ねぐら離れ鳥鳴けば8







 「……もう、三十年近くも昔の話になるかの。私はまだ、大した力ももたな
  いべグニオンの地方貴族で、当然元老院などから声がかかる筈もない
  若造だった。このまま親の代から受け継いだ領地を守り治め、べグニオ
  ン貴族としては凡庸な生涯を送るのだとばかり思っていたものだ。そん
  なものだと思えばこれと言って不満も浮かばず、環境を変化させるほど
  の大成など、望む事もなく……だがある時、私は出会ったのだ」

 どこから話したものか―――そう前置いて、自分を納得させるように一息
ついたオリヴァーは、それでもやはり語り辛そうに、続く言葉を紡いだ。

 「……もはや春も間近な、晩冬の晴れた日だった。私は公用で辺境の寺
  院へと足を延ばしていた。司祭の資格さえあれば誰が赴いても問題の
  ないような、つまらない仕事だ。なにも心躍らせる刺激のない辺境は私
  を辟易とさせ、一日も早く領地へと戻る心積もりでおった。……その、は
  ずだったのだが……」

 当時を回顧しながら言葉を繋いでいくオリヴァーの昔語りは筋道も不確か
でけして聞き手に易しいものではなく、ともすれば途切れがちになる言葉の
続きを待つリュシオンを内心苛立たせた。
 だが、こちらから強く望んだ以上その回顧に制止の声を上げる訳にもい
かず、話の要点のみを求めるわけにもいかず、前線の戦況を懸念しながら
も辛抱強く語り部の言葉を待つ。そんなリュシオンの苛立ちに気づかない
はずもないだろうに、オリヴァーの続く語調は変わらなかった。


 「そこは、そなた達が祖国と呼ぶ、セリノスの森に程近い場所に位置する
  村での。いまだ健在であったセリノスには、そなた達鷺の民が暮らして
  いた」
 「……っ」
 「……美しい、風景であった。後に起こった森の焼き打ちなど、当時は想
  像すら及ぶべくもなく……鷺の民は、割合頻繁にその姿を近隣の住民
  の前に見せていたようだの。とはいえ、その中でも希少な存在である王
  族の白鷺は、けして人目に触れることなく、森の奥深くでひっそりと暮ら
  していたらしい。
  鷺の民が王制である事も、彼らを束ねる王族が白鷺である事も、全ては
  口伝にすぎず、実際にその眼で真実を確かめたものは、それまでおらな
  かったという話だった」

 当時の興奮を追体験した心地になったのか、物語るオリヴァーの面差しに
喜色が浮かぶ。しかし、一呼吸の後回想からリュシオンへと戻された男の
視線には、複雑な感情が見え隠れしていた。
 そして……


 「―――だが、いかにした運命のいたずらか……その村に滞在していた、
  ほんの数日と言う時間の中で、私は奇跡を目撃したのじゃよ。森のは
  ずれ、その村との境界を何とはなしに散策していた私は……森の奥に、
  白いものが舞っているのを目の当たりにしたのだ。森の奥まではそれ
  なりの距離があり、すぐには断定できなかったが……あれは、まぎれも
  なく白鷺だった」


 思いもよらない方向へと向けられたオリヴァーの回顧に、それまで口を
はさむことなく聞き役へと徹していたリュシオンの鼓動が跳ねる。
 奇跡と言い表した事から彷彿とさせられる、当時オリヴァーが受けたの
であろう衝撃も無理らしからぬことだった。

 セリノスの森が大火にまかれる以前、まだほんの幼子であったリュシオ
ンの記憶を以てしても、セリノスの一族が主家といただく白鷺達は、森の
外に広がる世界と交わる事を堅く禁忌とされていた。
 その純血と、受け継がれてきた独自の気質を守るという目的によるもの
だろう。外界の気風に染まる事を由としなかった一族の手によって、自分
達白鷺は森の奥深くに隠されて、深窓育ちとしか呼びようのない日常を余
儀なくされてきたのだ。

