仕掛け人に一世一代の勇気を強いたティバーンの申し出は、それを受け止めたリュシオンにとっても、生半
ならぬ衝動を与えたらしい。
寝台に腰をおろし、自らの庇護者を見上げる形で向き合っていた態勢はそのままに……リュシオンは、相
対するティバーンがその精神状態を懸念するほどに、しばらくの間その端正な容色に朱を上らせたり引いた
りを繰り返した。
どれほど待ち望んだ目覚めの日であれ、性的な交渉には全く耐性のない温室育ちの白鷺だ。それが自分
にとって必要とされている行為であると解ってはいても、理性ほどに物解りよく受け入れるには、その情操は
まだ幼すぎた。
自分を見上げたまま固まってしまったリュシオンが、それでも否とは口にしなかったことを、彼なりの精一
杯の譲歩と受け止めて、ティバーンは敢えてそれ以上の追及を避けた。
いいか悪いかと食い下がってみたところで、どの道発情してしまったリュシオンをこのままにはしておけな
いのだ。むしろなし崩し的に推し進めてしまった方が、それほどに事態が切迫していたのだと、自分自身に
言い訳できる余地を彼に残してやれるだろう。
そう腹の底で結論付けると、ティバーンは寝台を軋ませながら、リュシオンの隣へと腰をおろした。反射的
に身構えるリュシオンにそれ以上葛藤する間を与えないまま、それまで殊更に接触を拒んでいた細身の肢
体を、自身の膝の上に抱きあげる。
「…っティバーン…っ」
「じっとしてろ。熱を抜く方法を教えてやるだけだ」
言うが早いが、先刻換えに着換えさせたばかりだった夜着の合わせに手を伸ばす。それと悟ったリュシオ
ンが慌てたように身じろいだ時には、前開きのそれは既に肌蹴られていた。
露わになった白い肌に、骨ばった武骨な手が伸ばされる。
「ティバーン!?」
「落ち着け、なにも取って食おうってんじゃねぇ。……それより、これから俺のすることをよく覚えておけ。今
度熱が溜まった時は、お前が自分でやるんだからな」
「……っ」
言外に次はないのだと言い置くと、今にも全身を捩って膝の上から逃れようとしていたリュシオンの抵抗が
ふつりと止んだ。
彼は彼なりに、自らの置かれた状況を真摯に受け止めようとしているのだろう。自身を苛んでいるだろう羞恥
よりも雄としての務めを優先した腕の中の存在に、ティバーンは敢えて揶揄するような語調で、それでこそ男
だ、と声をかけた。
成り行きが成り行きだけに、情を交わしたつがいの行為のように、互いの情動を煽りあうような愛撫を彼に
施すわけにもいかない。初めてこの手の行為を経験するリュシオンにはあまりにも直情的すぎるだろうと内
心及び腰になりながら、それでもティバーンは、先達として自ら背負った責務に忠実であろうとした。
「……解るか?ここをこうやって……中に溜まった熱を抜く」
「…っ」
内心の葛藤を振り切るように手を伸ばした、リュシオンの性を示す場所は、ティバーンの予想通り、ひどく未
熟な形状をしていた。
包皮の完全に分離していない未成熟なそこが、そんな彼に性の手ほどきを施そうとしている自身の後ろめ
たさに追い打ちをかけてくるかのようで、一度は腹に決めたはずの覚悟があっけなく揺らぎそうになる。
雄として、必ず受けなければならない洗礼であるとか、より確実で効率的な種の存続を狙った習わしであ
るとか、後付けと思しきものまで含めれば実に多彩な理由で以て、フェニキスの民に生まれついた雄は、ま
だ物心つくより以前に割礼の儀式を受ける。俗な言葉で言い表すなら、所謂「皮被り」の状態のまま初めて
の発情期を迎えることを恥とする慣例の元に育ったフェニキスの若い雄は、同族であれば誰もが潜る登竜
門を不思議に思う事もなかったし、長じて自らが伴侶との間に設けた男児に同様の儀式を受けさせることを、
何らためらいもしなかった。
種族の抱える歴史的な背景は様々であろうが、フェニキスに限らず、同様の慣習が根付いた国はラグズ
の中にもいくつか存在する。対象が対象だけに、詳しく聞いても面白くない話と見切りをつけたためにさわり
の部分しか知らないが、ニンゲン―――ベオクの築いた国家の中にも、似たようなしきたりを持つ種族があ
るとも聞いたことがあった。
