い意味って何だね勝俣くん。今日の商談は君のおかげで上手くいったのだから、君から先に1日の疲れを洗い流して来いと言っているのだぞ」

 

「そうですか。はぁ。それではお先に」

 

 

「課長って一体何を考えているんだろう・・・まさか身の危険は無いだろうけど。うわ、なんだこの風呂。鏡張りかよ。趣味悪いなぁ。あちち」

 

「おいー、勝俣くんーわたしも入るぞー」

 

「う、うわ!課長なんですか!ちょっとー!」

 

「どうしたのだ勝俣くん。何を慌てている?今日の君の功績を称えて背中でも流してやろうと思っただけだぞ」

 

「背中を流すって課長、それだけならなんで裸なんですか!」

 

「勝俣くん、裸の付き合いというのは世界的にも珍しい文化なのだぞ。日本人として尊重しなくてはな。ほら、遠慮するな。洗ってやるから出せ」

 

「いやー!」

 

[完]


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