incubation5





 「あ……あ…っ」

 機能性を重視した、一切の無駄な装飾を省いた室内に、悲鳴とも嗚咽とも区別のつかない断続的な声音が、
尾を引いて浸透していく。


 出し抜けの衝撃をやり過ごす術も持たず、ただその身を強張らせて苦痛のほどを訴えるリュシオンを、敢え
てそれを強いたティバーンはかけてやれる言葉もなく、背後から回した腕でただ抱き寄せる。と、時を同じくし
て、その二の腕に、生暖かい滴がパタパタと降り注いだ。

 生まれて初めて味わわされたであろう種類の痛みに生理的な涙を流すリュシオンの姿は、ここまで覚悟に
覚悟を重ねてきたはずのティバーンの胸襟に、それでも拭いきれないしこりを残す。いっそ、これが閨を共に
する情人同士の行為の延長であったならどれほどましであったことかと……あくまでも庇護者としての立場か
らリュシオンを導くしかない己に歯噛みしたい思いで、ティバーンはそれでも先を続けるために、腕の中の白
鷺に再び手を伸ばした。


 ようやく雄としての完成形を見せた、リュシオンの性を示す場所に武骨な指先が絡みつく。
 生まれた時から保護されてきた包皮を剥かれ、剥き出しになったばかりのそこは、与えられる刺激にひどく
敏感だった。途端に全身を跳ね上がらせて逃れようとする体を回した腕の力で抑え込み、初めて外気に触れ
る繊細な皮膚を傷つけないよう細心の注意を払いながら、それでもティバーンは手の動きを休めることなく、
リュシオンの内面から湧き上がる衝動を煽ることに専念した。

 「っひ…あ…ぁ…っ」
 「リュシオン、ゆっくり息を吐け。そんなに息を殺していたら引き付けを起しちまう」
 「あ…やめ……っ」
 「落ち着け。息を吐け。痛いばかりじゃねぇはずだ、落ち着け」

 痛みに萎えかけてしまったリュシオンのものをゆるゆると扱きあげながら、その耳元にまじないのように同
じ言葉を繰り返す。混乱の只中にあるであろうリュシオンが自分の言葉を知覚できているのかいないのかは
解らなかったが、さながら色事の真似事に興じているかのようなこの場の空気を取り繕うために、そしてリュ
シオンの擾乱に自身も引きずられてしまわないように、意味もなさない繰言であると知りながら、断続的に声
をかけずにはいられなかった。


 さして時間をかけるまでもなく、再び情欲の証を示し始めた腕の中の存在に、当人以上に安堵したのはティ
バーンの方こそだっただろう。じわじわと力を取り戻していく手の中のものに勇気づけられるように手の動きを
速めてやれば、のけぞった白い喉奥から、苦痛を訴えるばかりではない嬌声が上がった。

 「んぁ…っ…は…あぁ…っ」
 「どうだ?少しは楽になってきたか?」
 「あ…ぁ…ティバーン…苦し……っ」

 否定したかったのは、かけられた言葉であったのか、今自らが置かれている状況であったのか……頭を打
ち振ったリュシオンの閉ざされた瞼を押し上げるようにして、新たな滴がその頬桁を伝い落ちていく。閨事を共
にする情人達のように、その涙の跡を唇で拭ってやることもできず、結果として見て見ぬふりを決め込んだま
ま、ティバーンは総身を戦慄かせて身を焼く衝動に耐えている白鷺の耳元で、恐れるなと繰り返した。

 「お前が命を繋げるために必要な、子種を絞り出す為の処理だ。それだけの事をするのに、どうしたって心安
  くって訳にはいかねぇ。……だがな、誰でもそうなるんだ。恐れたり恥じ入ったりする必要はねぇ。抗おうと
  しないで、うまく受け流せ」
 「ぁあ…っ」
 「ラグズの雄である以上、この時期は毎年必ずやってくる。処理もしないで放置すれば、雄としての機能に異
  常をきたす事もあるんだ。それが嫌なら、うまくいなしながら付き合っていくしかねぇ」


 リュシオンの喉をついて絶え間なくこぼれる吐息交じりの悲鳴には、隠しようもない情欲の色が滲んでいる。
それは痛みに涙を流す姿に比べればはるかにティバーンの胸を撫で下ろす光景ではあったが、同時に、庇護
者としての境界線をけして踏み越えまいとする、自らの理性との戦いを示唆するものでもあった。