つまりは―――鷹の雄にとって、自身の性を表す機能を「役に立つ」状態に保っておくことは、種族全体に
浸透するしきたりであり、伴侶となる雌に対しての、不文律ともいえる礼儀でもあったのだ。
逆を返せば、その準備が整っていない雄の鷹を、この国では一人前とは認めない。雄として未分化な存
在に、フェニキスの男社会は「成人」としての権限を一切与えなかった。
それは種族内の慣習であるから、風習の違う他国からの賓客であるリュシオンが、同様のしがらみを受け
ることはない。だが……いざその現実と向き合った時、目の当たりにした彼の未熟さは、腹をくくったはずだっ
たティバーンの中に、ある種の罪悪感にも似た感傷を抱かせるのに十分過ぎた。
それが本人の望みであり、また、その性徴を放置することで生じる弊害を同性として理解してもいたから、
今更この手を引くつもりはティバーンにもない。それでも、この国では言外に半人前扱いされる身体的特徴
をもった白鷺の手解きをすることは、想像する以上にティバーンを複雑な心境にさせた。
「……っ」
与えられた直接的な刺激に総身を竦ませた腕の中の存在を、自らの躊躇いごと押さえこんで、手にした小
振りなそれをゆるゆると扱く。全てをティバーンに委ねる覚悟を固めたリュシオンは制止の声を上げなかった
が、それでも喉の奥で鋭く息を呑んだ気配に、その味わわされたであろう衝動のほどが、背中越しのティバー
ンにも伝わってきた。
自分の膝の上に強引に固定し、もたれさせるような体勢を強要したのは、少しでもすんなりと事を運べるよ
うにという機能性上の理由であって、そこに他意があったわけではない。
だが、この時……ティバーンは、自らの何気ない采配に、腹の底から感謝した。
背後からリュシオンを拘束しているこの状態ならば、自分が与えた衝撃に苦悶している彼の顔を目にしな
くても済む。一度でも見咎めてしまったが最後、事を最後まで押し進められる自信はティバーンにはなかった。
「ん……っ…ふ…ぅ…っ」
与えられる手淫に、手の中のものが次第に熱を帯びてくる。時を同じくして指先を濡らし始めたものをその
先端に絡めるように手を動かしてやると、耐えきれないというようにくぐもった苦鳴を漏らした細身の体が、そ
の頭部をティバーンの胸元に擦りつけるようにして上体をのけぞらせた。
「……楽にしてろ。声も、無理に殺そうとしなくていい」
「…っ…ティバーン……ぅあ…っ」
「我慢しようだとか、動揺したらみっともねぇとか、そんな風に考えていたら、最後までもたねぇぞ」
反駁であったのか懇願であったのか……何事かを訴えようとするかのように自分の名を呼んだリュシオ
ンの続く言葉を今は聞きたくなくて、その体内に燻ぶり続けているであろう熱を煽るように、手にした彼自
身を意図した動きで追い上げる。
「…っひ……っ」
途端に跳ね上がるほどの勢いで反応した腕の中の白鷺を、ティバーンは彼の肢体に支障をきたさないギ
リギリの力加減で以て抑えこまなければならなかった。
これは、情を交わしたつがいが自らの自由意思に任せて行う求愛の行為ではない。遅咲きの春を迎えた
後進を、将来それが要因で深刻な事態に陥ることのないよう、先達として教え導いているというだけのこと
だ。
どれほど疑似生殖行為に見えようとも、これは教唆なのだ……そう自らに言い聞かせ続けなければ、腕
に抱いた白鷺に向けられた自身の思慕に、これまで自他共に認めてきたものとは別種の名がついてしまう。
それでは困るのだと、奥歯を食いしばるようにして、ティバーンは胸襟のうちに形作りそうになった一つの
思念を、強引に打ち払った。
これは教唆だ。経験のない後進を、雄として独り立ちできるようにするために、手段は違えど、歴々の先
達がそれぞれに引き受け受け継ぎしてきた、年長者としての義務なのだ。
そう思っていなければ……ただ相手を包み込むように慈しむ情人同士の行為と錯覚してしまったら、この
先を、自分は教えることができなくなる。
愛を交わすことを目的としていないからこそ、教えられることがある。そう自らに言い聞かせて背を押すこと
で、ようやく自身に許すことのできる行為がある。
できることならば、糖蜜のように苦味をひかず心地のいい記憶だけを、初めてであるからこそ、リュシオンに
