ねぐら離れ 鳥鳴けば3




 「ティバーン……っ」

 その夕刻―――ユンヌ軍陣営の一角に、自らが要因となった喧騒を引き起こした白鷺の第一王子が、事態の収
拾後まっ先に駆け付けたのは、敢えて衆目を前に叱責して見せた弟の控える天幕でもなければ、自分達に与えら
れた天幕で自分が戻るのを待っているであろうハタリの女王の元でもなかった。


 目的の天幕では、先刻ようやく陣営に到着し、雑多な引き継ぎ事をようやく終えたばかりだったらしい鷹王が、自
身の側近達と何事か談笑しながら、文字通り羽を伸ばしている最中だった。

 ティバーン隊の行軍がどれほど熾烈な戦局の連続であったのかは、各部隊間を飛び交う伝令を聞きかじっただけ
のラフィエルにも、容易に想像が及ぶ。そんな激務からようやく解放された鷹王を、個人的な悶着に引きずり出すこ
とにはさすがに気が咎めたが……それでも、ラフィエルは敢えて、自らの我を押し通した。

 ティバーン達フェニキスの民とラフィエルが顔を合わるのは、負の女神ユンヌの采配によって、軍の編成がなされて
以来のことだ。だというのに再会の挨拶もろくになく、あまつさえ人払いまで要求するという白鷺王子らしくない横暴
さに、控えていた鷹王の「目」と「耳」が、その容貌に怪訝の色をのぞかせる。

 常のラフィエルであれば、それだけで恐縮し、自身の非礼を低頭して詫びるところだったが、向けられた意外の念
を真っ向から受け止めながら、それでも自身の要望を取り下げなかった。
 のみならず、臆することなく、ティバーンと二人きりで大切な話があるのだと繰り返されて、ウルキにもヤナフにも、
ラフィエルのいつになく切迫した情動が伝わったのだろう。彼らは目顔で王の意向を伺い、同じように目線の動きだ
けで王が与えた了承を受けると、それ以上は言葉を重ねずに、一礼とともに天幕を後にした。

 二人を残し、他に聞く者もいなくなった天幕の中で、目的の人物が、それで?と水を向けてくる。

 「……それで、どうしたラフィエル?何か俺に、言いたい事があってきたんだろ?」


 鷹王らしい直球を投げられて、それまで勢い込んでいたラフィエルも咄嗟の返答に詰まる。しかし次の瞬間には気
を取り直し、旧来の既知である青年に向かって真っすぐにその顔を上げた。


 「……ティバーン……弟は、いつからああなのですか?」
 「ああ、って?」
 「はぐらかさないでください。あの子の、あの異常なまでの苛烈さのことです」


 相手の不明瞭な返事を認めず、白か黒かと答えを強要するラフィエルの様相は、彼が苛烈だと言い放った弟のそ
れとよく似ていた。そんな自らの姿を自覚しているのかいないのか、詰問相手を前にさらに一歩を踏み出した、白鷺
の声音は常になく硬い。

 「先刻、弟が入営早々諍いを起こしました。相応の確執があった相手だったようです。その場はアイク殿のとりなし
  で事無きを得ましたが……ですが、相手の話も聞かずにいきなり力に訴えようとするなど、鷺の民にあってはな
  らないことです」
 「またか……まあ、あいつの血の気の多さは折り紙つきだからなぁ」
 「諍いの相手は、タナス公です」

 事態に対する楽観を物語るかのような鷹王ののんびりとした相槌は、今度は返らなかった。その様子に、ラフィエ
ルは自身の抱く懸念が正しかったことを確信する。


 「ティバーン……あの子とオリヴァー殿との間の確執を、やはりあなたはご存じだったんですね?」
 「あー……まあ、一応な。後見人失格の不甲斐無え話だが、俺も事の次第を知ったのは、あいつがアイクの軍に
  保護されてからのことだ。タナス公には、後から軍同士がぶつかった時にそれなりの礼はさせてもらったが……
  まさか生きていやがったとは思わなかったからな。一度はケリをつけたはずの因縁を今更蒸し返されて、あいつ
  も頭に血が上ったんだろう。少し時間を置けば、すぐに頭も冷える。……お前に言いにくい過去のしがらみの一
  つや二つ、あいつにもあるだろうよ。あまりきつく叱ってやるな」
 「……一つや二つ、ですか…」