 子供心に多少の窮屈さを覚えないでもなかったそんな生活は、しかしあ
まりにも幼かった自分の日常に根づいていて……今となっては型破りな白
鷺に育ったリュシオンにすら、それは俄かには信じがたい『奇跡』に思えた。



 「……それは、純白の存在だった。それでいて、まるで陽光を一身に纏っ
  たかのように眩かった。この目を疑ったほどに、直視することを恐れ多
  いと萎縮するほどに、その姿は神々しかった……この世界の奇跡の具
  現だと……心の底から、そう思ったものだ」

 向き合ったリュシオンの様相から、その身に受けたであろう衝動が自身に
も伝染したのか、言葉を繋ぐオリヴァーの語調にも鎮まりきらなかった熱が
こもった。


 「今にして思えば、あれはどういうことだったのであろうかの。深窓に匿わ
  れて成長する白鷺が、何故あの時に限ってそんな危うい場所を舞って
  いたのか、後から考えても解らなかった。……それでも、この目にして
  しまった光景を、あり得ないことと拭い去ることはできなかった。あの日
  の記憶が、あの日の衝撃が、私をそなた達へと駆り立てる誘い水となっ
  たのじゃよ」
 「タナス公……」
 「それから時が流れ、セリノスの森の一報が私の耳にも入った。どれほど
  の絶望と落胆を味わわされたことか、いまでも語りつくせぬほどだ。それ
  でもどうしても諦められなくて、昔より少しは力をつけていた私は、セリノ
  スとの境界にあったあの村を自分の管轄下に置くことにした。村に別邸
  を建て、少しでも希望的な結論を得られないかと、手の者を定期的に森
  にやっては、中の様子を逐一報告させていた。それでも一向に捗々しい
  報告は得られなくての……絶望感はいつしかすさまじいまでの渇望に
  変わり、私は何としてでも、もう一度生きた白鷺と見えたいと、そんなこ
  とばかり考えるようになっていった」


 今一度、白鷺をこの手の中に―――

 長い年月をかけて募らせていったのだろう男の妄執が、言外の障壁となっ
てリュシオンを威圧するかのようだった。この男が自分に向ける執着の思い
もかけなかった根強さに、形振りかなぐり捨ててこの場を立ち去りたい心地
にすらなったが……自分こそがこの回顧の水向けした当事者であるのだと
いう自意識が、かろうじてリュシオンをその場に留まらせていた。

 そんな白鷺の葛藤を知ってか知らずか、語り部は、回顧から現実へと戻し
た視線に、どこか感傷めいた色を滲ませた。


 
 「……そして、今から三年前……私の前に、キルヴァス王に連れられたそ
  なたが現れた。目の前で立ち動き言葉を発するそなたは、三十年前に
  目の当たりにした奇跡そのものだった。……それまで、そなた達を求め
  る気持ちを埋めようと躍起になって収集してきた、どのような美術品もけ
  して太刀打ちできない、そなたは究極の美だった」


 そこまで語ると、オリヴァーは続く言葉を一瞬飲み込んだ。内心の葛藤を
物語るかのように、わずか逸らされた双眸が半眼に伏せられる。
 だが、それでも……続く言葉と共に再びリュシオンへと据えられた男の視
線は、居た堪れなさそうに時折揺らぎながらも、けしてリュシオンから外され
ることはなかった。



 「……そんな風にそなたの存在を捉える、私の妄執こそが、そなたを不快
  にさせているのだの。私だとて、愛しいそなた達の気持を害したくはな
  い。そなたを監禁したあの日の事を、そなたに許してもらおうとは思わぬ。
  ……それでも、あの時私は、どうしてもそなたと言う存在を手に入れた
  かった。隷属させようと思ったわけではない。ただただ、ようやく巡り合
  えたそなたを、側近くに留めおきたかった……その思いだけは、どれほ
  どそなた達の不興を買おうとも、私の中から打ち消す事は出来ぬのだ」





                             TO BE CONTINUED...


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