ねぐら離れ 鳥鳴けば5




 翌朝、ユンヌ軍の精鋭達は入念な戦支度の元、正の女神アスタルテの待
ち受ける裁きの塔へと突入した。




 女神の膝元で盤石の布陣を以て待ち受けていた正の使徒達の覇気は高く、
選りすぐりの精鋭であるとはいえども、ユンヌ軍がこの決戦の活路を切り開く
には、総員が一枚岩となることが最低条件だった。僅かな呼吸の乱れが、軍
の総崩れにすらつながりかねない。
 ユンヌ軍が置かれているそういった苦境を、突入を目前に控え選抜された
精鋭達は、当然ながら過たず理解している。平時であれば読心の術に長け、
価値観の相容れない多種族間の調停役を請け負うこともある鷺の一族であ
るリュシオンもまた、言うに及ばずだ。

 突入に先立って、これまで長い闘いの日々を凌ぎ切った、いずれ劣らぬ精
鋭揃いであるユンヌ軍の構成員達は、突入の実行部隊とその後方で守りを
固め彼らを支援する後方部隊とに更に分割されている。突入前日、軍内部で
不必要な諍いを起こしたとして厳重注意を受けたタナス公オリヴァーは、しか
しその強大な魔力とそれに比例する魔法防御力を買われ、突入部隊の一員
に名を連ねていた。


 今となっては世に四体しかその生存を認められず、多種族には持ち得ない
その稀有な能力を非常に重宝がられている鷺の民もまた、正の使徒達の攻
撃に身を晒さないギリギリの戦列に身をおき、味方の補佐役を務めている。
 実質戦場に身を置くことが可能な三体の内、末姫のリアーネはここに至るま
での連戦で体調を崩しており、本調子であるとは言い難い。となれば、残りは
リアーネの参戦に声を揃えて否やを唱えた兄王子二人の二択となる訳だが、
今度はここで、別のところから留立ての声が上がった。
 難色を示したのは白狼の女王ニケで、彼女はこれから突入すべき彼の塔に、
ラフィエルにとって因縁浅からぬ元老院の男が控えているだろう事をその理
由に挙げた。
 ラフィエルは、自身の伴侶のそんな懸念に自分は大丈夫の一言を繰り返し
たのだが、かつて命を脅かされるほどに自らを苛み病んでしまったラフィエル
が、その精神的外傷の要因である人物と直接対峙し過去の清算を果たせる
までに、心身ともに回復し盤石の状態であるとは到底言い難い。

 筆舌に尽くせない苦渋を味わったラフィエルの気持ちを酌むなら、ある意味
では過去との決別を図るためにも、多少の無理は承知で彼にこの機会を与
えるべきであるのかもしれなかった。そして、その「禊」を受けるだけの覚悟を
今のラフィエルは持っている。

 だが、この戦いの行方には、世界の未来そのものが委ねられている。そし
て、戦略上最も効率的であろう人員が、ユンヌ軍にはほかに残されているの
だ。
 人知を絶する存在である、この世界の創造主を相手取ったやり直しのきか
ない戦いに、ほんのわずかでも不安要素を残したままで、臨むわけにはいか
なかった。


 世に四体のみ生存が確認されている、ラグズ界の希少種であるとはいえ、
軍属の身を自ら選んだ以上、戦略に反する私情は許されない。それぞれに
内に思うところを残しながらも、白鷺達はユンヌ軍の全権を担う神将アイクの
要請に異を唱えることなく、各々任された役目を全うすることに努めた。



 そのような経緯を経て、鷺の民を代表して突入部隊の補佐役を担った白鷺
王子リュシオンは、件の諍いの原因であるタナス公オリヴァーと行軍をともに
している。
 とはいえ、たがいに期待される役割が異なるために戦場で肩を並べて戦う
という光景が生まれることはないだろうが、それでも、自制心を総動員して部
隊に加わったリュシオンにとって、視界の端を時折かすめる「仇」の姿をやり
過ごすことは忍耐の限界への挑戦だった。

