番外編「コスプレ鍋屋レポートを続けてどうぞ」


第13話「それぞれの事情」

 駄目だ。昨日の会社の飲み会で飲み過ぎた。ちょっと気持ち悪い。しかもちょっと風邪っぽいぞ。

僕はすこぶる体調が良くなかった。それでも、まるとフルとコスプレ鍋屋へ行く為に1人で電車に乗っていた。

最終目的地は鍋屋であり、鍋料理やお酒を嗜むのである。体調が悪くて楽しめるはずが無い。

本当に体調が悪くなって来たら2人に飲ませて食わせておこう。それが僕の魂胆だった。

ちなみに、本日の催しはオフ会と呼ばれる様な物ではなく、普段から会っている仲間達の集まりの一環である。

 

 電車に乗っていると僕の携帯電話にメールが入った。見てみるとまるからだった。

『わりぃ。出遅れたみたいなので五時半ぐらいになりそうだけど大丈夫かな?』(本文そのまま掲載)

最初に設定していた集合時間と場所は17時頃に名古屋駅となっていた。まぁ、遅刻ではあるが、その時間からでも予約していた時間には間に合うので、特に問題はなかった。ただ、主賓であるまるが遅れるだなんて意外だった。と言うか、予約までしている僕もちょっともどうかと思われる。

 

 僕は先にフルと合流した。

「ごめん、今日は体調がすこぶる悪いんだわ」

と僕が告白するとフルは

「ごめん、俺、今日帰りの電車賃無いかも知れん。あんまり金持っとらんのだわ」

と言った。

 

 体調不良に遅刻と金欠。

いきなり波瀾を含んだスタートとなったのである。

 

14話「難攻不落の砦」

 今まで、コスプレ鍋屋とさんざん呼んで来た訳なのだが、そのお店の正式名称は「モデル鍋」である。

モデル鍋の所在地は、名古屋市中区錦。錦とは、知る人ぞ知る町。東京で言うなら歌舞伎町。北海道で言うなら薄野。岐阜で言うなら金津園である。

そんな立地に有るものの、決して風俗店ではなく、店員さんがコスプレをしただけのごくごく普通の鍋屋である。いや、「火鍋」と言う、ちょっと珍しいタイプの鍋を味わう事の出来る店なのである。店員はたまたまコスプレをしているのだ。我々は火鍋を食いに行くのだ。

そんな、言い訳にしか聞こえない台詞が僕ら3人の最後の砦だった。わざわざここまで説明しないと、皆が「いやらしい店に行くのだな?」と口を揃えてしまうのである。だから僕らは火鍋を食べに行くだけですってば。・・・・多分。

 

 地下鉄の駅を降りて外に出ると僕はおもむろに用意しておいた地図を取り出す。

こんな用意周到さが、普段から幹事やら何やらをやらされる原因に繋がっているのだろうと分かっているのだけれど、不安が有るまま出掛けるのはやっぱり不安なのでこの性格は治らない。

 地図と景色を見ながら3人でゆっくり歩いていると気になる看板を見付けた。そこには「1000酔漢」と書かれていた。

多分飲み屋なのだけど、一体この店名、何と読むのだろう。え〜と「せん すい かん」。「せんすいかん」だ!

と僕が言うと

「店内に入ると1000人の酔ったオトコ(漢)が居る訳だ。絶対入りたくないな」

とフルが言った。確かに。

「でもオトコと言う意味の漢を使った事は評価する」

まるが言う。・・・いや、これは意味わからん。

 

そんなくだらない話をしている間にも我々はモデル鍋に近付いているのである。そして遂に看板が見えた。

そして看板を見て驚愕した。露出度の高い服を着たCGお姉さんがでかでかと描かれているではないか。店名の「モデル鍋」は「モデル」の部分が虹色で描かれている。

そして店は地下1階。

3人は思った。

こんな店に入るのか。これはまるで・・・

僕らの最後の砦が音を立てて崩れるのを感じた。

 

