ねぐら離れ鳥鳴けば7








 それは、これまで「狩る者」「狩られる者」としての立ち位置でしか相手に向き合っ
たことのないリュシオンにとって、初めて目にしたオリヴァーの姿だった。


 どうやらこの男は、自分や妹にその食指を伸ばした過去はどうあれ、今となっては
一切の損得勘定を抜きにして、自分達の「守護者」であろうとしているらしい。その
思いに虚飾がないということだけは、気の乱れる戦場で読心の能力を満足に操れ
ない今のリュシオンにも理解できた。

 この男は、いったいどういうつもりで自分達の側に控え続けているのだろう。ルカ
ンを一喝した言葉が真実であるなら、その側近くに自分達を「展示」し、そして眺め
楽しむために自分達に執着している訳ではなさそうだ。
 ならば、自分達の造形…ひいては外身ばかりを愛でようとしていた彼の、急激な
心変わりを促した経緯とは、一体何だったのか……



 自問の時間は、長くは続かなかった。
 オリヴァーの叫びが決裂の合図となって、対峙する二人を包む空気を緊張に張り
詰めさせる。改めて互いを敵同士と認識したルカンとオリヴァーは、間合いを図るよ
うに一歩の距離をそれぞれ後ずさった。


 ルカンが魔導の使い手として、相当の手練である事は、これまでの戦いからも明
らかだった。一方、向かい合うオリヴァーもまた、そこに至るまでの経緯はともあれ、
世界から聖者と呼び習わされるだけの魔力と魔法抵抗力を有している。
 恐らくは拮抗しているであろう戦力差を、互いに承知している故なのだろう。それ
ぞれに間合いを取った後は、二人とも相手の出方を窺うかのように足を止め、互い
の顔を睥睨した。

 対峙する聖者達と、それを傍観する白鷺。誰一人言葉を発することのないまま、
焦れるような時間が過ぎる。
 特殊な閉鎖空間であり、時刻を知る術もない塔の一角で、そうしてどれほどの時
流をやり過ごした頃だろうか。


 戦況に、何らかの進退があったのか……今となってはだいぶ離されてしまったで
あろう前線から、同胞達の鬨の声が、一際大きく届いた。
 そして―――それが、二人の聖者が互いに攻撃を繰り出す契機となった。






 もはや様子見など必要としないのか、その対決は、第一撃からすさまじい魔力
のぶつかり合いが展開された。

 ルカンがレクスオーラの波動をオリヴァーに叩きつければ、すぐれた魔法抵抗力
でその衝撃を凌いだオリヴァーがお返しとばかりに、リザイアを放ってルカンの体
力を削る。

 最上位の魔導の使い手であるだけに、放つ魔法が生み出す衝撃は生半なもの
ではなかった。この場に魔法抵抗力に劣る者が居合わせたとしたら、二つの波動
に巻き込まれたそのものは恐らく命を落としただろう。
 だが……対象の二人が並外れた資質を持ち、かつその力量が互いに肉薄して
いたことで、繰り出す魔法の波動が相殺され、互いに致命的なダメージを与えら
れずにいた。

 雌雄を決する決め手を掴みあぐねたまま、じりじりと体力ばかりを消耗していく不
毛な睨みあいを、二人がどれ程つづけた頃だろうか。

 埒が明かないと、そう考えたのは、恐らくは、二人同時だったのだろう。再び大き
く間合いをはかった二人は、ほぼ時を同じくして新たな詠唱に入った。
 塔の一角に膨れ上がった、この一撃に膠着状態からの打開を図ったと思しき、
爆発的な魔力の高まり―――
 
 眼前で展開されるその光景に、本能が警告するまま、リュシオンは数歩の距離
を後ずさった。
 一応物陰に潜んではいるものの、この様子ではこの位置でも巻き込まれる恐れ
がある。純粋な魔力の波動だけならまだしも、その爆発によって周囲に生じる物
理的な衝撃に煽られれば、非力な自分では到底太刀打ちできなかった。まだ初
戦に過ぎないこんなところで、しかも戦闘に巻き込まれたなどという形で落伍する
わけにはいかない。