 鷹王に向けられたその言葉は、相手を糾するというには語勢に欠け、かといって事実関係の確認と割り切るには、
語意に含むところが多すぎた。
 諦観とも悲嘆ともつかない吐息が、天幕内の空気に吸い込まれて四散する。


 「あの子は……リュシオンは、私やリアーネと離れていた時間を気遣ってか、私達の前で、自分のことは殆ど話し
  ません。いえ、話はしますが、郷里の再興にかける思いや、あなたの国で見聞きした新鮮な驚きや、そんな風に
  前向きなものばかり……」

 そんな奇麗な気持ちだけでは、語れないこともあるのでしょうに―――言って、弟妹の半生を想像でしか推し量りよ
うのない白鷺の青年は、胸襟に巣食う自身のわだかまりを吐き出すかのように、深く嘆息した。

 「今日、あの諍いの場に居合わせて、あの子の中にあれ程の烈情が潜んでいることを初めて知りました。聞かせて
  下さい、ティバーン。この二十有余年の間、あの子はあなたの許で、どのように暮らしてきたのですか。どれだけ
  の思いを味わえば、あれ程激しい負の情動を自らの中に培えるのですか。……力に訴えてでも他者を断罪したい
  と望むようになってしまったら……それはもう、鷺の民とすら呼べない……」
 「ラフィエル」


 それは、ラフィエルにとっては弟の現状を云々するというよりは、自らの胸の内を一つ一つ順序立て整理するための
作業にも似た独語だったのだろう。だが、自身の身内を否定するようにも受け取られかねないその独白を、ただ一人
の聴衆となった鷹王は聞き逃さなかった。


 セリノスを焼け出され、半生をフェニキスの地で送ってきたリュシオンにとって、フェニキスは今となっては実質上の
郷里だ。彼の人格に影響を与えた後天的な要素は、その殆どがフェニキスで培われたものだった。
 そういった育ちであるリュシオンを否定することは、長じて、その受け入れ先として庇護の手を差し伸べた、フェニキ
スに対する物言いをつけたということになる。

 他者との和を何よりも重んじる鷺の民であるラフィエルが、その真逆を狙って、腹に一物含んだ物言いをしてみせる
事などあり得ない。ましてや、言葉の持つ魔力に縛られた鷺が、挑発狙いであれ追従狙いであれ、心にもない言葉
でその胸襟を偽るなど、できるはずもないことだった。
 つまり、ラフィエルの独白は、彼のまごうかたなき底意の表れということになる。

 ラフィエルに離反の意思がないことは明らかであれ、非公式とはいえ、それぞれの国を担う王族同士の会談の場に
持ち込むには、彼の持ち出した話題はあまりにも不適切だった。だからこその人払いだと分かってはいても、知己と
しての立場を蓑としたところで、なかったこととして聞き流せる言葉ではない。

 呼ばわりの声に言外に込められた警鐘の響きを、ラフィエルは過たず感じ取ったらしい。目顔で不躾を詫びながら、
それでも彼は、自身の持ち出した話題を引き下げようとはしなかった。


 「……ティバーン、誤解しないでください。私はあの子に、鷺の民としての純血を守らせたいがためにこのような事
  を言っているのではないのです。あの子は二十年の間、生まれた里を離れて育ちました。他に先達もなく、模倣
  する手本もなく成長したのですから、いわば鷺の民として規格外の存在となっても致し方のないことです。直系の
  王族の一人として、それを手放しで褒め称えることはできませんが、セリノスの森で生まれ育っていたら身につけ
  ることはなかったであろうその生命力を、羨ましくも好ましくも思っています」
 「ラフィエル……」
 「あの子も、リアーネも……セリノスで別れた頃から、何から何まで見違えました。一族の滅亡に瀕したあの悪夢
  の日から今日まで、私はあの子達に、何一つしてやることができなかった。本来長兄である私が果たさねばなら
  なかった役目を、不甲斐無い私に代わってあなたが担ってくださいました。あなたが手を差しのべてくださらなけ
  れば、父もあの子達も、こうして息災ではいられなかったでしょう。心から感謝しています。感謝しているんです
  ティバーン」