 「お前の体だ。お前にしか、管理はできねぇ。お前しか、面倒を見てやれねぇ。……早く慣れろリュシオン。こ
  んなことで余計な重荷をしょい込むな」
 「はぁ…あ…っ」
 「受け流せ。自分を楽にさせてやるための抜け道は、自分で作るしかねぇんだ」
 「んぁあ…っ」

 意味を成さない嬌声が喉をつくばかりになったリュシオンの耳元で、ティバーンはそれでも、一方通行に過ぎ
ないと知りながら、自らにこそ言い聞かせるかのように、教唆めいた言葉を繰り返さずにはいられなかった。



 見る者の目を引きつけずにはおかないと、ラグズベオク間の種族の垣根さえ越えて、長年美辞麗句で噂され
てきたセリノスの白い鷺。雌雄を問わない、その鮮烈なまでの容色は、その気のない者にさえ婀娜めいた思い
を抱かせるのに充分すぎた。

 ティバーンとて、木石でできているわけではない。
 ただでさえ好意的な目で世話をしてきた、それも、容易く相手の烈情を煽りかねない並はずれた風貌の持ち
主が、あからさまな情欲に身を焼きながら自分に縋っているのだ。時期的に、ティバーン自身がその季節を迎
えていないとはいえ、白鷺が無自覚に発散する色香は、否応なしに対象を引きずり寄せる引力のようで……一
瞬でも気を抜けば、自ら腹に定めて築き上げた、理性の垣根を踏み越えてしまいそうだった。

 己の欲に飲み込まれてしまったら……もう二度と、自分とリュシオンはこれまでの関係には戻れない。



 良くも悪くも、世間の耳目を釘付けにさせるだけの華を兼ね備えたセリノスの白鷺は、もはや幻の、という枕詞
なしには語れないほどの絶滅危惧種であるという歴史的背景も手伝って、その一挙手一投足を、平時から事細
かに注目されている。
 リュシオンがフェニキスの国賓としてティバーンの庇護下にあるという事実は、ラグズ諸国の間で公然と囁か
れてきた、半ば公式の国情だった。将来セリノスが再興の日の目を見る時のために、その背後にフェニキスが控
えているという事実を諸国に知らしめ、大っぴらに後見役を果たせるようにと、この件に関する情報の漏洩を、敢
えて防がなかったためだ。

 セリノスの背後にはフェニキスがいる。列強諸国にそう認識させることは、まだまだ復興への道行きの長い鷺
の民にとって、この上ない保険となるだろう。そう思えばこそ、ティバーンはこれまで、白鷺の親子の存在を対外
へ隠さなかった。
 だから、この先ラグズ諸国と公式に接触する機会があれば、自分は情勢の許す限り、リュシオンをその場に同
行させて、周囲のその認識を煽るように仕向けるだろう。鷹王の後ろ盾は、いづれ鷺の王となるリュシオンの将
来の、きっと役に立つ。


 だが……その狙いとは別のところから、意図しなかった噂が捏造されては困るのだ。

 世襲という制度を持たない鷹の民と、生まれついての王族である白い鷺。そこに掛け値など存在しないと周囲
が思えばこそ、この一件は種族間を超えた友愛という美談にもなり得たし、利に聡い者達の不本意な干渉を受
けずに済んできた。

 だが、そこに一つの下世話な憶測が絡むだけで、美談はただの生々しい艶話に変わってしまう。
 すなわち、セリノスの生き残りである件の白鷺は、保護を買って出たフェニキスの王の、体のいい稚児である、
という―――

 そんな埒もない噂なら、リュシオンがフェニキスに身を寄せた当初からあちらこちらで囁かれてきた。噂そのも
のが効力を持たず、また、広まったところで事実無根の与太話であったからこそ、ティバーンも鼻息一つで笑い
飛ばし、一切取り上げずに済ませてきたのだが……

 本当に手を出してしまったら……たちの悪い噂は、事実として梃子押しされてしまう。今更浮いた話の一つや
二つ、珍しくもない自分はともかく、これから鷺の民を背負って立とうというリュシオンが、何かと鳴りもの入りの
存在としてラグズの社会に容認されてしまっては、後見人として、今は亡き彼の同胞達に、心底顔向けできなく
なる。

 遅かれ早かれ、リュシオンは鷺王を継承する身だ。彼がフェニキス王の情人であるという、埒もない与太話が
事実として対外に認識されたが最後、彼に向けられる視線は、どうしても色眼鏡を通したものとなる。その庇護
の元に復興を果たしたセリノスそのものにも、拭いようのない汚点が残るだろう。
 けして偽りを口にできない白鷺に向かって、真実を知らしめさせないために一生口を噤んでいろなどと、要求
できるはずもない。となれば、噂はあくまでも噂として片づけるためにも、そこに真実を紛れ込ませるわけにはい
かないのだ。


