「―――リュシオンが?」
その日……フェニキス王国の国賓であり、国王自らがその後見を買って出た、亡国セリノスの白鷺王子の不調を国
王に注進したのは、彼の「耳」として長年側近くに仕えてきた、鳥翼族の青年だった。
元来寡黙な性質であり、日頃から無駄口を嫌うウルキの実直な為人を、鷹王ティバーンは全面的に信頼している。
その彼が、伝令の当番兵を通さず自ら出頭してきたという事実は、ティバーンにある種の危惧を抱かせるに十分なも
のだった。
辺りの人払いを要求する、側近のいつにも増した慎重さに、鷹王の危惧がいよいよ本格的なものになる。
そして、ほかに聞き耳を立てる者もいない王の執務室で、ウルキは言葉少なに、自身の王に告げたのだ。
「白の王子が、今朝方からお部屋に籠られて、誰ともお会いになろうとなさいません」と。
切り立った岩山を中心に国土を広げる、鳥翼族の国、フェニキス。
鳥翼族の中でも屈指の戦闘能力を有すると言われる鷹の民によって興されたこの国に、今は亡き幻の王国、セリ
ノスの希少な生き残りである白鷺の親子が保護されたのは、今からおよそ五年ほど前の事だった。
「ニンゲン」……ベオクが築いた一大国家、べグニオンとの確執のきっかけとなった、セリノスの大虐殺。民はおろ
か、その束ねとなるべき王族の身分を存在そのもので証立てる、白鷺達も全滅の憂き目にあい、セリノスは一滴の
血脈すら残せず滅亡したと、歴史の表立った部分では語られていた。
だが―――歴史の暗部をけして繰り返させないために堅く緘口令の敷かれたその水面下で、ただ二人きりではあっ
たが、セリノスの王族はひっそりと生き残り、その後見を引き受けた鷹王の膝元で、国ぐるみの保護に助けられなが
らその命を繋いでいたのだ。
以来五年。老齢であることも災いしてか、心身への深刻な痛手を負った鷺王ロライゼは、手厚い看護を受けながら
も、いまだに枕も上がらない状態が続いている。元来の種族の違いもあり、フェニキスに身を置くほかにない以上、病
状をこれ以上悪化させないことが、彼に対する治療の限界だった。
そんな父王を、一刻も早く、生まれ育ったセリノスの森に移したいという思いが、気概の源となったのだろう。反して、
白鷺の第三王子であるリュシオンの回復は目覚ましかった。
フェニキスに移住して三月も立つ頃には、彼は介添えなしに身の回りの一通りの雑事がこなせるまでに体力を取り
戻していた。半年後にはフェニキス城内を自由に移動できるまでになり、二年が経つ頃には、片言ながら大陸公用語
を操り、フェニキスの民と意思の疎通を図ることさえ可能になった。
リュシオンの回復を助けたのは、何よりもその若い体力があったればこそだったが、それに伴う意志の力なくして、
ここまでの快癒は望めなかっただろう。
白鷺親子を庇護してから一年とかからずに、ティバーンはリュシオンが内包する、彼の鷺の民らしからぬ強靭な精
神力を苦笑交じりに認めた。そして、これまで庇護者としての義務感にすぎなかったリュシオンへの感情に、新たな
好意が加わったことを、遅まきながら自覚することとなったのである。
そんな風に、リュシオンの言動には良くも悪くも、驚かされることの連続ではあったのだが……今回のような事態
は想定外だ。
元来情の強いリュシオンは、一端思いつめると何をしでかすか分からない過激な一面も持っていたが、基本的に
は「フェニキスの居候」である自らの身分を常に念頭に置いて行動している。そんな風に気を使うことはないのだと、
時には説教が必要になるほどに、彼は自ら一歩退く事に慣れ切っていた。
そんなリュシオンが、大した理由もなしに、意固地に籠城してみせるとは思えない。
「……とりあえず、飯は食ってるのか?水は?」
「どちらも、今朝から何も。給仕の為の入室も、王子はお許しになりませんので」
「そいつは、ますます解せねぇなぁ」
あれはいつだったか……まだほんの片言の公用語しかリュシオンが話せなかった頃、拙い単語を並べて、彼が
自らの胸の内を吐露した事がある。
いつか、生まれ育ったセリノスを蹂躙した「ニンゲン」達へ報復を果たすために、喉から手が出るほどに、強靭な肉