 だが……冷静に状況を判断したそのわずかな動きが、雌雄を決しようとしていた
二人の戦況に、図らずも水を差した。

 僅かに空気が揺らいだ。気配が動いた。恐らくは、その程度のこと。
 しかし、眼前の相手に全神経を集中しなければならない状況において、それは
致命的な妨害となりえた。そしてそれは、よりリュシオンと近しい距離に立ってい
たオリヴァーのほうに、より強く影響する。

 僅かな集中の乱れは、実力の拮抗する二人の対峙に、結果として覆しようのな
い優劣差を生んだ。

 ほんの一呼吸の差でオリヴァーを制し、詠唱を終えて爆発したルカンの魔力がまっ
すぐにオリヴァーに叩きつけられる。遅れて呪文を完成させたオリヴァーが立て続
けに魔力による防御壁を形成するが、相向かうルカンはすでに、次の詠唱の為の
集中に入ろうとしていた。
 僅かに先んじて放たれた魔力の衝撃を、こちらの呪文と防御壁で相殺しても、や
はり先を越されてしまう後発の攻撃には、オリヴァーは追いつけない。

 リュシオン自身に魔導の心得はなかったが、長く軍に籍を置いてきたその実戦
経験から、魔法戦のそういった機微についても、幾度となく目の当たりにしてきた。


 このままではオリヴァーが敗れる。それも、自分が本能的にとってしまった保身
行為に引きずられてだ。
 自分の抱える鬱積などこの際関係なかった。自ら招いた「同胞」の窮地を、この
まま見過ごすことなどあってはならない―――そう意識したときには、既にリュシ
オンの体は、身を隠していた物陰から飛び出していた。

 その場の空気を敢えて乱したことで、追撃の先手を取れる優位にいたルカンもま
た、集中を妨げられ一瞬気を散らした。これで、向き合う二人の条件は五分になる。

 「……っ」

 至近距離でぶつかりせめぎ合う魔力の余波を真っ向から浴び、リュシオンの喉
奥から苦鳴が漏れる。
 突如その視野に飛び込んできたリュシオンの姿を見とがめたオリヴァーとルカン
から、それぞれに意味合いの異なった叫びがあがる。

 三者三様の声が時を同じくして発せられる中、真っ先に行動を起こしたのはリュ
シオンだった。

 余波でさえ全身に突き刺さるような魔力の衝撃をこらえ、ともすれば集中が乱れ
そうになる意識をかき集める。とにかく自分が招いたこの状況を打破しなければと
いう思いが、意識の核となってリュシオンを支えた。

 己の紡ぐ言霊を歌い上げ、様々な効能を周囲にもたらす呪歌。負の気が充満す
る戦場は、それのみを自らの武器とする鷺にとってけして理想的な環境ではなかっ
たが、それを承知でこの場に立っている自らの意地にかけて、仕損じるわけにはい
かなかった。


 『終末の時をおはからいください』

 とにかく、ユンヌ軍の同胞にあたるオリヴァー優位となるように立ち回らなければ、
という一点にのみ集中し、ともすれば乱れかかる己を叱咤しながら言霊を織り上
げる。そうして虚空へと放たれた調べは、それを受けた対象に、戦う力と気力が長
く満ちることを願う「再生」の呪歌となった。
 同時に、こちらに背を向けたままのオリヴァーの全身から、目に見えぬ覇気が立
ち上る。


 「…っ」

 再び、向き合う二人の聖者から同時に発された声にならない叫びは、しかしやは
り意味をなす言葉となる事はなかった。

 眼前の敵手が俄かに覇気を取り戻していく様に動揺を隠せないルカンに対し、同
じく虚を突かれたであろうオリヴァーはしかし、これまで行軍を共にしてきた経験か
ら、自身の身に何が起こったのかを瞬時に理解したらしい。そして、その為人に対
する周囲の評価はどうあれ、魔道士の最高峰である聖人の称号にまでたどり着く
までに戦馴れした彼が、この好機を逃すはずはなかった。



