信仰告白・7 


 「うぁ…あ…あ…っ」
 か細い薄明かり一つを光源とする簡易宿の一室に、断続的にあがる悲鳴
のような嬌声が浸透していく。
 月明かりさえ拒んだ、閉鎖された室内に閉じ込められた夜陰が、次第に
高められていく後ろ暗い熱気に、その濃厚さを増していくかのようだった。


 逃げを許さない強引さで貫かれてから、どれほどの時が経過しているの
だろう。
 体内を支配する楔が律動する毎に…あられもない声が喉を突くのにも、
もはや押さえようという気概すら白鳳の中からは消えうせてしまっていた。
ただひたすらに、叩きつけられる責め苦の終わりを迎えたいという思いが、
自らを陵辱者の従順な人形へと変えてしまう。
 だが……それでも尚、自分を組み敷く青年は、更なる劣情を煽ろうとする
攻め立てを止めようとはしなかった。



 「まだ…強情をはるつもりですか?」
 「…っふ……んぁ…あ…っ」
 加減を知らない力で大きく突き上げられ、衝動に劣情が煽られる。
 叩き付けられる律動に引きずられるように、白鳳の体内に巣食った欲望も
一息に昇り詰めた。
 「は…ぁ…っ……あぁ…っ」

 己の性をあらわす場所に、滾る情欲が集められていく感覚―――
 「…っ!」

 だが……埒を上げてしまったのではないかと錯覚するほどの激しい衝動
は、それと気付いた陵辱者の手によって、寸前で阻まれ逐情を果たすこと
はできなかった。
 限界まで追い上げられたものの根幹を伸ばされた手のひらにきつく握り
こまれ、行き場をなくした熱が体内を逆流する。

 「あ…んぅ……っく…ふ…っ」
 「白鳳さん…」
 「セレ…っ…な…っ」
 「…苦しいですか?」
 「あ…あぁ……っ」

 問いかけの言葉と共に、握りこまれた自身を戯れのように撫で上げられ
て、追い詰められた悲鳴が漏れる。
 ガクガクと総身を震わせながら、苦しさにきつくかぶりを振る耳朶に、熱
い吐息が吹きこまれた。
 「…っ…」
 与えられる些細な刺激の全てが、やり過ごせない衝動となって自身の
欲望を育てていく。このままでは自分がどうにかなってしまいそうで、体裁
をかなぐり捨てて自身を阻む戒めへと手が伸びた。

 それでも…きつく熱を塞き止められたままの、青年の施す枷は外れない。
 「セ…セレスト…っ…んぁ…っ」
 「すみません…苦しいでしょう?…でも、外せません」
 「な…ぁ…っ」
 「いきたければ……貴方が、そう言ってください」
 「…っ」


 それは、先刻から隙をついては繰り返されてきた、問答の再現であるか
のようだった。
 救済を求める言葉を、執拗にこの身から引き出したがっていた青年の底
意は、青年ではない自分にはわからない。それでも、こうして執拗に与え
られる責め苦にも似た悦楽が、要求に応えない自分に向けられた彼の焦
燥であることはおぼろげに理解できた。

 それでも…
 差し出し手を取る事は、自らの歩む足場をなくすことだ。どうあっても生き
延びねばならないと肝に命じたこの旅の、その続く道程を自ら閉ざすこと
と同義だった。
 一度でも足元を掬われたら、それで全てが終わってしまう。それと知り
ながら、この覚悟を突き崩そうとする青年の水向けに諾と答える訳には
どうしてもいかなかった。

 「白鳳さん…」
 「んぁ…っ…ひ…っ」

 要求に従おうとはしない頑なさに焦れたかのように、容赦のない動きで
抉られて、無意識に逃げを打つ腰がずり上がる。次の刹那にはつかまれ
た手に総身を引き戻されて、より深く穿たれた楔に悦楽を通りすぎた悲鳴
が上がった。