 もしも、リュシオン自身に心底自分と添い遂げようとする思いと覚悟があるのなら、何をおいてでも自分は彼を、
彼を取り巻く世界の軋轢の全てから庇い、守るだろう。合意の上で互いを選ぶというなら、ラグズ諸国の耳目な
ど、露ほどの価値も影響力もない。

 だが……それはあくまでも、仮定の話だ。よくやく成体になったばかりのリュシオンにこの手の機微が理解で
きるとは思えなかったし、何より、彼は将来の鷺王として、セリノス王家を存続させるという使命を担っている。
そもそもからして、いつかどこかで巡り合えるかもしれない同胞の雌鷺との邂逅を、これ以上ないほどに前向き
に望んでいるリュシオンが、生産性も将来性もない懸想に血道を上げるはずがないのだ。



 だから……この境界は、けして壊してはならない。この先千年の時を生きる白鷺の未来を、当人が望んだわ
けでもない「既成事実」で、自分が縛る訳にはいかないのだ。




 「…っひ……ぁ…っ」

 胸襟を渦巻く物思いが無意識の内に露呈したのか、リュシオンのものを扱き上げる手に我知らず力がこもる。
弾かれたように身をのけぞらせ、悲鳴に近い嬌声を上げたリュシオンの限界が迫っていることを否応なしに感じ
取り、ティバーンは今度は意図した動きで、白鷺の劣情を更に煽りたてた。

 「ぅあ…っ…ティバ…ティバーン…っ」
 「そろそろ限界か?いいから気を遣っちまえ」
 「あ…ぁ……っも…はな…っ」

 自らの身に何が起こっているのか、理屈では理解できても、感覚が理性についてこないのだろう。身を焼く悦
楽から逃れるかのように頭を振りたて身を捩る華奢な姿態を抑え込むには、多少の脾力と強固たる意志の力
が必要だった。

 これはあくまでも、熱を治める作業の一環としての「処理」に過ぎない。先達の雄として、その処理に手を貸す
だけなのだと思い定めたティバーンは、リュシオンを追い上げる動きに手心を加えなかった。
 限界まで煽りたてられた白鷺の情欲が、ティバーンの手の内でドクリと脈打つ。その波を逃さず、先走りに濡
れそぼった先端を爪弾けば、もはや嗚咽と呼んでも大差ない切迫した喘ぎが上がった。

 「あ…ぅあ…っ…ティバ……も…ゆるし…あぁ…っ」
 「気を楽にしてろって言っただろうが。一回出さなきゃ、いつまでたってもお前はこのままだ。いい加減腹ぁ括
  れ」
 「や…やめ…っ…も…ぁ…や…っ」
 「お前はこの先何があっても、生きていかなきゃならねぇ。何でもかんでも真っ正直に受け止めていたら、いつ
  かお前が潰れちまう。……だから、こんな事まで重荷にするな」


 いっちまえ、と腕の中で悦楽に喘ぐ白鷺の耳朶に吹き込めば、吐息にさえ触発されたような悲鳴をあげなが
ら、それでもリュシオンは激しく頭を打ち振った。恐らく意味が解っての拒絶ではないのであろう、途方に暮れた
ようなその泣き顔に、これまで庇護者の顔を頑なに貫いてきたティバーンの胸襟の奥底で、抑えに抑えた情動
がドクリと跳ね上がる。

 これ以上は、自分が無理だ。これ以上長引かせれば、自ら定めた禁を破って、自分はこの白鷺に劣情を触発
されたただの雄として、情欲に塗れた手を伸ばしてしまう。
 それだけは誤ってはならないと……もはや取り繕う言葉を探せないほどにひどく身勝手な事情に後押しされて、
そんな自らの情動を内心でリュシオンに詫びながら、ティバーンは手の中で限界に打ち震える彼の情欲の証に最
後の引導を与えた。


 「…っひ……っ?」

 限界を超えたきつ過ぎる刺激に、戸惑ったような苦鳴を漏らしながら、ティバーンの腕の中でリュシオンが総身を
硬直させる。
 と、その刹那―――


 「ひ…ぁ……ああぁ……っ」



 仰け反った白い喉をついて、長く尾を引く嬌声が上がり……同時に、鷹王の手の中に捕らわれた白鷺の情欲が、
生まれて初めて解き放つ劣情の証を吐き出しながら、ドクリと爆ぜた。





                                                      TO BE CONTINUED...


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