 朗々と響く詠唱の声に引きずられるようにして、その体を中心に円を描きだす魔
力の波動。ほどなくして、それは辺り一帯を押し包む、目も眩むほどの閃光に変わっ
た。
 アイク軍、ひいては現在籍を置くユンヌ軍で多くのベオク達と行動を共にする内に、
リュシオンが幾度となくその目にした光景―――極限にまで高められ、一気に解
放される爆発的な魔力の波動が太陽の輝きにも擬えられることから、「暁光」と呼
ばれる光景だった。

 周囲の空気を揺らがせるほどに高められた魔力の臨界を逃すことなく、オリヴァー
がリザイアを放つ。その波動は先刻の衝突で相殺されることなく、ルカンとの間に
燻り続けていた二つの魔法の波動に正面からぶつかった。
 二つ目のリザイアで均衡を失った膨大な魔力の波動が、力負けしたルカンに向
かい一気に爆発する。

 次の刹那―――目も眩むほどの閃光とともに、塔の一角にすさまじい轟音が響
き渡った。







 爆発に備えて咄嗟に後方へと飛び退ったものの、いなしきれなかった衝撃に煽
られたリュシオンの痩身は、制御を失ってその場から弾き飛ばされた。
 目を焼く閃光に視野が白濁し、いまだ残響が収まらない轟音に耳朶が痛む。自
由の利かない耳目に苛立ちを覚えながら、広げた羽でどうにか体勢を立て直した
リュシオンは、懸命に辺りの様子を窺った。

 女神アスタルテが最終決戦の場にあつらえただけあって、あれほどの衝撃を受
けても、塔の内部は損傷を受けてはいないようだ。だが、あの爆発にユンヌ軍アス
タルテ軍双方の面々が、気付かなかったはずはない。

 駆けつけてくる存在が同胞であればいいが、先んじて正の使徒達がこの場に到
着する恐れは十分ある。目も耳も不自由なこの状態では、鉢合わせは絶望的だ。
 この場にたどり着いた時と同様に、五感の中でまだ満足に機能する感覚を研ぎ
澄ませ、辺りの様子を窺う。そうして少しずつ自分の周囲の状況を確認していくう
ちに、ようやく薄皮を剥ぐように、白濁していた視界が元に戻り始めた。


 ……と、刹那。晴れた視界の先に、リュシオンは一つの人影を見咎めた。

 つい先刻まで相対していたはずの、今一人の姿は見受けられない。一身に受け
たあの爆発の衝撃に耐えきれず、文字通り四散してしまったということなのだろう
か。
 寸前まで敵対していた相手とはいえ、人一人がかき消されてしまうほどの常軌
を逸した魔力の凄まじさに思わず背筋を冷やしながら、リュシオンは改めて、その
場に残された存在を見遣った。


 「……タナス公」

 いまだにしつこく残る耳鳴りが煩くて、自分の声がどこか遠く聞こえる。それでも、
意識に上る前に口にしていたその名を知覚するのと同時に、リュシオンは、十数
歩ほどの距離を隔ててその場に佇む「同胞」の無事を認識した。



 こちらに背を向けた形となったオリヴァーは、まだ自分の姿に気づいていないらし
い。とにかくこの男とだけでも合流しておくべきだと歩みを進めながら、リュシオン
は、彼になんと言って声をかけたものか、内心思案した。

 無事を喜ぶ気持ちも、逆に、あの爆発から上手くのがれたらしいその幸運に憤
慨する気持ちも―――不思議と、何の感慨も沸いては来なかった。あの激戦の
直後だというのに高揚感一つない自分の精神状況に、反ってうそ寒いものを覚え
る。

