言葉もなく涙を流すばかりとなってしまったラフィエルを前に、ティバーンはかける言葉を
見つけることが出来なかった。
幼少期に同胞から引き離され、故郷すら奪われたリュシオンの養育を引き受けたのは自
分だ。成長期をフェニキスで過ごした彼の気性が、荒っぽいことで知られる鷹の民の気質
に引きずられ染まっていくのを、それと気づいていながらとどめることができなかったのは
紛れもなく養育者であったこの身が負うべき責で、ラフィエルの糾弾には正当性がある。
そんなラフィエルの嘆きに向き合い謝罪の言葉を尽くす事に躊躇いはなかったが……し
かし、ティバーンにはそれ以前に、この旧友に告げなければならない真実があった。
嗚咽するラフィエルに、まずは気持ちを静めるための時間が必要だと判断して、今更なが
ら椅子をすすめる。余計な世話と一蹴される覚悟の水向けだったが、そんなティバーンの
様子に何事かを感じ取ったのか、ラフィエルは促されるままに傍らの椅子に腰をおろした。
交わす言葉もなく互いに向き合ったまま、焦れるような時間が過ぎてゆき……ラフィエル
の呼吸が次第に落ち着きを落ち戻していくのを感じ取り、ティバーンはおもむろに口火を
切った。
「……自己崩壊なら、しかけたさ。もうとっくの昔にな」
「ティバーン?」
束の間、話の脈絡が読めなかったのだろう。主語さえ省かれたティバーンの独白に、束
の間ラフィエルが怪訝そうな表情を見せる。
そんな旧友にこれから語らねばならない告白を全て聞かせることができるのか、口を開い
たそばから自らの弱気が芽をもたげたが……それでも、ティバーンは続く言葉を躊躇わな
かった。
「お前がさっき言ってた、鷺の民の特性ってやつだ。……リュシオンの身柄をフェニキス
で預かる事になった時、あいつはまだほんの子供だった。だからだろうな、片言でもこっ
ちの言葉に馴染むのは早かったし、思った事は割合何でも口にする、物怖じしない気
性をしていた。そういうところが国の奴等にもうけて、こっちが意外に思うくらいすんなり、
リュシオンはフェニキスの一員になっていったんだが……」
ラフィエルの知り得ない、リュシオンの過去。本来であれば血縁者である彼が自分以上
に、知っておかなければならなかったリュシオンの二十有余年だ。どれほどこの身が居た
堪れなさを覚えようとも、自分は自分の知る全てを、この旧友に過たず伝えなければなら
ない。
そう自らに言い聞かせながらも、抱く負い目を自ら露呈するかのように、続く言葉がどうし
ても重くなることだけは、ティバーンにも致し様がなかった。
「……俺達は、どっかで受け流し過ぎちまったのかもしれねぇな。あいつがあんまりすん
なり、こっちの世界に馴染んでいったもんだから……あいつが俺達とは根本から違う存
在なんだってことに、俺達は意識が向いていなかった」
「……っ」
「あいつがフェニキスにやってきたばかりの頃は、まだいろんなことが代替わりしたばか
りでな。俺が王を名乗っていても、前王の「目」も「耳」もまだ健在だったし、昔堅気の
じじい共もまだ幅を利かせていた。そういう連中のなかには、鷺王子をこの国に預かる
ことで鳥翼族の均衡が崩れるんじゃねぇかと気を揉む保守的な奴等も結構いたんだ。
そういう奴等の声が耳に入ったか、あるいは、奴等の思考そのものに触れちまったの
か……リュシオンは、気づいちまったんだ。」
自分の存在そのものが、フェニキスにとってどれほどの不安要素となりうるのかを―――
あいつの変化に、気付いてやれなかった俺が阿呆だったんだ……そう言葉を繋いだティ
バーンの面差しに、平時の飄々とした態を裏切った苦い後悔の色が浮かぶ。旧友のいつ
にない様相と、語られる内容の不穏さに、ラフィエルは我知らず椅子から立ち上がってい