は残してやりたかったが……それでは、自分が手解きを引き受けた意味がない。
種族最後の王子であるリュシオンが、彼の待ち望んだ将来の伴侶と出会えた時―――肝心のリュシオン
に、命を繋ぐ機能が損なわれてしまっていたら、セリノス再興の日を夢見る彼にとって、これ以上の恥辱と
絶望はないであろうから。
だから今は……敢えて自分が、試練を強要する憎まれ役を買って出る。
「んぅ……は…あぁ……っ」
手にしたリュシオンの性の象徴は情欲に脈打ち、断続的に与え続けた刺激によって溢れ出た先走りに
よってしとどに濡れそぼっていた。これなら次の段階に進んでも何とかなるだろうと、腕の中で荒い息を吐
き続ける存在に、含むものを思わせる語調で耳打ちする。
「リュシオン……楽にしてろ。歯ぁ食いしばるなよ?下手したら舌を噛んじまう」
「ふ…あ……っ…ティバーン……?」
苦痛を与えると敢えて宣言することと、相手がなにも解ってはいない内に騙し打ちのように苦痛を与えて
しまうことと、より情け知らずな行為ははたしてどちらなのだろうか。
そのどちらを選ぶこともできなかったティバーンは、濁した言葉で、自らに向けた言い訳のような形ばかり
の忠告をしてみせると、ぬめりを帯びたそれを改めて手のひらに収めなおした。
同族の男児に対して行われる割礼の儀式でさえ、医療の心得を持つ者を必ず立ち会わせ、慎重に慎重
を期して行われる。強引な割礼を施したことで、対象となった男児の生殖器官に生涯癒えない傷を残す危
惧と常に隣り合わせであるこの儀式は、対象の将来というとてつもない負荷を、施す側にも否応なしに背
負わせるものでもあった。
すでにある程度体が出来上がり、ましてや体が交配可能な段階にまで準備を済ませた証である発情期
を迎えたリュシオンの場合、多少の手違い程度でその将来を左右してしまうほど、深刻な事態はまず起こ
り得ない。それもこれも含めて、想定外の事態にもそれなりの対応ができるよう、言わば融通の利く体へと
自らを変化させていくのが、成体になるということなのだ。
だから、不慣れな手解き役を引き受けた自分は、余計な気を揉まず、彼にとって必要と思われる情報だけ
を端的に与えてやればいい。
それは、ティバーンにも解ってはいたが……
今自分が行っていることは、良くも悪くも、彼の自意識に変化を与える。その強制的な変化を乗り越えら
れないほどリュシオンが脆弱な気性をしているとはティバーン自身思ってはいなかったが、だからと言って、
干渉を行う側の責任から目を逸らすことはできなかった。
これから行う事が、彼に少なからず苦痛を与える行為であることは、雄としての経験上身に沁みて分かっ
ている。それでも、できる事ならその衝撃が、彼の精神にまで痛手を及ぼすものにはならないようにと……
半ば祈るような思いで、手にしたものにゆっくりと力を込めた。
「ぅあ……っ」
「……この先、お前の雄としての機能をまっとうに保つために、もう一つやっておかないとならねぇ事があ
る。それは俺が口で言って教えても、たぶんお前が自分で処理するのは無理だ」
「ティ……バーン…っ」
「だから…それは俺がやる。経験のないお前には辛いと思うが……」
―――許せよ。
強まった刺激に、悲鳴のような喘ぎと共に上体をのけぞらせたリュシオンの耳元で、聞こえるか否かの詫
び言を囁く。そんな自身の意気地のなさに内心歯噛みしたい思いで、ティバーンはリュシオンの性を示すも
のにもう片方の手も添えると、先走りによってすっかり包皮の柔らかくなったその先端を指先で擦り上げた。
際限のない刺激に白鷺が立て続けに上げた悲鳴を、後ろめたさを抱える耳に痛い思いで聞きながら、何度
か同じ動作を繰り返す。
そして……意を決したように、再び先端に添えられた手が、柔らかく潤んだ包皮を一息に引き下ろした。
「っひ…ぃ……っ」
刹那―――
前触れもなく身を焼いた衝動に、ティバーンの腕の中で総身をこわばらせた白鷺の喉から長く尾を引いて漏
れたのは……紛れもない苦痛を訴える苦鳴だった。
TO
BE CONTINUED...
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