 言霊を旋律に乗せ、空に放つことで様々な効力を発揮する呪歌。その特異な歌を操る能力を身の内に宿す鷺の民
は、種の根底に根付いた禁忌によって、けして言葉を偽ることができないと言われていた。虚言をもたらすことで、言
葉そのものの持つ性質を歪めてしまえば、言霊を穢した鷺は、二度と呪歌を歌うことができなくなる。
 そういった意味合いでは、世に生きる、知能を有する生き物の中で、二面性を持てないという点においてもっとも信
頼を置けるのが、彼ら鷺の一族であるのかもしれない。

 セリノスの森が焼かれて以来、その居住地を遠くハタリの国へと移したとはいえ、成体へと成長を遂げるまで生ま
れ故郷で育ったラフィエルは、言わば純粋培養された生粋の鷺の民だ。その純血種の王子の紡いだ言葉である以
上、これ以上真実に裏打ちされた言霊はないであろうに……心からの謝辞を述べながら、それでもラフィエルの白
磁を思わせる容貌は、彼自身の中から湧き上がってくるものによって、苦痛を訴えるかのように歪んでいた。


 「リュシオンは、自分一人の足で歩くことをもう躊躇わないでしょう。あの子もリアーネも、本当に強くなりました。私
  のように、人の助けなしには目指す場所も定められなかった脆弱な鷺には、あの子達はけしてならないでしょう。
  それは、これから祖国を再興しなければならない私達にとって、得難い活力です。ですが……」

 そこまで口にすると、ラフィエルは自らの情動を持て余したのか、言葉の接ぎ穂を探そうとでもするかのように、深く
息を吐き出した。
 小刻みに震えを帯びる口角から紡がれる言葉が、語り手の情に引きずられて不自然に揺らぐ。

 「……ですが…っ……それでも、あの子は鷺の民なのです。あなたや、ニケ女王のように、戦うべき牙や爪を持っ
  ているわけではない」

 私達鷺は、どれほど望んでも貴方達と同じ生き方はなぞれないのです―――
 己の情動とのせめぎ合いの中から絞り出されたであろう陳情の言葉は、日頃声を荒げるということのない白鷺の
青年を見知った者の耳には、さながら悲鳴であるかのようだった。


 「戦う術も持てない私達が、あなた達と同種の情動に身を任せてしまったら……怒りや憎しみといった負の感情を、
  抑えることもせず解き放ってしまったら……その力を外に向けて放出するすべを持たない私達にとって、それは
  諸刃の剣です。行き場を失った情動は、それを生み出した者が全て身の内に引き受けるしかない。そんなことを
  繰り返していたら、私達の精神は、自己崩壊を起こしてしまう……っ」


 それきり、ラフィエルは絶句した。込み上げてくるものを意志の力で押しとどめようとするかのように、持ち上げた手
で口元を覆い、情動に上がる呼吸を何度も整える。
 過去の様々な衝動が体を弱らせ、強すぎる感情の波立ちが、それだけで自身を蝕む毒ともなりかねない知己の青
年のあまりの悲嘆振りに、それまで相手の語るに任せていた鷹王が、初めて懸念の顔を見せた。
 だが……

 「……ラフィエル、もうその辺で止めとけ。体に障る」
 「……ご心配は、無用です」
 「だけどお前……」
 「そんな風に……久しく離れていた私の事すら、気遣ってくださるくらいなら……」

 あなたのその懸念は、リュシオンにこそ向けられるべきだったでしょう―――続く白鷺の言葉には、ティバーンに
対する明確な非難の響きさえあった。
 感情の高まりに引きずられ、せりあがる情動に充血した双眸が、逸らすことを相手に許さない強さで以て、眼前
の鷹王へと据えられる。


 「生き延びた家族を、長年にわたって親身に引き受けてくださった、あなたには心から感謝しています。他に身を
  寄せる土地すら持たなかったあの子が、あそこまで自立できるようになったのは、全てあなたのおかげです。
  そんなあなたに、なにもできなかった私が、何故こう育ててくれなかったなどと物言いのできる立場にないことは
  解っています。ですが何故!」

 純粋な謝辞の言葉と受け止めるには、あまりにも険を含んだ吐露が、自身の情動を持て余したかのように、唐突
に打ち切られる。
 時を同じくして―――激情に赤く色づいたラフィエルの双眸から、堰を切って溢れ出すものがあった。

 「…おい、ラフィエル……」
 「……何故…あの子に自分を抑える術を、教えてはくださらなかったのですかティバーン!」



                                                      TO BE CONTINUED...

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