 一言、口に出せばいい。もう限界だと。どうか助けてくれと。
 この閉塞的な空間で交わされる以上、どのような言葉も所詮は閨の睦
言だ。要求通りにこの身が根を上げても、床を離れた彼が、それを言質に
とることなどないだろう。
 目利きを誤れば、その不始末が即座に自身に跳ね返る…そんなぎりぎ
りの駆け引きを日常的に繰り返す、後ろ暗い旅暮らしの身だ。その辺り
の見極めには、相応の自負がある。

 だが……これは、そういった打算を越えた、自らの本質が問われた二
者択一だった。
 生き延びたいのなら…この先の生を生きようと思うのなら、自分は自分
の矜持において、向けられた差し出し手を跳ね除けなければならなかっ
た。


 「白鳳さん」
 「あ…あ…っ…も…や…っ」
 「白鳳さん、ほら…」

 苦しい…緩急をつけて無遠慮に律動を繰り返す男の凶器に穿たれる度
に、臓腑まで押し上げられるような感覚に息が詰まる。気が遠くなるほど
の悦楽に流した汗が寝台の敷き布に吸われ、預けた背をじとりと濡らす感
触が酷く不快だった。
 それは、これまで指折り数えることもできないほどに重ねてきた夜の記
憶と、何ら変わるものではないはずなのに…何故自分がここまで追い上
げられる不様を晒しているのだろうと、どこかに残された冷静な部分の自
分が他人事ようにそう考える。
 それでも、どうしても相手の言葉にうなずいてしまうわけにはいかなくて、
解放を阻む男の手にきつく爪をたてながら、白鳳は泣き声にも似た喘ぎを
上げた。


 と、刹那……生理的な涙に汚れた頬に、振れてくるかさついた感触が
あった。
 頬から頤へと撫で下ろされ、刺激に思わず背けた顔を、捕らわれた手
に再び向きなおさせられる。
 ぼんやりと見開いた視野の先で―――平時と変わることのない、青年
の穏やかな容色が、静かにこちらを見下ろしていた。

 この身をここまで攻め立てて…自らも相応の極限を知覚しているのだろ
うに、何故この男はこうも穏やかに笑んで見せるのか。
 我の張り合いを、仕掛けたのは男のほうだ。そしてその底意はどうあれ、
挑まれる激しさはここまで彼の存在を謀ってきた自分に対する、男の無
言の報復であるのだとさえ得心させられるものがある。
 だというのに…向けられる面差しだけが、何故、初めて出会ったあの頃
と、変わることがないのだろう。

 やめてほしいと、ぼんやり思う。
 ここにきて、そんなよすがを見せられたら…自分はまた、都合のいい妄
執を捨てられなくなってしまう。
 やっとのことで、自らの堂々巡りに精算をつけたのだ。ここで余計な波
風を立てられたら、自分は再び、足場を見失ってしまうのに…

 やめてほしい。もう、この手を離してほしい。
 どれほどの自虐を指摘されようとも、そうやって自らを切り刻むように追
い立てなければ、自分は自分の道行きを歩くことができなくなってしまう
のだ。差し出し手に縋ったが最後、きっと自分は自滅する。
 だから…もういっそ、冷徹に突き放されたほうが、よほどこの身は救わ
れるのに……

 「……っ」
 所作による衝動が、穿たれたままの自らに跳ね返ってくることを承知の
上で…自分を抱く男の胸を、伸ばした両の手で押しのける。急激なその
動きに我が身を苛む結果となり、総身を大きく痙攣させながら……それ
でも、気遣わしそうに伸ばされた骨太の手を、白鳳は大きく振り払った。

 「白鳳さん…」
 「は…ぁ…っ……やめて…ください…もう…っ」
 「白鳳さん?」
 「もう…っ…もう、これ以上……私の中に…入り…っこまないでください…っ」

 直情的な意味合いの込められた言葉ではないことは…理性あるものな
らば、労せずして汲み取ることができただろう。
 それと知って、向けられた青年の双眸の碧が、その情動も露に再び剣呑
に眇められた。