第15話「偉大なのは衣装ではなく料理。そして発想」

 こんな店に入るのか?モデル鍋は知る人ぞ知る名古屋の大通り、大津通り沿いにあるのだ。錦とは言え、表通りでオフィス街に属している。交通量も多いし、人通りも多い。

こんな立地の店に入るのに、誰にも見られないはずがない。知っている人が通る事は無いだろうが人の目は気になる。あぁ。なんてこったい。しかし、予約までしてあるのだから入らない訳にはいかない。僕ら3人は意を決して階段を下り、地下のコスプレ鍋屋へ入店するのであった。

 

 なんだか良くわからないんだけど、お洒落な作りの店内に入ると、誰もいない。客も店員もいない。まだ開店時間を過ぎたばかりだから客はいないのだろうけど・・・

少し奥で、電話をしている様な声が聞こえたので、ちょっと進んでみると・・・いました。コスプレです!

豹柄のキャミソール(みたいなの)に白の短パンにテンガロンハットのお姉さんが電話で予約をとっていました。

その時、僕は心の中で「うわ」と思った。他の2人がどう思ったのか知らないが僕は「うわ」なのである。「わぁっ」とかじゃなくて。コスプレその物に免疫のない僕。崩れ去った砦にすがって生き延びている僕であった。

 

 テンガロン姉さん(何のコスプレか分からないので便宜的にそう呼ぶ)が僕らに気付くと、電話をちょっと中断し他の店員を呼んでくれた。出てきたのはチアガールだ!他にもチャイナドレスやメイド服がいるぞ。メイド。主賓であるまるの大目的ではないか。居て良かったね。しかし噂に違わぬコスプレ鍋屋だ。

「あの。予約していた勝竜なんですけども」

と僕が言うと

「はい、お待ちしておりました。あちらへどうぞ」

と席へ案内してくれた。今回予約していた料理は「火鍋コース」と言う物で、モデル鍋の中で最も値段の高いコースだった。このコースを頼むと、良いお席を無料で使う事が出来るそうだ。「あちら」と言って案内された先は、カーテンで仕切る事も可能な空間で、他の席よりも椅子が良い物だった。床はガラス張りで、ガラスの下には白い玉砂利が敷かれていた。

 

 席に着くと、まずはドリンクのオーダーである。

フリードリンクを頼んであったので、それぞれが好きな物を注文する。

僕はレモン酎ハイ。フルは梅酎ハイ。まるはコーラである。実はまるは無類のコーラ好きなのだ。

 

 ドリンクが出てきて、前菜のサラダが出てきた頃、先ほどのチアガールがやって来て言った。

「火鍋コースですと、お鍋を料理する女の子を好きな子から指名していただく事が出来るんですけども。誰が良いですか?」

この問いに関しては思考時間がゼロで回答が出る。

「メイドで」

極めて短いレスポンスタイムで僕が答える。

 

 メイドがやって来た。

「サラダをお取り分けしますね」

「はい、お願いします」

フルが自分の皿を渡す。皿に取り分けを始めるメイドを横目に見ながら僕がまるに言う。

「メイドにやってもらえるなんて嬉しいだろ?」

「い・・・いや別に」

まるが強がっている素振りで言う。

「じゃあ俺がやってやろうか?」

フルが言うとすかさずまるは

「やだ」

やはり強がっていた様だ。

 

 まるも、無事メイドさんに取り分けて貰ったサラダを食べていると、食前酒が出てきた。

あれ?これじゃぁ食前酒じゃないじゃん。メイドさんも笑いながら持ってきたので、まあこれは御愛嬌か。

 

 さて、いよいよ火鍋の料理開始である。

鍋の中に敷居が有り、片方はトリガラのスープ。もう片方は数十種類の薬膳と唐辛子の入ったスープ。2種類のスープで煮込む、野菜や水餃子、鳥、豚、牛の肉等が入った料理が火鍋と言うらしい。

メイドさんのオススメとしては、トリガラスープの方はポン酢で、辛い方は胡麻ダレでいただくのが美味いそうだ。

 