体と戦闘能力が欲しい―――存在そのものが平和の象徴であるといわれ、温厚で争いごとを嫌うという種族的特
徴を見事に無視したその訴えは、生まれながらの戦闘員である鷹王の耳に、いっそ小気味よい程だった。
庇護者の立場からすれば、リュシオンの抱いたある種の危険思想を、諫めてやることこそ、正しい選択であったの
かもしれない。いつかは、生まれ育ったセリノスの正なる気の許に帰っていく彼を、自分の許で、これ以上負の気に
慣れさせてはならないのだとも思った。
それでも、戦うための爪も牙も持たない白鷺が垣間見せた、その身を食らい尽くさんばかりの激しい情動が、あま
りにもいじましく、また哀れにも思えて……
それなら、出された食事にはきちんと手をつけること。夜間に城内から抜け出すような真似はせず、十分な睡眠を
とって英気を養うこと。
まずはそれだけしっかり守って、体の基礎を作ることだ……そんな風に、相手の言葉尻を取って、リュシオンに約
束させることしか、当時の自分にはできなかった。
フェニキスという一国を双肩に担っている以上、鷺の民を哀れだと思うその感傷にのまれて、情勢も鑑ずにべグニ
オンに全面戦争を仕掛けるわけにはいかない。かといって、一族郎党と死に別れる痛手を味わったリュシオンの中
から、報復に燃える負の情動を全て消し去ってやれるほど、フェニキスが彼らにとってのより所になれるとも思えな
い。
今の自分にできることは、本当に「保護」にすぎなくて―――自分とこの国を頼るよりないリュシオンにとって、自
分はさぞや不甲斐無い庇護者だと感じたのだろうに……それでも彼は、以来律儀に自分の言いつけを守り、今日
までそれなりに模範的な「居候」であり続けたのだ。
……時として、抑えきれなくなった情動が暴走した彼が、規格外の行動に出ることも、一度や二度ではなかったけ
れど。
ともあれ、ウルキによってもたらされたリュシオンの様子が、尋常ではないことだけは、ティバーンも認めざるを得
なかった。
建前よりも名目よりも、それにより導かれた結果を重視し、幕天席地の心意気をよしとする国柄のフェニキスは、
ベオク達が形成する他の国家と比べ、その柔軟性において圧倒的に勝っていた。
王への謁見にも格式ばった取り決めなど存在せず、必要な時に必要な情報だけを報告するため、各々が自らの
都合で王の間へと参上する。故に、そんな臣下達をいつでも迎え入れられるように、原則として居室で待ちの態勢
を取っておくことが、フェニキスの王の習わしだ。その剛胆な気性を知る者の目には意外にも映るだろうが、ティバー
ンにしてもそれは例外ではない。
とはいえ、国をあげての保護を約束した国賓の非常時となれば、そこに個人的な感傷が絡むと絡まざるとに関
わらず、慣例の効力など紙一枚分の重さにもなりはしなかった。
「……ウルキ、悪いがしばらくここの留守を頼むぜ」
言うが早いか、ティバーンはそれまで机上の書類に走らせていたペンを無造作に放り出し、席を立った。た。その
まま大股に部屋を出て行こうとする鷹王を、側近のいつもと変わらない声音が呼び止める。
「王……白の王子は、ひどく興奮されています。迂闊に刺激を与えては、お体に触るかと」
だから接触には細心の注意が必要だと言外に促され、既に室外への扉を開け放しかけていた屈強な姿態が、
どこか居心地が悪そうに振り返る。
続いて発された苦笑交じりの言葉には、明朗な物言いを好む青年王には珍しく、自嘲めいた響きが滲んでいた。
「だからこそ……俺でなけりゃどうしようもねえだろうな。先のことを考えれば、かなりまずい状況なんだろうが…
…あいつはどんな時でも、俺の意向には絶対服従しなけりゃならねぇと思ってやがる。これで俺も部屋から追い
出すようなら、二重の意味で大事だ。先々のことは後回しにするとして、せいぜいあいつの刷り込みを利用させ
てもらうさ。―――今はな」
TO
BE CONTINUED...
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