 「……何故ですか」
 「は…っ…ん…ぅ…っ」
 「どうして……貴方はそうまで頑なに…」

 それは、国家に対する大逆人と、元来それを捕縛すべき立場にある公僕
として互いに向きあって以来、幾度となくなされた問いかけだった。
 何故、どうしてと…どのような状況下にあってもその公正さをけして失うこ
とのなかった青年に、自分は何度そう食い下がられたことだろう。
 曲がることを知らない若木のように、どこまでの実直な為人を惜しげもなく
見せつける青年を前に、どうあっても底意を返すことができなかった自らの
卑小さが、幾度となくこの胸襟を焼いた。いっそ全ての矜持をかなぐり捨て
て、この得難い宥恕の手を取りたいと、自分は何度せりあがる衝動と戦っ
たことだろう。
 それでも…それでも、自分は選んでしまったから…
 なにを犠牲に差し出してもこの果てのない道程を、必ずその終焉まで歩
きつづけると、自分は自分の全てを以って、この命運に誓約してしまったの
だから…
 面目も矜持も、失うことを恐ろしいとは思わない。それでも歩みを止めるこ
とが、これまで自らが築き上げてきた命運に対する賭け値を瓦解させてし
まう事だと知って尚、自分にはこれ以上の犠牲を重ねる勇気はなかった。


 だというのに…何故、この青年はこの身の抱く弱みを突いて、執拗にそれ
を自分に認めさせようとするのだろう…
 これ以上内面を暴かれるような真似をされたら…きっと、自分はこの足で
自身の抱いた大望に向けた道程をたどりきる事ができなくなる。そうなれ
ば、自分も、この身一つを頼りのよすがとする弟も、一路自滅へと後ろ暗
い道行きを辿るよりなくなってしまうのだ。
 何故と、問いたいのは自分のほうだ。情動のままに、相手を詰りたいの
は自分のほうこそだった。

 夜が明ければ、自分達はまた別々の道行きを歩むのに…別個の人生を
有する以上、どんな言質があろうと、この双肩に担うものからこの身が解放
される事などありえはしないのに…
 どの道変わらぬ旅路なら―――もういっそのこと、余計な干渉などせずに
その差し出し手を振り払ってほしいのに…


 「白鳳さん…」
 「あ…ぁ…っ」
 「引きませんよ、俺も…」
 「セレ…セレスト…っ…やめ…っ」
 「このまま譲ったら…また堂々巡りの繰り返しだ…!」
 「ひぅ…っ」

 無意識に逃げを打ってのたうつ腰を、加減のない力で押さえ込まれてより
一層の律動を体の芯に刻み込まれる。
 胸襟を穿つ、自制の叫びを嘲笑うかのように…行き場を失った情欲が、血
流と共に総身を駆け巡る心地がした。
 見開かれた両の眦から、衝動にこらえきれなかった雫が際限なく零れ落ちる。

 「あ…ぁ…っ……や…も…セレスト…ッ!」
 「逃げられませんよ、もう…」
 「っく…あぁ……っ…」
 「白鳳さん、さぁ…」

 過ぎた衝動にきつくかぶりを振り、断続的な喘ぎを漏らす、紅潮した白磁
の容貌の耳元に、陵辱者が何度目かの要求を熱い吐息と共に吹き込んで
くる。
 総身を焼く直情的な刺激に―――堪えに堪えた情欲が、一息に跳ねあ
がった。

 「…ひ…あぁ…っ…セレ…セレスト…っ…も…っ」
 自身を戒めたままの手に、あらん限りの力でもって立てた爪を食い込ませ
ながら…
 極限に断続的な痙攣を繰り返す体は、ついに我の張り合いの根を上げた。

 「…も…ぅ……助け…っ」
 「…っ」

 刹那―――せりあがる衝動に、それだけでどくりと情欲の証が爆ぜたかの
ような錯覚を覚えたのは、果たしてどちらが先であったのか…

 「…っ…白鳳さん…っ」
 「…っく…ぁ…あぁ―――――っ」


 これ以上ないほど深く突き上げられ、同時に戒められていた自身を出し抜
けに解放されて……長く尾を引く悲鳴を上げながら、白鳳は、気の遠くなるよ
うな逐情を果たした。





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