 あれこれメイドさんと話していると、具が煮えてきた。メイドさんがトリガラの方か辛い方か聞いて取り分けてくれる。

僕は辛い方を希望した。アドバイス通りに胡麻ダレに漬けて食べる。うん。美味いや。火鍋。普通に美味いっす。

コスプレに主眼を置いたちゃらちゃらした店なのではないかと心配であったのだが、料理の方も充分に通用する味ではないだろうか。

 

 一旦メイドさんが去った後、僕ら3人が美味い鍋を食べているとさっきのテンガロン姉さんがやって来た。

「ありがとうございます。私が店長です」

へー!こんな若いお姉さんが店長だったんだ。と感心していたらテンガロン姉さんは実は昭和40年生まれである事が後に判明する。一見僕らと同年代にも見えるのだが、昭和40年生まれって事は僕より1周り以上年上ではないか。ほぉ。色々な意味で感心したよ。確かに後から来た他の客との接客態度を見ていても堂々としていたし、それぐらいの年齢じゃないと務まらないのかなと考えるのだった。

 学生時代に、とあるイベントでまるが女装をした時の写真を店長に見せてみた。この時していたまるの女装は、事情を知らない人が実は女装である事を知ったときに物凄くショックを受けていた程、出来の良い物だった。

「ここで働きたいと思うんですがどうでしょう?」

「駄目だね」

残念!

ともかく、最初は内心「どんな怖いお兄さんが店長なんだろう」と怯えていた部分があっただけに、若いお姉さん(昭和40年生まれだが)が店長と分かっただけで僕らは一気に場に馴染んでいった感じがした。

 これも店長の手腕と言ったところか。

 

 酒も進み、美味い鍋も進み、コーラも進み、メイドさんとも仲良くなり、なかなか楽しい時間を過ごした。

メイドさんとも年齢の話しになり、メイドさんが19歳である事が分かると

「え?未成年でこんな店で働いて良いんですか?」

フルが思わず聞いた。

「えー。現役の女子高生も働いていますよー」

とメイドさんが答える

「え?そんなんアリなの?」

「えーとですね。こうやってテーブルの横に立って料理を作る分には普通の料理屋と同じなんです。少しでも横に座ると風俗店になってしまうんですけどね」

「うわー。店長頭良いなぁ」

フルが感心する。確かに、これは法の網目をくぐった巣晴らしい発想だと思う。コスプレと呼ばれる衣装は店の制服に過ぎないのだ。

僕らの砦が復活する瞬間だった。

 

なかなか楽しい時間を過ごす間にまるが飲んだコーラは6杯。これは彼にとっては多い数字ではない。

ま、これは別の話だが。

気になる会計は全部で18936円。ぎゃー。

 

 火鍋コースは2時間である。18936円を3人で割ると6132円。1時間あたりだと3066円。

この値段は、ネオン街を歩いているとスーツ姿のお兄さんに声を掛けられて「どう?1時間3500円だよ?おっぱいおっぱい」と言われる場合と金額がほぼ相当するが、どちらを良しとするかは個人の判断にお任せする。

 

 最後は店員さんと写真撮影である。

通常撮影は1枚1000円なのだが、火鍋コースには撮影代も含まれている。

これについてはまるに良く言っておいた。

あなたが普段通っているメイド喫茶では、20回通ってポイントを貯めてやっと写真を撮影出来るのだが、ここはたった1回来ただけで可能なのだよ。しかもツーショットに限らず、店員さん全員と一緒に撮影も出来るのだ。

こんなオイシイ話しは無いでしょ?

 

火鍋は美味かったし、近いうちに新メニューが出るそうだ。

最初に「うわ」だなんて思ってごめんなさい。あなたは素敵な店長です。

店員の皆さん、店の外まで見送って、手まで降ってくれてありがとう。

 

モデル鍋。また行きます。

 

 ところで、飲みに行こうとまるを誘ったはずなのに、張本人はコーラしか飲んでいないではないか。


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