 その動揺からか、思いがけず高い靴音を立ててしまったリュシオンを、オリヴァー
が振り返った。

 「…っ」


 何か思案事でもあったのか、能面のような無表情で振り向いたその容色が、リュ
シオンの姿を認めた瞬間に破顔する。
 けして細身とは呼べない体躯を大きく揺するようにして、オリヴァーはリュシオンに
駆け寄った。


 「おお、おお!無事であったか!怪我などしてはおらぬか?」
 「タナス公……」
 「そなたは兄御からお預かりした大切な身。傷一つ負わせることなく、御許にお
  返しせねばならぬからの」


 先刻までの端的なやり取りが別人かと見紛うように、跳ね上がった声音と大げ
さな身振り手振りが鬱陶しく感じられる、追従じみた口調。
 それは、聞きようによっては、己の所蔵する美術品の価値のみを気にする蒐集
家の一方的な懸念の言葉ともとれた。そこには、言葉を向けられた相手の心情
への配慮など、始めから込められていないようにも受け止められた。

 だが……そうではない事を、すでにリュシオンは知っていた。
 鷺特有の読心能力に頼らずとも、向き合ったオリヴァーから寄せられる真摯な
思慕は、あまりにも鮮烈で取り違えようがない。


 元来、蛇蝎のごとく嫌い憎みぬいてきた男だ。この身のみならず、生き別れた
幼い妹にまで食指を伸ばそうとした相手だ。一時的な同盟関係になったとはいえ、
当時の怨嗟を捨てろとは、誰も自分達を諭さないだろう。

 自分から阿る必要など、ありはしないのだと思う。戦場において互いの邪魔立
てさえしなければ、一切の慣れ合いを取り去った他人の距離を保てばいい。
 「同胞」としての最低限の礼節なら、それで守ることができるはずだ。だが……
全身で不干渉を訴える自分を前にして、この男の言動には何故、今更のような
誠意がついて回るのか。


 女々しく過去の因縁を引きずる狭量な白鷺よと、世界から謗られることだけは
我慢がならない。それでも、眼前の男からの誠意を受け入れるには、この身にし
こる遺恨はあまりにも深く重く……

 だから―――ひどく不釣り合いに思えたのだ。
 この男に案じられている自分が。あれほどに謝絶して見せた自分に向けて、そ
れでもひたすらにこの身を気遣う、この男の無償の労りが。


 「……タナス公」

 一刻も早く味方と合流しなければならないこの状況下で、それは明らかに、後回
しにすべき瑣末な葛藤であっただろう。
 だが、それでもリュシオンは、呼ばわりの続きを口にせずにはいられなかった。




 「タナス公……。お前は何故、そこまで私達に関わろうとする?私や妹を手飼い
  の愛玩物にしようとしたお前の事を、私は許さないと言ったな?」
 「白の王子、その……」
 「それでも尚、お前は私達に対する干渉をやめない。怪我はないか大事はない
  かと、こうして頼みもしない世話を焼く。……お前にとって、我々鷺は、いった
  い何なのだ?何がそこまで、お前を駆り立てている?」

 その言外に、初めて歩み寄りのようなものを伺わせた問いかけは、発する側に
負けるとも劣らず、聞き手の緊張もまた強いるものだったらしい。束の間虚を突か
れた様相となったオリヴァーは、しばらく落ち着かなそうに視線を彷徨わせた。
 ひとしきりあらぬ方向を眺めやり、やっとリュシオンに視線を戻してからも、もどか
しげに口を動かすばかりで言葉につながらない。

 その身にかかえる逡巡の程を思わせる、けして短くはない沈黙の末に……そ
れまで辛抱強く事態を静観し続けたリュシオンに向かい、オリヴァーは、ようやく
及び腰にその口火を切った。



 「…………こんな事を言い出すと、いい年をしてと笑われるであろうし、そなた達
  にとって愉快な話ではないと、解ってはいるのだがの……そなた達は、私に
  とって、夢の具現なのだよ」




                                  TO BE CONTINUED...



 お気に召しましたらこちらを一押ししてやってください。創作の励みになります



 FE蒼炎の軌跡&暁の女神部屋