 許されるものならば、今すぐにでも一矢を報いたい相手だ。物理的な攻撃
が無意味だというなら、せめて哀憐の呪歌なりとも叩きつけて、その身上に
あらゆる災いを招き寄せてやりたい。

 だが、曲がりなりにも「彼」が味方である以上、この戦いが終わるまでは、
自分は「彼」の置かれた状況にも気を配り、ユンヌ軍の戦力が損なわれるこ
とのないよう、適宜呪歌による補佐に努めなければならなかった。
 そのためには、どれほど心騒ごうとも自らをその都度律し、「彼」を含めた全
ての同胞たちの動向を随時把握していなければならない。自分を名指しした
アイクも、自分にこの使命を委ねた兄王子も、自分ならばそれを成し遂げられ
るはずだという信頼のもとに、この決断を果たしたのだ。


 この戦場に、鷺の民の代表として立っているのだという自意識と矜持、そし
て寄せられた信頼に対しての自らの意地にかけて……自分はこの使命をしく
じるわけにはいかない。



 ややもすると臓腑を滾らせそうになる、彼の存在に向けられた負の情動を飲
み下し押し戻しながら、リュシオンは苛烈さを増していく戦場の方々にまで、
研ぎ澄ませた意識を巡らせた。



 ―――と、刹那


 「……っ」


 そこは、戦場全体の位置関係から捉えるなら、殿に近い場所だった。

 屈指の勇者達が最前線で正の使徒達と凌ぎを削りあう中、後方部隊もまた、
ひっきりなしに現れる増援部隊への対処に追われていた。リュシオンもオリ
ヴァーも、拮抗する戦力差を押し返すべく、互いの姿がかろうじて視界にとど
める程度の立ち位置で、それぞれの戦いに余念がない。

 そんな最中……突入した塔内部の構造を一つの長方形に擬えるなら、その
左下側の角部分に、魔法陣の出現を知らせる光が弾けたのだ。

 ユンヌ軍の魔道の担い手にも、操れるものの存在しない……故に、これま
での行軍でもその対処に苦難を強いられてきた異端の魔道、リワープ。ごく
希少の存在にしか扱えないというその異法を、駆使できるものは、敵対する
正の使徒達の中でもこの場において、ただ二人しか存在しなかった。


 一人は、白鷺王子ラフィエルにとって因縁浅からぬ存在であり、おそらく塔
内部で相対することになるであろうと周囲が危惧してた、アニムス公爵 へッ
ツェル。しかし、どのような戦略上の意図によるものなのか、サイレス、スリー
プなどの高位魔法を立て続けに唱えてユンヌ軍の行軍を阻んだ彼は、その
後は完全な丸腰と化し、沈黙を守っている。行軍のタイミングと照らし合わせ
てみても、こちらの意表を突くためにリワープの魔法を温存しているわけでは
なさそうだった。

 となれば、この魔法陣を作り出した術者の正体は、残されたもうあと一人で
しかあり得ない。

 おそらくは、その身に宿した魔法抵抗力の差によるものか、一行の中で最も
俊敏に魔法陣の出現を感知したリュシオンが、弾かれたように塔内部の一角
に向き直る。

 荘厳な造りをした重厚な柱に四方を囲まれた、不自然に設けられた人一人
分の空間―――



 リュシオンの所作と、そして遅れて視界に捉えたのであろう魔動の光の残
滓に、周囲の者達もリュシオンの視線を追う。
 彼らの視線が集まった、その先には……



 「……ガドゥス公…ルカン…」


 緊張によるものか、語尾を掠れさせながらなされた呼ばわりは、その場に居
合わせた者達の誰から発されたものだったのか。
 そこには……この階に集められた正の使徒達の総指揮者と思しき男が、歪
んだ笑みを浮かべながら、泰然と佇んでいた。





                                TO BE CONTINUED...


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