た。
しかし、勢い込んで事の真相を追及しようとしたラフィエルを、まずはこのまま聞いてくれ
と続けられたティバーンの言葉が、寸での差で押しとどめる。
「はじめの頃は、口を開く度にニンゲンへの報復を誓っていたあいつが、いつからかすっ
かり大人しくなっちまった。そうそう簡単に手討ちにできるほど、あいつの背負ってき
たものは軽かねぇ。それは解っちゃいたんだがな。本心から重荷を下ろす気になっ
たって言うなら、あいつのためにはその方がいいはずだと思って俺も何も言わなかっ
た」
「ティバーン……」
「あの頃のあいつには、もうフェニキス以外に身をよせる場所なんてなかった。だから…
…まだほんのガキだったはずのあいつは、自分がフェニキスの基盤を揺るがす存在
になるのが嫌で、鷹の民のはみだし者になるのが嫌で……周りが何も言わねぇ内か
ら、自分を抑え込んじまったんだ」
このまま聞いてほしいというティバーンの意向に従った故にか、ラフィエルから反駁の
声は上がらなかった。しかし、語り部に先を譲るために言葉を呑みこんだ白鷺の沈痛な面
持ちは、言葉以上に鮮烈に、ティバーンの呵責を揺さぶった。
だが、これは自分自身の為というよりは、そんな自分の保護下にあったリュシオンの為
の釈明なのだ。伝え終わるまで、自身の臆病に負けて言葉を呑みこんでしまう訳にはい
かない。
「あいつはな……フェニキスに身を寄せてからこっち、ずっと自分を抑えこんできた。フェ
ニキスの厄介者になるのは嫌だと言っては自分で自分の言動を縛り、完全に俺達と
同じ生活が送れるはずもねぇのに、特別扱いされる気遣いを嫌った。そんな風に自分
を抑え込む必要はねぇんだと、何度言っても聞きやしねぇ。」
そんな風に、『一人前』を目指して肩肘張って突っ張っているうちは、まだ可愛いもんだ
と笑ってられたんだが……続くティバーンの言葉に、隠しようもない陰りが宿った。
「俺も大概不甲斐無くてな。あいつの様子には四六時中気をかけていたつもりが、実の
ところは何も見えちゃいなかった。……気づいた時には、体力も精神も、もうあいつは
限界だったんだ」
「…っ」
「今更お前にする話でもないが、どれだけフェニキスに馴染んだっていっても、あいつの
本質が鷺であることに変わりはねぇ。だからあいつの口にする言葉に嘘はねぇんだっ
て、俺達は、過信しすぎてたんだ」
だから、あいつの猫かぶりを俺達は信じちまった―――
「ある時、リュシオンはこういったんだ。自分はこのままフェニキスの後ろ盾の元に身も
心も屈強な男になって、いつかセリノスを復興させる。いつかは番いも見つけて子孫
も残して、そういうまっとうなやり口でセリノスを存続させてみせる。そのために必要
なもの以外は今はすべて捨てる、考えない、と」
言葉にして物語る事で、当時味わわされた衝動もまた、追体験した心地になったのだ
ろう。それまで曲がり何にも平静さを保っていたティバーンの面立ちが、束の間やりきれ
なさそうに歪められた。
「それは、ニンゲンへの復讐心を今は捨てると、そう言ったのと同じことだった。嘘を言
えない鷺がそこまで口にしたんなら、それはあいつの本心からの言葉に違いないと
俺達は疑いもしなかった。そこまできっぱり思い切れるものなのかと、釈然としない思
いも残ったが……それがあいつの出した結論なら、それでいいと思ったんだ」
それでも、本当はそうじゃなかった―――続けられた言葉は、ひどく鬱屈な響きを以て
室内の空気に浸透した。
「捨てると口にした、その時はあいつもそんな気持ちを持っていたのかもしれねぇ。恨
みつらみの感情で自分を雁字搦めにする前に、一日も早く真っ当な、昔堅気のじじい
どもにも文句をつけさせねぇ位のフェニキスの民に、あいつはなりたかったのかもし
れねぇ。……それでも、それが腹の底からの言葉じゃなけりゃ、嘘のつけないお前
らの体にはすぐ表れるんだな。あの時、心底思い知らされた」
言葉面だけは穏やかに、訥々と続けられるティバーンの昔語りはしかし、向き合った
相手の内情まで読み取ってしまう白鷺の耳には、その正気を揺るがせるほどの衝動と
共に届いた。
二十数年前にいったい何が起きていたのか、事の真相を知りたいという焦燥がラフィ
エルの鼓動を不自然に高まらせる。それでも、言葉と共に伝わってくる旧友の思いに
はおいそれと先を促せない程の緊迫と悔悟の念に溢れており、結局、ラフィエルはティ
バーンに声をかけることができなかった。
焦れるような沈黙を指折り数えてやり過ごし、ただひたすらに、語り部が続く口火を切
るのを待つ。
そして……
「結局……リュシオンはそう思い込むことで自分を抑えようとしてたんだろうな。本音
を捻じ曲げたしわ寄せは、一週間ともたずにあいつの体に返ってきた。……あいつ
は、自分を偽った代償を負わされて、しまいには呪歌も歌えず空も飛べない状態に
まで追い込まれて、生死の境をさ迷ったんだ」
「…っ」
「それでもあいつは、フェニキスの民でありたいと言った。ニンゲンへの報復を捨てて
でも、ここで生きたいと」
そして……それまで、曲がりなりにも先を拒むことなく続けられた昔語りの中、それで
も落ちつかな気にあちこちに投げかけられていたティバーンの視線が、初めてまっすぐ
にラフィエルへと据えられた。
「俺は……俺は、報復しろと言うしかなかった。捨てたらてめぇを殺すほどの願いな
ら、そのまましがみついていろと言うしかなかった。それが鷺としてのあいつをどれ
だけ歪める思いでも、あいつの命を巻き添えに捨てさせることはできなかった」
「ティバーン……」
「……リュシオンがああなったのは、あいつをフェニキスに順応させちまった俺達の所
為だ。それは俺が一番よく解ってる。……だが、そのことであいつを責めないでやっ
てくれ。あいつも、命を落とす寸前まで自分に耐えたんだ」
あいつの生き様を、お前が否定しないでやってくれ―――常にない真摯さで、誇り高
い鷹の王が衒いもなく頭を下げる。
旧友への抗議も、概要を聞き知ったに過ぎない弟の過去に対する詳細を求める言葉
も、口にしたい言葉は山ほどあった。だが、立て続けに与えられた衝動の大きさに、喉
奥を塞がれてしまったかのように声が出ない。
その幼い自分に生き別れ、成長を見守ることのできなかった年の離れた弟。セリノス
を焼け出され、その後の生きる場所をフェニキスと定めたからには、旧友の後ろ盾があ
るとはいえ並ならぬ労苦があったのだろううという事は、改めて語られずとも想像でき
た。
だかそれでも、二十有余年の時を経て再会を果たしたリュシオンは快活な気性をし、
その言動にはどこまでも前向きなものであるように、自分の目には映っていたから。
苦労はあっただろう。人知れない努力もあったのだろう。それでも、フェニキスに渡っ
た弟は、きっと幸せに時を紡いできたのだと、そう思っていたのに……
―――知らなかった……
旧友を問い質すよりも前に、思いもよらない苛烈な半生を強いられていた弟の労苦を
労わるよりも先に、何も思い及ばなかった自らの無知さに打ちのめされる。
思い切りよく首を垂れて、自分に詫びて見せる旧友のいつにない姿に、今度は自分
が何か返さなくてはと、頭の片隅では解っていたが……頭をあげてくれとティバーンを
促す一言すら、今のラフィエルには口にすることができなかった。
TO
BE CONTINUED...
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